第32話 国際会議での発表
--応用魔材国際会議---
この国際会議は国の中西部にあるリッツサイオン大学という自由大学を会場にして開催された。自由大学は研究よりも教育に力を入れる傾向があるが、リッツ大は研究成果もしっかり出している大学である。
ただ、国際会議のパンフレットには古都キョーミャーコの歴史ある寺院の絵が掲載されており、特に海外からの参加者はおそらく古都の観光も期待して参加登録したのであろうが、会場はその古都にあるキャンパスではなく、ビャッコ・クッツ・キャンパスという別の場所であった。海外からの参加者は想像していたものと全然違う風景に戸惑っていた。
会場に入ると、国際会議のため会場の案内や講演要旨集などすべてが国際語で記述されている。
しかし、受付は普通に国際語でなくてもできるし、外国人の参加者はそこまで多くないため、いつもの学会と雰囲気が似ている。
……まずは国内開催の国際会議でデビューするというのは、確かにアダマース先生のおっしゃる通りだな。
ちなみに発表するための参加登録費は5万リブラ。学生は3万リブラと少し割引されているが、一般的な国内学会がそれぞれ1万リブラ前後、5千リブラ前後であることを考えると、かなり高い。
ただ、聞くところによると海外では10万リブラを超える参加登録費が一般的になりつつあるらしい。学生でも5万リブラぐらいとのこと。
それに交通費も必要になるわけだから、海外での成果発表はかなりお金が必要なようだ。
さて、そうこうしている間に基調講演が始まった。
いつものごとく要旨集に目を通すのだが、国際語のため読み込みに時間がいつも以上に必要である。また、以前は基調講演の内容はなんとなく聞いて、重要そうなところだけしっかり聞いていたが、今回は国際語のためそれができない。
本気で集中していないと中身がわからないからだ。
ただ、集中さえすれば専門用語に関してはだいたい理解できるため、不明瞭な点は自らの魔材学の知識で補完することでおおよその内容は理解できる。
それにしても、自分の国際語の聞き取り能力の低さに頭が痛くなる。
結局、要旨の読み込みも基調講演の聴講も中途半端なまま、パラレルセッションの時間となった。
まず、私は自分の研究に関係が深そうな『魔材強化』セッションに参加することにした。
このセッションではトオヴェルロ大学のジャスくんが発表する。まだ修士2年なのに国際会議デビューのようだ。
彼は必ずしも流暢な発表ではなかったが、しっかり練習したのであろう、そつなく発表をこなしていた。また、質疑応答も『もう一度仰ってもらえませんか?』といったやりとりをしつつも、適切に対応していた。
もちろん、発表内容も興味深いものであった。
そして、次の『魔材模擬実験』のセッションではケレエタさんが見事な発表をするのを目の当たりにした。
……二人とも自分より発表が上手い。これは負けてられないな――。
午前のセッションが終わり、昼食の時間となった。
国内学会でのランチは学食を利用するなど各自で考えるものだが、ここではランチボックスが配られるようだ。食後のお茶まで用意されており、参加者同士がお茶を飲みながらコミュニケーションできるよう配慮されている。
さきほど発表したジャスくんやケレエタさんは発表を聞いていた人たちとお茶を片手に雑談をしている。しかし、発表もしていない学生なんてここでは空気と同じだ。それに、国際語での雑談に参加するほどの勇気はない。
私は自分の発表に集中することにした。一人でゆっくりお茶を飲みながら頭の中で何度も何度も発表のイメージを繰り返す。自然と緊張感が高まってくるのがわかる。
気が付いたら、自分が発表予定のセッションが始まる時間がもうすぐであった。
急いで会場に入り、座長に挨拶をする。
発表会場にはジャスくんやケレエタさんもいる。
……ちゃんとしたところを見せないと。
先輩として意地がある。
そして、座長に私の発表タイトルと名前が紹介され、発表開始となった。
原稿は一応用意してきたが、セリフは何度も練習して暗記してきた。さすがに原稿の棒読みは恥ずかしいので、原稿を見ずに発表する。
『背景』や『目的』と順調に発表が進む。
……よしよし、この調子だ。
しかし、『方法』のあたりで急に頭が真っ白になった。
……やばい! 次のセリフが出てこない!
記憶にある文章を口に出してみるが、自分が何をしゃべっているのか、自分でもわからない。
急いで原稿を取り出し、それを読み上げる形に変更しようとしたのだが、どこから読めばいいかわからない。既に半分以上は発表したのだ。
原稿の紙束をパラパラとめくり、一生懸命になって読み始める場所を探す。
そして、なんとか読むべき個所を発見したときには完全に気が動転してしまっていた。そこから何とか原稿を読み始めたが、おそらく原稿の行を飛ばして読んだりしたのだろう、もう自分でも意味不明になってしまった。
「――ご清聴ありがとうございました《Thank you for your attention》」
なんとか最後まで読み終わり、質疑応答の時間となった。
私は会場にいる聴講者の顔を直視できず、そのままぼんやりと会場を眺めた。
やってはいけない、最悪の発表を自分がしてしまった。
……頼むから、もう解放してくれ――
すぐにでも質問を打ち切って、発表を終了して欲しかった。
しかし、白髪の女性が挙手するのが見えた。
質問者は立ち上がり、ゆっくりと、わかりやすい国際語で質問してくれる。
しかし、そのわかりやすい国際語でも内容が理解できない。単語単語の意味はわかるのだが、結局文章として何を言っているのかわからない。
……そんなに難しい質問ではないはずだ。なぜ聞き取れないんだ?
「もう一度質問をお願いします」
なんとか私は反応した。
質問者は違う表現でゆっくりと質問してくれるのだが、2回聞いても質問の意味がわからない。
若干の無言の時間が過ぎたのち、質問者は
「あとで話をしましょう」
といって着席した。
座長もこれ以上は無意味と判断したのだろう。
私に形式的な発表のお礼を述べ、次の発表へと移っていった。
私はただ『終わった』という気持ちで、そのまま部屋を出た。
まだセッションは終わっていないため、本来はそのまま会場で次の発表を聴講すべきだとはわかっている。
しかし、それはする気にはなれなかった。
そのまま会場となっている建物を出て、人気のない場所へ行き――呆然と宙を眺めた。
自らの不甲斐なさ、恥ずかしさ、悔しさ、そして国際語の勉強の必要性を理解していながらそれに向き合ってこなかった自責の念。
いろいろな感情が混じり合い、なにがなんだかわからない。
自然と涙が出てきた。
ただただ泣いた。
《現在の業績》
査読付き論文:1件(+投稿中1件)
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:9件(うち、筆頭4件)
受賞:1件




