第30話 国際学術誌への投稿とIF
街は雪で覆われ、白銀の中を大学へ向けて登校する日々となった。
後輩たちは卒論やら修論やらで忙しくなり、私も実験サポートとそれらへの赤入れ指導で大わらわとなる。なにせこちらは1人、後輩は8人いるのだ。
しかし、後輩の卒論や修論を読むのは大変勉強になる。文章を読んでいると、なんとなくひっかかる個所に出会う。後輩へアドバイスするにはそれが具体的に何がどうダメなのか、どうすればいいのかを言語化する必要があるため、適切な論文の書き方というものが自分の中で腑に落ちていくのがわかる。
そして、自分よりも上手に作文する後輩もいるので、それはそれで大変勉強になる。
そのような中、私は魔法陣に関する論文をなんとか書き上げた。
もちろん論文では本手法を経験的に用いてきたラルクさんについても記し、謝辞《Acknowledgements》で感謝の念を示した。
今回は初めて国際魔法陣誌《International Journal of Magic Circle》という国際学術誌へ投稿する。
この学術誌のインパクトファクターは8.154とのこと。
そういえば以前マリさんの論文が掲載された国際魔材学会誌のIFは12ぐらいあったっけ。
IFは学術誌の戦闘力のようなもの、と聞いたけど、いったい何なんだろうか? 先生が学生の居室にいらした際に聞いてみた。
すると、アダマース先生は解説をしてくれた。
「学術誌のIFというのは毎年計算されているんですよ。ある年の学術誌のIFは、論文が他の論文で引用された回数、被引用数で計算されるんです」
「どういうことですか?」
わかったようなわからないような……
「例えば1年前と2年前に合計60本の論文を掲載した学術誌があったとしましょう。それらの論文が1年前に他の論文で計600回引用されたら、IFは600/60で10と計算されるのです」
「なるほど……。他の論文で先行研究として引用されるのは価値ある論文だから、IFの高い学術誌は価値ある論文をたくさん掲載している、といった意味でしょうか?」
「その通りです。実際、伝統ある有名学術誌のIFはとても高いんですよ。例えば『魔法』という100年以上の歴史がある学術誌を知っていますか? あれのIFは50前後あるんですよ」
「ええっ! そうなると国際魔材学会誌ってそう大した学術誌じゃないのでしょうか?」
「いえいえ、それはよくある誤解です。学術分野によって研究者の数や論文の出しやすさ、それに論文当たりの論文引用数も違うので、IFの相場は学術分野によって全然違うのです。例えば私たち魔材学の分野ではIFが10もあれば権威ある学術誌ですよ。でも例えば数学の分野では権威ある学術誌でもIFは5未満なんですよ」
「えぇ! 数学と言えばすべての学問の根幹ですよね……なのに5もないんですか? 知らない人は誤解しそうですね」
「そうなんですよ。それに、さきほどの例で60本の論文が600回引用されたと言いましたが、実は600回引用されたのは特定の論文1本のみで、残りの59本の論文は1回も引用されていない、といった可能性もあるんですよ。引用されやすいレビュー論文をたくさん載せてIFを吊り上げる努力をしている学術誌があったりとかね」
「そ、そんな学術誌があるんですか?」
「ありますよ。それにIFを調査して計算しているのも民間の一商会です。どの学術誌を調査対象に含めるのか、その商会の判断に学術界が振り回されていいのでしょうかね。最近はその副作用に配慮して、自らのIFを公表しない学術誌も出てきています」
「じゃあ、あまりIFは気にしなくてもいいんですね」
「うーん、それができればいいのですが……。やはり外部資金を得るときや公募で研究職を得るときには論文をどの学術誌に出しているのか、そしてそのIFはいくつか、といったのはチェックされがちです」
「……となると、結局どうしたらいいのでしょうか?」
「難しいですね。実は私も明確な答えはありません。一研究者として、その分野の権威ある学術誌を目指すのが大切だと考えていますが、この常識がいつまで続くかはわかりません。この問題は学術誌購読料問題とも関わってくるので、非常に複雑なのです」
「ど、どういうことですか?」
「まあ、それはそれで長い話になるので、別の機会にしましょう」
そう言ってアダマース先生は実験の進捗など、研究の話題に戻した。
そうだ、我々はまずは目の前の研究課題に注力しないといけないのだ。
先生はそれぞれの学生と研究進捗をディスカッションしていくので、関係するテーマについては私も一緒に参加することにした。
そして、関係の無いテーマになったら自席に戻ろう――と考えていたが、なかなか離れるタイミングがない。
あれ??
もしかしたらほぼすべての研究室のテーマに絡んでる?
いろいろ先生は各学生とディスカッションするのだが、最後は『悩ましいことがあったらまずはカイさんに相談してくださいね。非常に優秀な先輩なので、きっと良いアドバイスがもらえますよ』といって話を終える。
誇らしい気持ちになるけど、あれ、これってもしかして良いように使われている?
『なんとかもおだてりゃ木に登る』ってやつ?
微妙な気持ちになりながら、先生と一緒に各学生とのディスカッションをしていった。
今回は何かと話題になるIFについて書いてみました。雑誌購読料問題やオープンアクセス誌、ハゲタカジャーナルについてもそのうち書きたいと思います。
そして、それに関係して大学ランキングも。
そうそう、海外の主要大学ランキング(THE、QSなど)は新たな大学の“格”を表す指標になってきましたね。ウチの大学でも『20XX年までに世界〇位以内になる』などと目標を立てて、IFの高いジャーナルへの投稿支援をしてくれたりしています。
(アクセプトされるかはさておき)どうせ投稿するなら高IFの著名ジャーナルへ、としていますが、本当にそれでいいのかいつも悩んでます。一方、国内誌への投稿はご無沙汰です。日本語で書くのは解説記事ばかり。
でも、私は英文執筆が苦手です。いや、英語全般的に下手です。なので、まずは日本語原稿を書き、それをDeepLに放り込むという荒業を使います。ただ、やっぱりそのままじゃダメな翻訳になるので、それなりに直しますし、DeepLの訳を採用しない場合もあります。まあ、『直す』なんて言ってますが、たいていは元の日本語が悪いのですが……。
それにしても、やっぱ最初に英語表現の提案としてDeepLがあると楽です。手作業で直すときには、Grammarlyというアプリを使って文法などのチェックもしています。恥ずかしい話ですが、論文の生産性がかなり上がりました。三流研究者なのに大学に教員として紛れ込んじゃってごめんなさい、といつも思ってます。




