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第29話 国際会議論文と二重投稿

 実験結果をアダマース先生に報告すると、先生は大いに喜んでくれた。

 そして、『どんどん成果発表をしていきましょう!』という話になった。


 まずは国内学会。次の魔材学会研究発表会の発表申し込み締め切り時点では魔力深度と魔力強度をコントールする魔法陣の開発までしかできていなかった。そのため、魔法陣の開発をテーマにして発表する。


 そして、今回の魔材の魔法鍛錬については国際会議で発表することになった。


 応用魔材《Applied Magical Materials》国際会議、通称AMMと呼ばれる国際会議。これは我が国の魔材学会が2年に一度国内で開催している国際会議のため、国際会議デビューにはちょうど良い、とのことであった。


 最初はポスター発表で十分なのでは、と先生に提案したが、先生は『ポスターが望ましいかどうかは国際会議のプログラム委員会が決めることです』とのことで、まずは口頭(オーラル)発表希望で申し込むことになった。


 成果発表そのものはもちろん賛成だし、旅費と参加登録費を全額研究費で支援してくださるというのは大変ありがたい。ただ、国際会議では当然ながら国際語で発表しないといけない。これまで国際語は受験をはじめ一生懸命勉強してきたし、国際語の論文もたくさん読んできた。


 先生は『研究者になるには国際会議での発表は必須です』と言う。確かに、その必要性は頭では理解している。


 しかし、国際語での会話(スピーキング)は苦手だ。発音は下手だし、一瞬で頭の中で翻訳をするほど語学ができるわけではない。ゆっくり机の上で時間をかければそれなりにはできるが、特に質疑応答が心配だ。すぐに国際語で作文できない。

 あ、そもそも聞き取り(リスニング)も苦手だった。


 ただ、学生の中には修士課程の間に国際会議発表をする者もいる。そう考えると、博士課程に入ってから国際会議デビューと言うのは研究者を目指す者としては少し遅いぐらいかもしれない。


 ……いずれ通る道だから、しょうがない。がんばるしかない。


 私は覚悟を決めて、準備することにした。


 ----



 それにしても、やることが多すぎる。


 まずはリサーチアシスタント(RA)としての仕事。学生の実験指導や消耗品の発注業務、そして実験装置のメンテナンス。給与を頂いている以上、しっかり働かないといけない。


『実験装置壊れちゃいました』などと後輩が言ってきても『よく正直に言いました』と褒めないといけない。


『壊れた』んじゃなくて『壊した』の間違いなんじゃないのか?

 それ修理にいくらかかるか知っているの?

 お願いだから仕事を増やさないで!


 なんて言いたくても言っちゃいけない。


 怒るのではなく、システムとして再発防止策を考える。それを後輩たちに徹底させ、修理。

『問題があるのは人ではなく、仕組み』


 マリさんが残してくれた『引継書』に書いてあった『指導の心得』に従い、後輩指導を行う。


 そして、モグナイト金属を用いた楯の共同研究。魔材理論チームによる楯の模擬実験(シミュレーション)や魔材合成チームの新素材開発の進捗を確認し、都度ディスカッションする。

 さらに、それらの成果を私が実際の実験装置で確認し、各チームに結果をフィードバックする。


 当然ながらこれら成果を各チームが魔材学会研究発表会で報告するものだから、それら発表要旨案の添削指導も仕事である。それぞれの学生が別の内容で発表するため、計4報ある。


 これはこれで面白い研究なのだが、これらの仕事をしつつ自分の研究をする必要がある。


 自分の研究はというと――

 一つ目は魔力深度と魔力強度をコントールする魔法陣について報告する魔材学会研究発表会の要旨作成。これはサクッと仕上げる。問題はこの成果の論文化だ。ネタそのものは完成しているが、論文として仕上げるには先行研究を整理し、この研究成果の意義を明確にしないといけない。


 先の論文ではアダマース先生が先行研究をリストアップしてくれたし、それぞれの解説もしてくれたので楽だった。しかし、今回は自分で論文検索からしないといけない。


 そして、その成果を国際語でまとめないといけない。

 今回は国際学術誌(ジャーナル)である国際魔法陣誌《International Journal of Magic Circle 》に挑戦するからだ。



 二つ目は魔法鍛錬の研究。

 実験でその存在を実証したものの、まずは事例を増やさないといけない。フェルミナイト金属で実験の再現性を確認し、さらに強度が増すかどうか微妙に実験条件を変化させる実験。強度が最も増す最良条件の探索だ。


 次はルリミニウム金属やモグナイト金属といった他の金属でも魔法鍛錬ができることを実証しないといけない。ラルクさんの工房でその作業そのものは見たが、それぞれの金属において最適となる魔力深度などを探す必要がある。


 それに並行し、この現象の理論的仕組みを解明する。

 単に現象を示すだけでなく、その理屈を明らかにすることは非常に重要だ。

 例えば、もしかしたら何らかの計算式で必要な魔力深度などを明らかにできるかもしれない。


 そして、これらを同じく国際学術誌(ジャーナル)に投稿できるよう論文化するのだ。


 ---

 -----国際会議への申し込み---


 まずは要旨(Abstract)を作成し、国際会議への発表申し込みをする。国際会議によって文章量の制限は異なるが、今回の応用魔材国際会議(AMM)では 500(words)以内であった。


 国際語での作文は慣れない。他の国際語論文の構文を参考にしつつ、できる限りシンプルな表現でまとめた。そして先生にチェックして頂き、さらに国際語の専門家に校閲してもらう。500(words)だと数千リブラなので、安いものである。


 国際会議によってはそれに加えて数ページの国際会議論文(プロシーディング)が必要なところもある。


 しかし、魔材学の分野では国際会議論文(プロシーディング)は査読付き論文としては評価されない。あくまで主となる業績は査読付き論文のみで、国際会議論文(プロシーディング)はオマケである。


 このような考え方をする学問分野は多いが、咒文(じゅもん)学のように速報性が重視される分野では査読付き論文よりも著名な国際会議の国際会議論文(プロシーディング)を評価している分野もある。当然ながらその場合は国際会議論文(プロシーディング)もしっかり査読される。


 ちなみに、魔材学の分野では国際会議論文(プロシーディング)を要求する国際会議は減りつつある。というのも、国際会議論文(プロシーディング)として発表し、その後に査読付き論文として投稿するのは二重投稿である、といった厳密な判断をすることが広がりつつあるからである。


 二重投稿は学術的に不適切な行為とされていて、処罰の対象となる。これは別の言語で書いても同じ。


 つまり、せっかくの研究成果を国際会議論文(プロシーディング)で発表してしまうと新規性がなくなってしまうため、査読付き論文として投稿できなくなるのだ。


 実はセンカディン大学の以前の総長がこの国際会議論文(プロシーディング)と査読付き論文の二重投稿で問題になったことがあったので、我が大学では非常にセンシティブな話題だ。



 さて、それはともかく500(words)要旨(Abstract)は無事に完成し、申し込みができた。


 学術的な価値が高いと評価されたら口頭(オーラル)発表として採択されるだろうが、初の国際会議でいきなり口頭(オーラル)発表というのは心理的なハードルが高い。ただ、あまりに変な発表はポスター発表にすら回されず、不採択(リジェクト)にされることもあるのだという。


 ちゃんと高く評価して欲しいが、かといっていきなり口頭(オーラル)発表は……という複雑な気持ちで採否の結果を待つことになった。






以下、個人的な話。

以前は成果が出たらまずは学会発表。そこでいろんな意見を頂いてから最終的に論文投稿、という流れでやってきました。


ただ、最近は二重投稿として指摘されるのが怖いので、数ページの要旨が必要な場合は先に論文投稿をしてしまい、学会ではそれの紹介と補足的な内容を説明する、といったスタイルになってきました。本当はもうちょっといろんな方の意見を頂いてから論文投稿したいのですが。

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