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第26話 インターン:精錬工房

「スパルフさん、ありがとうございました。予定より早いですが、次の実地研修(インターンシップ)先に行くことにします」


「そうか……いきなりは過酷な現場だったかの」


「そ、そうですね……。申し訳ありません」


 どうやら過酷な現場から逃げ出したように思われているようだ。

 現場は体力的につらかったが、ついていけないことはなかった。

 しかし、自分にとっては『知ってはいけないこと』を知ってしまった怖さの方が勝っている。


 スパルフさんには誤解されているようだが、その方がありがたい。軟弱者(なんじゃくもの)のふりをしてここを去ろう。臆病者であることは確かだし。


 再度お礼を言い、私は次の実地研修(インターンシップ)先に向かった。



 ---


 次の実地研修(インターンシップ)先は同じ街にあるカーサカ精錬(せいれん)工房である。

 この周辺で採掘された魔鉱石を用いて魔材を精錬している。


 予定よりもだいぶ早いが『明日からならいいですよ』といって快く受け入れをしてくれることになった。暇な期間ができなくて良かった!


 その晩はカーサカの街中の安宿(やすやど)止宿(ししゅく)し、改めて先日の出来事を振り返った。


 開山時に魔物が逃走し、それが街を襲っている可能性があること。そして、その事実を政治家は把握しているが、鉱山会社が賄賂(わいろ)を渡して(おおやけ)にはしないようにしていること。


 この辺りは本当かもしれないが、事実確認のしようがない。私は探偵ではないのだ。

 どこかに匿名で投書する程度しか私の力ではどうしようもないように思える。


 一方、『魔物は濃い魔力濃度を望む』『魔力濃度が濃いほど魔物は強くなる』あたりは魔物の生態であるから、客観的事実として確認できそうだ。魔物の生態については詳しくないが、その分野の専門家では周知の事実かもしれない。大学に戻ったら図書館で確認してみよう。


 そして、『街の魔力濃度が高くなっている』というのは本当だろうか?


 部屋の中で魔石を使うと魔力が滞留するため、換気が必要なのは事実だ。実験をするときも局所排気装置(ドラフトチャンバー)を付け、魔力酔いをしないよう注意している。


 しかし、大気に出た魔力は拡散し、非常に薄くなる。

 普通の魔力濃度計で測定可能な濃度ではない。


 既に研究されているかもしれないので、まずは図書館で論文の確認となるだろうが、もし自分で調査するとなるとかなり大変だろう。非常に薄い大気中の魔力濃度を測定するという特殊な魔力濃度計の開発からとなるからだ。


 ただ、もしこれらの話が正しければ、最近魔物が強くなってきている理由が説明できそうだ。つまり、魔石を大量に消費することで大気中の魔力濃度が濃くなっているから――。


 ……そ、それは本当なのか?


 私はその可能性に気づき、ブルッと一人震えた。


 いや、仮に大気中の魔力濃度がわずかに上昇しているとして、それが魔物を強化するほど有意に影響を与えるかも不明瞭ではないか。


 現時点ではそれは仮説の上の仮説だな。


 今はあまり考えないようにしよう。



 -----



 カーサカ精錬工房での実地研修(インターンシップ)が始まった。


 大量に運び込まれた魔鉱石を巨大な(かま)にいれ、溶かすことで不純物を除去し、きれいな魔材を精錬する工程を見せて頂く。


 教科書で習ったことはあったが、いざ現物を見るとその巨大さと熱気に圧倒され、自然と興奮する。

 

 たいていの魔鉱石はリューカ属とサンカ属に分類され、それぞれ精錬工程が違うことも知っているが、実際の工程を見ると一目瞭然である。


 リューカ属の魔鉱石は魔力を多く含んでいるため、その自らの魔力を使って熔解(ようかい)させることができる。精錬が比較的容易である。

 一方、サンカ属の魔鉱石はあまり魔力を含んでいないため、魔石を混合して熔解(ようかい)させている。


 当然ながら精錬所の経営的にはリューカ属の魔鉱石が望ましい。しかし、最近はリューカ属が少なくなってきており、サンカ属の割合が増えているとのことだ。

 『サンカ属を効率よく精錬する技術があればいいんだがな』と言っていたので、このあたりは研究テーマになりそうだ。メモしておこう。



 ----


 次の日は担当の方に別の用事があるとのことで、近くの楯の鍛冶工房を見学することになった。まあ予定よりも早く来たのはこちらだし、いろいろあって当然だろう。


 他にも見学先を提案して頂いたが、アダマース研究室では楯の共同研究をしているので渡りに船である。もしかしたら何か良いアイデアがひらめくかもしれない。


 精錬工程を終えたものは地金(じがね)といわれる魔材の塊の状態である。

 これをさらに加工して最終的な製品を作る。


 鍛冶工房に入ると、大量の地金を熱して人間の大きさ程ある巨大な金鎚(ハンマー)で何度も叩き、(きた)えているのが見える。この機械は魔石で動いているため、人力ではとても持ち上げられない巨大な金鎚(ハンマー)を使うことができるのだという。


 金鎚(ハンマー)と金属がぶつかる音が大きく響き、耳が痛くなる。それが複数同時に行われているものだから、まともに会話もできない。


 ……いわゆる鍛造(たんぞう)工程か。絵で見るとカッコいい工程だけど、現場は暑いし(うるさ)いし、過酷だな――


 ここで現在加工しているのは氷系のフェルミナイト金属という安価で一般的な魔材であるが、土系のモグナイト金属でも基本的な加工工程は同じとのことだ。


 職人たちは流れ作業でこれら工程を担当しており、驚くほどの速度で楯が量産されていく。これだけの速度で生産できたら防具も安価になるだろう。


 「ここまで早く生産できるとは想像していませんでした」


 私が率直な感想を伝えると、工房の方、ミッターさんは胸を張って答えた。

「そうだろう。魔石を利用した最新の鍛造(たんぞう)機械を使ってるからな。もう鍛造の職人が手でチマチマしている時代じゃないんだ。まだそんな工房も残っているが、まあ芸術品のような用途だけになるんじゃないかな。なにせ1つ作るのに何日もかかるんだから。奴らは『自分たちの製品の方が強い』なんて言い訳をしているが、非魔学的だ。こちらの方が機械を使っているから鍛造する力も強いのに」


「確かに。鍛造する力によって製品の強度は変わりますから、金鎚(ハンマー)の重さは大切な要素ですね。人間の力だけではあの巨大な金鎚(ハンマー)を使うのは無理ですから……。機械化は生産性や品質を向上させますから、職人さんの出番が少なくなりますね」


 私が同意すると、我が意を得たりとばかりにミッターさんが喜んだ。


 「おお、そうだ! なんなら昔ながらの工房も見ていくか? 近くに刀剣を鍛造している工房があるんだが」


「え? いいんですか? ぜひ見てみたいです!」

 今はいろんな現場を見ておきたい。


「ああ、いいだろうさ。あいつは本気で手作業が良いと信じてるんだ。セン大の博士が魔学的に意味が無いと言ってやってくれ」


 ……ええぇ? なんかややこしいことになった? それにまだ博士じゃなくて、博士課程の学生《Ph.D. student》なんですが――。










博士課程の学生は『Ph.D. student』と呼ばれたりします。


『Ph.D.』とは『Doctor of Philosophy』のこと。直訳すると哲学博士ですが、歴史的な経緯で工学でも理学でも博士のことをPh.D.と称します。ただ、専門分野を明確にするため『博士(工学)』を『Doctor of Engineering』と表記することもあります。『博士(法学)』なら『Doctor of Law』といった具合です。


正式な表記方法はその学位を授与する大学が指定していますので、それに従います。ただ日本では日本語表記こそ定めているものの、英語表記までは指定していない大学も結構あるのではないでしょうか。その場合は授与された側が勝手に英語表記を選んでいるのが実態だと思います(←詳しい方、間違っていたらご指摘ください!)。


なお、日本は『博士(工学)』『博士(法学)』などカッコの中に専門分野を記述するスタイルです。1991年までは『工学博士』といった表記だったので、それ以前に博士号を取得した方はそのような名称を今でも使います。

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