第23話 委託研究
プロケラ先生から『どんどんやりましょう!』という趣旨の手紙が届いたようで、例の研究テーマは前へ進むことになった。ケレエタさんも修士論文のテーマにすべく、主担当して取り組んでいくことに賛同してくれた。
先生が言うには、他の研究室に学生が進学すると『学生が獲られた』と感じて教員同士で関係が険悪になることもあるらしい。しかし、幸いにもシズルノグ大学のプロケラ先生はそのような考え方をせず、逆に共同研究のきっかけとしてケレエタさんの進学を前向きに考えてくれているようだ。
そして、アダマース研究室にはもう一つ朗報が届いた。
「カイさん、共同研究のオファーがありました。魔材を使った楯に関する研究です!」
おおっ!
しかも、防具に関する研究とは!
「研究費は700万リブラです。民間の研究工房に依頼したら1000万リブラは下回らないでしょうが、大学ということで足元を見られてしまいました。交渉して700万にするのが精一杯でした。実験の材料代などで200万リブラ、学生のアルバイト代で100万リブラ程度が必要でしょうが、それでも400万リブラが残ります。これで当面の研究費は確保できましたね。安心して実験を進めてください!」
先生はうれしそうに共同研究の“収益”を概算し、実験再開の方針を示した。
軍事関係の研究費はやはり潤沢だ。
実は既に研究費は底をつきつつあり、研究室の予算は火の車であった。
学部と修士の学生には『実験の前にまずはその原理をしっかり理解しないといけません』などといって座学を中心に進め、実験費用を可能な限り節約してきた。
それでも最低限の費用は必要で、夏休み前には資金がショートするところであったのだ。
これで、なんとか“仕事”を得ることができた――。
よく、学生はアルバイトなどせずに学業に励めという人がいる。
それはアルバイトで得られる給与よりも学費の時間単価が高いからだろう。
しかし、現実は大学教授もアルバイトをしているような状況だ。大学教員の人件費、大学という設備を維持する費用、それらを国が支出しながら、最後の一押しとなる研究費を節約するがために、それらリソースを用いて民間工房の下請け研究をする事態になってしまっている。
まるでダンピングだ。研究者は自由な研究ができないし、一方で安価にこのような仕事を引き受ける組織があるもんだから、競合する研究的機能を持つ民間組織が育たない風土を作ってしまっている。
まあ、そんな愚痴をいってもしょうがない。
自分にできるのは、民間工房から委託された研究をしっかりこなして“顧客満足度”をあげることだ。
ただ、研究テーマそのものは非常に関心のあるテーマである。
『土龍が繰り出す炸裂礫弾を防ぐための楯の開発』
しかも、その魔物は第7級だという。魔物は弱いものから第1級に分類され、強くなるほど数値が大きくなる。そして、現在確認されている最強の魔物が第7級。つまり最強の魔物の攻撃を防ぐ楯の開発なのだ!
素材は土系の攻撃に耐えるため土系の魔材を用いることになる。同系統の魔材だと比較的耐久力があるからである。今回はその中でもモグナイト金属を予定している。
モグナイト金属は最近利用が広がりはじめた魔材で、高価なため小さな防具にしか使われていない。しかし、徐々にモグナイト金属の量産体制が整いつつあるため、それを見越して今回は楯という比較的大きな防具を作ろうというのだ。
リシトくんを中心に魔材理論チームが魔力攻撃によるモグナイト金属の耐久力を模擬実験し、最適な楯の形状を検討する。
魔材強度チームはその模擬実験の結果から得られた成果を実際の実験装置で検証し、妥当性を証明する。
そして魔材合成チームはモグナイト金属に微量の添加物を加え、特性改善を検討する。
まさに研究室総出での研究プロジェクトである。
まずは夏休み前を目途に楯の素材、形状を提案することになった。
学生たちは目を輝かせ、その目標へ向かって各自研究を進めたものの、意外なところに課題はあった。
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「アダマース先生、申し訳ありません、僕たちには無理でした」
魔材理論チームのリーダーであるリシトくんが先生に頭を下げている。
「そうでしたか……お疲れ様でした」
先生は少し残念そうな顔をしているが、特に叱咤する訳でもなく、その報告を静かに受け入れた。
魔材理論チームはモグナイト金属の模擬実験のための咒文開発には成功した。これで楯の形状を様々に変え、耐久力の確認をする……はずであった。
しかし、土龍の炸裂礫弾の再現は困難を極めた。
なにせ、第7級という強力な魔物の攻撃である。しっかりとした記録がない。
多数の石が飛んでくる魔力攻撃であることは確かなのだが、それが攻撃対象物の直前で炸裂するらしい。
その仕組みを理解し、咒文で模擬実験できるよう試行錯誤したのだが……どうしてもできなかった。
私も一緒になって悩んだが、魔材理論が専門のリシトくんでも無理だったのだ。
私もやはりできなかった。
「先生、どうしましょうか?」
私は先生に聞いてみる。
「工房からの依頼を受けて研究費を使っている以上、成果を出さないといけません。信頼関係が大切ですからね。ただ、もし炸裂礫弾を再現する咒文を外注に出したら数百万リブラはするでしょう。研究費獲得を主目的にはじめた共同研究ですから、そこに研究費を使ってしまっては本末転倒です。ですから、あとは私がなんとかします」
先生は悲痛な顔し、研究室にもどっていった。
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それからしばらく、先生はその咒文の開発にかかりきりとなった。
私たち学生のいる研究室まで顔を出すことはなくなり、授業以外は研究室に籠ったままだ。夜中に研究室を後にするときも、先生の居室だけは煌々と明かりがついている。
たまに廊下で先生に会うと、日に日にやつれていくのがよくわかった。
無精ひげも伸び放題だし、正直、ちょっと体臭が気になる。
何か協力できることはないかと考えたが、私たち学生では力不足なのは明白だ。
私はできる限り研究室の学生たちの指導に専念し、先生が咒文の開発に集中できるよう環境を整えることに専念した。
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そして2週間後、どうやら無事に咒文が完成したようだ。
さすが先生である。
これで研究費も無事に残ったといえるだろう。
それにしても工房との共同研究は大変だ。
確かに研究費獲得にはいいが、先生は“納期”に間に合うよう成果の“品質管理”をする必要がある。
……民間工房との共同研究はほどほどにしないとな――
アダマース先生の苦労をみて、私はそう実感した。
企業との共同研究そのものを否定するつもりはないです。特に工学系は産業とのつながりが強いですから、私もそれなりに受託しています。ただ、品質管理をするために最後徹夜するというのは教員あるあるではないでしょうか。
あと、共同研究の作業を学生にしてもらう場合はアルバイト代を出すようにしていますが、無料でさせている研究室もあるようです。卒論や修論のテーマならいいのかもしれませんが、個人的にはアルバイト代も必要経費と考えて共同研究費を見積もっておく必要があるのでは、と思っています。




