第21話 コラボレーション
「ケレエタさん、この前の演習課題そろそろできた?」
リシトくんの声だ。
そういえばそろそろケレエタさんと個人的に話をしてから1週間が経過したころか。
私は研究室の自分の机で論文を読んでいたが、いったん意識を二人の会話に集中する。
本当は私も駆け寄って話を聞きに行きたいが、下手に行けばリシトくんと二人で囲むような形になってしまい、プレッシャーになるだろう。
ここで聞き耳を立てるだけにする。
「……すみません、まだできていません」
先週はやる気に満ちていたケレエタさんだったが、回答は残念なものだった。
あの短時間で新しい言語を習得し、新たな課題をこなすのは無理だったか――。
重苦しい雰囲気で研究室がいっぱいになる。
「はぁぁーー。魔材に氷系魔法を付与して変位を模擬実験するという単純なものだぜ。うちでは学部3年の演習で必ずやる課題だから、誰でもできるレベルなのに。しかも、その演習の先生はアダマース先生だから、うちの研究室でその咒文が書けないのは他にいないと思うぜ。アイリさんが残ってくれていたらなー、はぁぁー」
リシトくんのぼやきと深いため息が大きく研究室内に響く。
確かに、魔材学専攻の学生ならその程度の咒文を作れて当然だ。
そもそも必修科目だから、その演習課題ができないと進級すらできない。
このようなとき、私はどのようにフォローしたらいいのだろうか?
「申し訳ありませんでした。ただ、練習として魔材の温度が違う時にどのような挙動を示すか、模擬実験できるようにしてみました」
……!!
「えっ! 今なんて言った?」
リシトくんの声が響いた。私の気持ちも同じだ。
「魔材の温度変化を模擬実験で再現できるようにした、と言ったんです。例えば温度が低いと魔材は脆くなりますよね? それを模擬実験する咒文が私の卒論だったんです。なので、プイソン語でもその咒文が作れるか練習してみたんです。試しに詠唱してみたらそれらしい計算結果が出たので、たぶん大丈夫です」
……ちょ、ちょっと待って! それすごいんじゃないのか!
私は思わず立ち上がり、ケレエタさんの近くに行く。
そして、質問をせずにはいられなくなった。
「ケレエタさん、もう少し詳しく教えてくれないかな? その咒文のこと」
「ですから、そのままです。魔材に力学的負荷を与えた時の変位を模擬実験するときに、魔材温度を変数として入力できるようにした、ということです。これぐらいは誰でもできますよね? でも課題だった魔力負荷による変位まで模擬実験できる咒文は作れませんでした。申し訳ありません」
「いやいや、それはすごいことだよ! 確かに魔材温度を模擬実験に含めるのは聞いたことがあるけど、どうやってするか知らなかったから。リシトくんは知ってる?」
魔材理論が専門のリシトくんなら知っているかもしれない。
「いえ、俺も同じっす。存在自体は聞いたことがあるけど、これといった専門書もないし、どうやってやるかまでは……」
「えっ! そうなんですか? 私の研究室では練習として教えてもらったものだったので……珍しいものとは知りませんでした」
そうか、魔材温度を模擬実験に含めるというのは、きっとケレエタさんがいた研究室では常識程度の技術なんだろう。でも、少なくともここアダマース研究室では特異な技術だ。
同じ魔材学を専攻にしているから、他大学出身の学生でも自分たちの常識を当然知っているものと思っていた。しかし、よく考えたら大学の講義には統一した教科書もない。だから基礎的なことはともかく、応用の部分は自然と所属する先生の専門に近い内容になってしまうのだろう。
つまり、ケレエタさんからみたら、私たちは魔材温度の模擬実験すらできない『非常識』で『無能』な学生と言えなくもない。
自分の大学を中心に考えて、勝手に人を評価していた――その事実に気付き、私はショックを受けた。私はいつのまにかこの狭い世界が世界の中心だと勘違いしていたようだ。
きっと、研究室にいると自分の大学出身者が大部分を占めるから、どうしても自分たちを中心に考えてしまうのだろう。そして、偏差値という過去のモノサシを使って無意識にマウンティングをしていたのだ。
まるで『高校時代に“受験”という短距離走の速さだけで選抜されたのに、大学院生になっても“研究”という多種多様な競技種目においてもすべて勝つのが当然』といった根拠のない上から目線。
私は自分の考えが恥ずかしくなり、思わず下を向いた。
それにしても、このような技術を私たちの技術と組み合わせれば、何か面白いことができるんじゃないだろうか?
「リシトくん、ケレエタさんが作った咒文に、魔力負荷による変位を模擬実験する咒文を追加できないかな?」
リシトくんは真剣な顔で紙に書かれた咒文をしばらく凝視してから、
「単純に咒文節を追加するだけでは無理そうっすね。ただ、複雑になりますがうまく融合させればできるかもしれません」
と答えた。
よし、これは面白いことができそうだ!
もしかしたら新しい研究成果につながるかもしれない!
「例えば冬の寒いときに魔力攻撃を受けると、予想よりも早く魔材が壊れることが知られているよね。でも、もし温度変化と魔力負荷を同時に模擬実験できたら、その現象を再現できるんじゃないかな?」
リシトくん、ケレエタさんが同時に驚きの声をあげた。
さきほどの険しい顔とは違い、今は二人とも喜色満面だ。
私は居ても立っても居られなくなった。
「早速だけど、アダマース先生にこのアイデアを伝えてみよう!」
そういうと、二人を連れて先生の居室へと向かった。
途中、リシトくんがケレエタさんに『あんな咒文を短期間で作ってしまうって、おまえスゲェな』と言い、ケレエタさんが『いえいえ、先輩こそあれに魔力負荷の咒文を付け加えられそうと判断できるなんて……尊敬します』などと言っているものだから、うれしくなってしまった。
優劣を競うのではなく、お互いに協力し合う関係――チームができた瞬間だった。
----アダマース先生の居室----
「先生、どうでしょうか?」
私は早速先ほどのアイデアを先生に説明した。
本当に面白いことができそうだと思う。
「そうですね、興味深いアイデアです。ですが、先行研究の確認はしましたか?」
……あっ、しまった! まだ図書館に行って論文検索をしていなかった。もしかしたら、既に同じ研究がされている可能性がある。たとえ自分たちがひらめいたものであっても、既に他の研究者によって発表されていたら二番煎じ。研究としての価値は無い。
「す、すみません、まだ確認してませんでした」
「新しいことを思いついたときは、まずは先行研究の確認を忘れないようにしましょうね」
「わかりました」
……ああ、博士課程の学生になったのに、興奮して基礎的なことを忘れていた。恥ずかしい。
「それからこれはケレエタさんが以前所属していた研究室の成果を活用したものになりますね?」
ケレエタさんが答える。
「はい、そうです。シズルノグ大学のプロケラ研では、このような模擬実験を普通にしていたんです」
「そうなると、単純にケレエタさんの成果だけとは言い難いところですね。プロケラ先生に仁義を切って、どのような体制で進めるか慎重に考えないといけません」
……“仁義を切る”とはまるで犯罪組織のような表現だな。
「まあ、プロケラ先生の性格は私も知っているので、たぶん大丈夫でしょう。もし先行研究がなく、新規性のある研究なら私からプロケラ先生に連絡を入れて、進め方を考えます。いずれにせよ、まずは先行研究の有無を確認するところですね。これはカイさんがやった方がいいでしょう。カイさん、よろしくお願いします」
「わかりました! すぐにやってきます!」
私はこのアイデアが本当に新しいのか、それを確認したい一心で急いで図書館へ向かった。




