地獄
スゥーと目を覚ますと、目の前には茶色い天井が広がっていた。
ここは……?
上体を起こして周囲を確認すると、船内のよくわからない白いベッドが沢山置いてある部屋に、私はいた。
その部屋には私以外にもベッドの上で眠りについている島の人たちがいて、皆頭に包帯を巻いていた。
なんで包帯? と思いながらも自分の頭を触ってみると、私の頭にも白い包帯が巻かれていた。
なんだこれ? 私たちは一体何をされたんだ?
あの医務室に入ってからの記憶がおぼろげだ。確か透明なマスクをつけられて、それから直ぐに眠気に襲われて……。
考えてうなり声をあげると、ズキっと鈍い痛みが頭に走る。なんだ一体!?
自分に何をされたのか分からないことが、こんなにも怖いことだなんて……。あまり考えたくない。奴らのことだ。絶対にろくなことではないだろう。
私は体に掛かっていた布団をどかすと、地面に足をつけ部屋から出ていく。部屋を出て戦艦から島に戻ると、島の人たちは頭に包帯をつけながらもシャベルで地面をガリガリと掘っていた。
結局なんなんだったんだと思いながらも、私はいつも通り奴隷のように、彼らのいう通り地面を掘り続けた。
だんだんと慣れてきたこのクソッタレな日常が終わると、私は家に帰って母さんに頭の包帯を取ってもらう。
「ねえ、私たち一体何をされたのかな」
不安げにそう尋ねるが、母さんが知っているはずもなく、小さく弱々しい声で「さぁ……」とだけ呟いた。
それから配給のあまり美味しくないパンをモサモサ食べ、私は読んでいた本の続きを読みながら寝落ちした。
それから三日目のことだ。
私はあの日、一体頭に何をされたのかという疑念を常に抱き続けていたのだが、それが今日、明白になった。
これはいつも通り、件のインフィニティとやらを掘るために、シャベルで地面を掘っていた時のことだった。
突然私の背後に偉そうな軍人が近づいてきて、一言。
「今夜お前の家に向かう」
とだけ私に伝えてきたのだ。
一体何をされるんだ? 私は大層怖くなり、血の気が引いたように顔が真っ青になっていくのを感じながら作業を進めた。
こんなに時間が経つのが遅く感じることが、未だかつてあっただろうかと思うほど、私の体内時計の針の進みは遅かった。
今夜何をされるのか。恐怖で頭が支配され、私はろくに作業に集中できないまま時間が過ぎるのを待ち続けた。
作業が終わり、家に帰っても、私は落ち着かない様子だった。
先ほどの軍人の言葉が忘れられず、大好きな読書にも手がつけられないほどだ。私の様子がおかしいことを察した母さんが、心配そうな視線向け「大丈夫?」と聞いてきてくれるが、私は無理やり口角を上げて「大丈夫だよ」と返す。
本当は全然大丈夫じゃないのに……。その証拠に、配給のパンが全くのどを通らない。
時間は夜の10時。もういい時間だ。あの男は来ないのだろうか。来ないのなら、それに越したことはない。
頼むから何も起きないまま、今日という日が終わりを告げますように。
心の中でそう願っていたのだが、願いなんてものが叶うのはフィクションの中だけだと、私は実感する。
「それじゃあそろそろ寝るわよ」
「うん」
居間で母さんとおやすみの挨拶をした時のことだった。ガチャリとノックも何もないまま、玄関の扉がおもむろに開かれた。
そしてその奥から、偉そうな軍人が潜るようにして家の中に入ってきた。
190はあろうその大きな身長と、威圧的な顔面に私は恐怖する。隣にいたお母さんは、軍人が入ってきたことに驚きつつも、刺激しないように。
「どうしたんですか?」
と、優しく声をかけるが、軍人はそんな母さんの言葉など無視して、いきなり緑色の軍服を脱ぎ始めた。
初めてみる男の裸体に、私は頭が混乱する。なんで脱ぎ始めたの? いや、そんなことはとっくに分かりきっている。
きっと心のどこかでこうなることが分かっていたんだ。だから私は、身動きせずに覚悟を決める。
裸体の軍人はそんな私の顔を見ると、ニヤリといやらしい笑みを浮かべ、私の方へ近づいてくる。
そんな軍人を止めようと、母さんが私の前に立つと、軍人は煩わしいものを見るような目つきを母さんに向けた後に、床に落ちている軍服のポケットからヘンテコなボタンのついた機械を取り出しそれを押した。
その瞬間。母さんは両目を抑えて叫び出した。一体なんなんだ? 何が起こっているんだ? 疑問と恐怖。それらの感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、私は失禁する。
それからはまさに地獄だった。
母さんの叫び声。軍人の喘ぎ声。私の泣き声。
痛み、戦慄、困惑、殺意。
あぁ、憎い。殺したい。でも頭に血なんて登らなかった。今はただ、この苦痛が早く終わることを切に願うばかりだ。