壊れた心
初日は渡されたシャベルでガリガリと地面を掘り起こす作業をずっとこなしていた。何でこんな目に……とぐちぐち心の中で愚痴をこぼしつつも、従順に彼らの言いなりになった。
でも、想定していたよりかはずっとマシな状況だ。正直お父さんが殺されたから、私たちもそれに似たような、例えばいたずらにひどい暴行を受けたり、屈辱的な行いをさせられるものかと思っていたが、彼らは私たちのことは単なる労働力としか見ていないようだ。
先ほどまで感じていた強い憤りはもう跡形もなく、今は謎の安心感のみが私の中に渦巻いていた。お父さんが殺された後だというのに、なんて薄情なんだと自己嫌悪しそうになる。
そんな思いを必死に押さえつけながら、私は地面に落ちている先ほどロット軍から支給された、謎の機械に目を向ける。
どうやらこれは、件のインフィニティとやらがどこにあるかを検知してくれる装置らしい。
ブーメランのような、細いピストルのような形をしていて、地面に銃口を向けると「ピーピー」とうるさい警告音のような音を勝手に鳴らす。
変なのと思い、私は銃口を自分の方へ向けて中をのぞいてみようとすると……。
「ピーピーピーピー」
機械がうるさく喚きだした。
え? どういうこと? なんで私の方に向けると音が鳴るの?
壊れてるのかと思い、銃口を何もない空間に向けてみると、ピタリと音が止んだ。
それからまた、同じように自分に銃口を向けてみると「ピーピー」と音が鳴りだした。
なんだこれ、気味が悪い。明らかに私に反応している。もしかして人に向けると反応するのかな。
そう思い、近くにいたクリフに銃口を向けてみるが、うんともすんとも言わない。
やっぱり私だけにしか反応を示さないようだ。
なんでだ? そう思うが、その疑問を解消する術なんてものは持ち合わせていないので、私は誰にも相談することなく、心の中にしまって気にしないことにした。
そんなこんなで時間は夕方の6時を過ぎ、作業を終えていいとロット軍の軍人から言われ、私たちは手に持っていたシャベルと機械を家に持ち帰り休養する。
家に帰ると、母さんが台所の隅っこで泣いていた。くす……くす……と息を殺すように、静かに泣いている母さんを見て、私は目を逸らしてしまう。
だって私は今、父親が殺されて悲しいなんて感情を持ち合わせていないのだから。
確かに父さんが銃殺された時は怒りもした。ものすごく腹が立った。
でも今はそれ以上に、恐怖と安堵の感情に駆られている。願わくばこのまま、一生虐げられることもなく”インフィニティ”と呼ばれる鉱石のみを掘らせて欲しい。
そんな最低で保身的なことを考えながら、私は朝読んでいた本の続きを読み始める。
軍人から支給されたパンとミルクを片手に本を読んでいると、家の扉がトントンと優しくノックされる。なので私は本を閉じて机の上に置き、扉を開けに玄関へ向かった。
「はーい」
そう声を出しながら木製の扉を開けると、幼馴染のクリフが顔を覗かせた。
「やあユナ。ちょっと上がってもいい?」
なんだかいつものうるさくて元気な様子とは打って変わって、今のクリフはとても弱々しい感じがする。そんないつもと違う幼馴染の態度に違和感を覚えつつも、私は台所でうずくまっている母さんの背中をちらりと一瞥してから。
「いいよ」と言いクリフを家にあげた。
クリフを家にあげると、私は先ほどまで座っていた椅子に腰掛け。
「それで?」
何の用だ? というニュアンスを含めた言葉を発すると、クリフは心配そうな表情をしながらしゃべり始めた。
「別に用なんてないよ。ただ、あんなことがあったから、ユナは大丈夫かなって……。ごめん、余計なお世話だったかな……」
恥ずかしそうにしながらそう言ってきてくれるクリフ。あんなことと言うのは、きっと私のお父さんが殺されたことだろう。
思い出して、あまり悲しんでいない自分にまたも嫌気がさしながら、私は少し悲しげな表情を浮かべて「大丈夫だよ」とだけ一言話す。
その顔を見たクリフは、「そっか」とだけ漏らすと。
「それじゃあ僕はもう帰るね。何かあったら相談してよ」
そう言い残し、家を出て行った。クリフの気遣いは嬉しい。でも、嬉しいはずなのに、私の心はちっとも喜んでない。
きっとこの頃からだ。私の心が壊れ始めたのは。