平和の崩壊
平和というものは、時として突然、なんの前触れもなく崩れ去ってしまうものだ。
私はモルスという国の離島で生まれ育った。本島とは少しだけ離れた住人の少ない島の中で、平和に伸び伸びと慎ましく暮らしていた。きっと一生この離れた島で、ひっそりと生涯を終えるものだとなんとなく思っていた。
近所に住んでる幼馴染の冴えないクリフとなんとなく結婚して、それで美人でもカッコ良くもない子供が二人ぐらい生まれて、少ない家族に最後を看取られて死んでいく。そんな人生を漠然と妄想していた。
でも、そんな私の人生設計は、突如として急に壊れることとなる。
あれは忘れもしない九月十日のこと。私の誕生日が目前に迫っていた時のことだった。私はいつも通り、特にすることもないので本を読んでいたのだが……。
その日は何だかお父さんの様子が変だった。そわそわと落ち着かない様子で、何度も何ども腕に付けている金色の腕時計に視線を向けていた。
「どうしたの?」
いつもと様子が違うお父さんにそう声をかけると、お父さんは腕時計に目を向けたまま。
「実はいつもこの島に物資を渡しにきてくれる船がまだ到着してないんだよ。まあ別に、この島にはまだまだ十分すぎるほど食料はあるから問題ないんだけどな。ただ連絡も何もないから心配になってな……」
う〜んと低い唸り声を上げ、ぽりぽりと頭皮を人差し指で掻くお父さん。
そこらへんの難しいことはよく分からない。島の男の人たちが本島との複雑なやり取りをしていて、女の人たちは畑仕事や家事などをしている。
私はもう19歳になるので、お母さんと一緒に畑仕事を手伝ったり、編み物を縫ったりして生活費を稼いでいる。
みんなそれぞれに役割があって、その役割を忠実にこなす。そうやってこの島の人たちは生きてきた。
私にできることは特に何もないと思い、私は再び膝の上にある本に視線を戻して続きを読み始める。それから、読書を再開してから5分ほど経つと、どんどんどんどんと、うるさく何度も我が家の木で出来た扉が叩かれる。
一体何事だと思い玄関のドアをガチャリと開けると、そこには額にものすごい汗を浮かべ、肩で息をしている幼馴染のクリフが慌てた様子で立っていた。
「どうしたの? ものすごい焦ってるみたいだけど。とりあえず何か飲む?」
焦っているクリフにそんな気の利いた言葉をかけてあげると、クリフは口調を強めて。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないって! おじさんもちょっと来てよ」
大声で私とお父さんを外に呼び出すと、クリフは手に持っていた双眼鏡をお父さんに手渡す。
「見てよコレ。なんか本島から来てるよ」
クリフは焦りながら、本島の方に向かって指を差す。私はクリフが指差した方に目を向けるが、特に何も見えない。しかしお父さんには見えるようで。
「お、おい。あれってロット軍の船じゃないか?」
震える声で、そう口にした。ロット軍? つまりはロット国の軍人ということか? なんでそんな人たちが、こんな何にもない離島に来ようとしているんだ?
嫌な予感と不安を感じながらも、逃げ場なんてないので私たちはおとなしくロット軍の船が島に上陸するのを待ち続けた。
ブロロロロと大きな風と音を出して上空からこちらに向かってくるヘリコプターと、ピーーーと海全体に響き渡るほどのうるさい汽笛の音を鳴らしながら迫り来る黒くて大きな戦艦。
私はその薄気味悪くて物騒な乗り物に畏怖の感情を覚える。ヘリコプターと戦艦が島に上陸すると、中から緑色の軍服に身を包んだガタイの良い男たちが出てきた。
そしてその中でも一番偉そうな顔の整った男が一歩だけ前に足を進めると、大声で私たちに演説をし始めた。
「今日よりモルスの本島、ひいてはこの離島を我々が支配する。良いか! 貴様らは今日から奴隷だ。一生我々に忠誠を誓い、その身を捧げろ!」
いきなりのことに困惑する。何が起こっているの? 奴隷ってなんだ? どうしてそんなことになっている?
わけがわからず、島の人たちは次々に動揺してヒソヒソと小声でしゃべり始め、私のお父さんが前に出て説明を求める。
「いきなりなんのことか理解ができないんだけど、君たちは何しにきたんだ?」
お父さんが前に出ている偉そうな軍人にそう聞くと、その軍人は腰にぶら下げていた拳銃でお父さんの眉間を撃ち抜いた。
バキュン! という大きな発砲音とともに、頭から血を流して倒れるお父さん。その地獄みたいな光景を前にした私たちは、一斉に騒ぎ始めるが、お父さんを撃った軍人が私たちの足元にもう一発弾丸を放った。
「静かにしろ。今のは見せしめだ。お前たちも脳みそに穴を開けられたくはないだろう? 私たちの命令に従えば、命だけは奪わないでやろう」
その時から私の中の人生という歯車が、かち、かち、と音を立ててズレ始めた。