敵討ち
その日以来私は、クリフおじさんの元でお世話になることになりました。
おじさんの家も私たちの家と同じで、みすぼらしくオンボロな家なのですが、お母さんの家とは違って、色々な雑貨のようなものがたくさん置かれていました。
一体何に使うんだろう? と思うような小物に目を向けていると、おじさんはその中から木製の剣を取り出して、私に手渡してきました。
「えっと、これは……?」
私が木剣を見ながら困惑していると、おじさんは私の瞳をじっと強く見つめ。
「いいかいマキナ。君がお母さんの仇を討つんだ」
と、幼い私に言ってきました。仇打ちって、そんなことできるわけありません。いや、正確にはしたくありません。
何故なら私は、自分の力を他人に向けることに抵抗感を抱いていたからです。
それでもおじさんの気持ちを考えると断れなくて、私はしぶしぶ剣術の鍛錬をさせられました。
でも剣術の鍛錬とはいったものの、おじさんが剣術に精通していたり、剣の達人であったりとか、剣を振るうことを生業にしていたりとか、そう言う過去があったりとかは全くないので、私はただひたすら人体について教え込まれました。
どこを狙えば確実に相手を屠ることができるのか。
どこが急所で、どうすれば確実に当てることができるのか。
相手の武器によって、どの戦術が最適なのか。
おじさんは技術を教えることができないので、私に知識を恵んでくれました。だから私は、人体が壊れやすい場所を齢10歳にして完璧に学びました。
「よし、マキナ。それじゃあ実践だ。僕のことを敵だと思って、本気で殺しに来い!」
木剣を持たされそんなことをおじさんから言われますが、出来るわけありません。
ただでさえこの力を他人に向けるのを恐れているのに、それをよりにもよって、世話になっているおじさんに向けるなんて、私には到底できませんでした。
だから私は、わざと力を抜いておじさんに斬りかかりました。
でも、そんなあからさまに手を抜いている剣が当たるわけもなく、ヒョイっとおじさんに避けられてしまいます。
「どうしたマキナ? 全然本気じゃないじゃないか。お前なら僕を殺すことぐらい容易だろう?」
そんな風に煽られても、私がおじさんに本気で斬りかかることはできませんでした。
だから「ごめんなさい。出来ないです」と謝罪して、木剣を床に落としました。
そんな私の様子を見たおじさんは、私の方に近づいてくると、「ごめんな」と一言謝罪した後に、私の頭をポンと撫でてくれました。
その日以降おじさんは、私に無理やり剣を持たせることもなくなり、それどころか敵討ちのことは考えなくていいと言い始めました。
もしかしたら私は、おじさんに失望されて見捨てられてしまうのではないかと不安に思ったのですが、別にそんなことはなく、むしろ前よりも仲良くなりました。
これはある日のこと。作業を終えた私とおじさんが、机の前に座って雑談をしていた時のことでした。
「なあマキナ。お前があんまりその力を使いたくないのはどうしてなんだ? サキナみたいにロット軍の奴らに連れて行かれるのを恐れているのか?」
特に前触れもなくそんな質問をされ、私はすぐに答えます。
「それは、クリフおじさんも知ってるでしょ。私がママの腕を潰しちゃったのがトラウマになってること」
そう言うとおじさんは、ん〜と唸り声に似た声を出してから、続けざまに質問をしてきます。
「でもさ、それって他人に力を向けるのが怖いだけだろ? それ以外の用途で自分の力を使うのが嫌なのはなんでなんだ?」
聞かれて、次は私が困ったような声を出します。確かになんででしょう。
特にこれといった理由はないのですが……。
私はもやもやとした感覚のまま、それらしいことをしゃべり始めます。
「この人間離れした力を使うと、私はバケモノだって感じちゃうから。だから多分、無意識に抵抗してるんだと思います……」
そう言うとおじさんは、「そっか……」と優しい目をしながら呟き。
「無理強いするつもりはないんだけど、もしマキナが良ければその力をインフィニティを掘る作業に使ってくれないか? ほら、ロット軍もよく言ってるだろう。
『この島のインフィニティを全て掘り尽くせば、お前たちを解放してやる』って」
おじさんは明後日の方向を見つめながら言いました。
確かにロット軍は、私たちのモチベーションをあげるためか、常にそのような言葉を発信していますが、その言葉を素直に鵜呑みできるほど、私たちは彼らを信用していません。
だから私は、訝しむような視線を目の前のおじさんに向けると、おじさんは独り言のように語り出しました。
「もう疲れたんだよ。大切な人たちがいたずらに奪われていく人生は……。あいつらの言っている事が嘘でも真実でも、別にどっちだって構わない。
ただ僕は、このクソッタレな環境から早く逃げ出したいんだよ」
哀愁漂うおじさんの姿をみて、私は次の日からこの力をロット軍にバレないように使い始めました。