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浮かれた心の行方は

 

 この国の貴族の子供たちは16歳で成人と認められる。そのため彼らにとって16歳になった年は一等特別で、周りの大人たちも盛大に祝うのだ。


(王族に成人を迎える方がいる年は国を挙げてのお祭りになるらしいけど、今年はそうじゃないもんね)


 ちなみに現王族で成人が近い者はいなかった。未成年は今年5歳になった第三王女だけなので先は長い。


「お嬢様! ドレスが届きました!」


 ソフィーが大量の箱を持って部屋に駆け込んでくる。半年ほど前にランドールに仕立ててもらったドレスだ。

 まさか成人の当日に完成するとは。フレデリカの脳裏に、プリンストン夫人の言葉が蘇った。


『「愛の告白」の意味を持つんですよ』

「な、ないないない! たまたま、偶然!」


 いきなり取り乱す主人に驚きソフィーが怪訝そうにフレデリカを見ていた。その冷めた視線で頭が冷え、咳払いをして取り繕う。

 落ち着かねば。たとえ成人――「女性」として世間に認められる日に、好きな人から望まれて作ったドレスが贈られたとしても。


(師匠とそんな甘い雰囲気になったことないもの。このドレスはただのご褒美で、それが偶然今日完成しただけ)


 他意など無い。そう思い込まねば、フレデリカはこのドレスに袖を通すことすら出来なかった。

 気持ちを落ち着け、箱を開ける。一緒にいたメイドたちが控えめに黄色い声を上げた。そしてそれはフレデリカも同じだった。

 雪原を思わせるなめらかな白銀のドレス。露出は少なく、レースも控えめなのに地味に見えないのは、裾から胸元にかけて施された大輪の花々の刺繍のおかげだ。

 赤、桃、金、紫、オレンジ、そして緑。縫い込まれた小さな宝石が花芯となり、揺れるたびに色とりどりに輝くのは幻想的の一言に尽きる。


「なんて綺麗なドレスでしょう! 絶対にお嬢様にお似合いです! さあ早くお支度を!」


 ソフィーが今日一番の張りきった声で指示を飛ばす。メイドたちも興奮したようにフレデリカの支度に取り掛かった。

 ドレスを着せられ、髪を結い――なんと同じ意匠の髪飾りまで贈られた――化粧を施し。

 熱の入り過ぎたメイドたちによって、なんと予定の半分の時間ですべての準備が完了したフレデリカは、静かに椅子に座っていた。


 コンコンコン。


「フレデリカ」

「お姉様!」


 部屋にやって来たのは姉のマーガレットだ。白銀のドレスを着たフレデリカを見ると、マーガレットは相好を崩した。


「とっても似合っているわ、可愛いリカ。そんな貴女に良い知らせと悪い知らせがあるの。どっちから聞きたい?」

「…………悪い知らせからお願いします」

「先程、ルザード侯爵令息から使いが来たわ。今日のエスコートは出来ないと」


 ひゅ、とフレデリカは息を呑んだ。

 成人パーティーでのエスコートは婚約者が行う。婚約者が決まっていない場合は父親または兄など年上の男性がする。それがマナーであり伝統だ。婚約者がいるのにエスコートされないなど、前代未聞の恥さらしも良いところ。

 3年前、エリックが言っていた言葉が一気に現実味を帯びる。


(エリック様は本当に婚約を破棄するつもりなんだ)


 しかしフレデリカの心に浮かぶのはただそれだけだった。前代未聞の行いにショックは受けるが、そこに怒りも悲しみも付随していない。エリックへ向ける感情がすこんと抜け落ちていた。

 黙ったままのフレデリカに、マーガレットは何でもないように告げる。


「良い知らせはね、フレデリカ。今、ランドール様がいらっしゃっているわ。貴女をエスコートしたいんだそうよ」

「そっちを先に言ってくれませんか!?」


 フレデリカは椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がり、ソフィーの制止も聞かず部屋を飛び出した。



「師匠!」


 ランドールは玄関ホールでアルベルトと談笑していた。

 階段を下りてくるフレデリカに気づき、視線が絡まる。


「フレデリカ。よく似合っている」

「あ、ありがとうございます。えっと、師匠も、よくお似合いです……」


 ランドールの目の前まで来てやっと彼の服装を認識したフレデリカは、消え入りそうな声でそう伝えた。

 一分の隙も無く着こなされた礼服は、普段ゆったりした宮廷魔術師の制服と違い彼の男らしい体の線を浮き彫りにする。いつも簡単に結っているだけの銀髪も丁寧に撫でつけられてリボンで結ばれていた。

 露わになった顔立ちは美の女神すら魅了しそうなほど端正で、その状態でフレデリカを褒めるものだから、緊張と興奮でどうにかなりそうだった。


「し、師匠はどうしてこちらに?」

「ああ。本日咲き誇る花をエスコートする許可をいただきに来た」


 今日咲き誇る花。それは成人を迎える令嬢を指す言葉だ。

 ランドールはその場に跪くと、そっと腕を伸ばしフレデリカに掌を差し出した。


「フレデリカ・ヒュポーン嬢。どうかこのランドール・ガルシュナーに、貴女をエスコートする名誉を与えていただけませんでしょうか」


 宝石にも負けないランドールの紫の瞳がフレデリカを真っすぐに射抜く。

 目の前にいるのはいつもの魔法の師匠ではない、ガルシュナー次期侯爵であった。


(心臓が痛い。けど嫌じゃない)


 好きな人にエスコートの申し込みをされることがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。

 ゆっくりと開いた唇も舌もみっともないくらい震えていた。が、それらを気合でねじ伏せフレデリカはそっとランドールの手に自分の手を重ねた。


「ええ。喜んでお受けいたします、ランドール様」


 ランドールの顔が嬉しそうに緩んだように見えたのは、きっとフレデリカの気のせいではなかっただろう。


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