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言われてしまったので

 

「あんなデブと結婚なんて何の冗談だ! 絶対に嫌だね」


 廊下を曲がろうとしたフレデリカ・ヒュポーンは、聞き覚えのある声と「デブ」という言葉に足を止めた。

 どうやら曲がった先で、誰かが大声で話をしてるらしい。フレデリカは嫌な予感を胸の奥に抱えたまま、そっと角から向こう側を覗いてみた。


 嫌な予感は当たるもの。


 どうか間違いであってくれと願っていたフレデリカは、先程の発言が自分の婚約者であることを自身の目ではっきりと認識してしまった。

 光の加減で濃淡の変わる炎色の髪と、透き通る空色の瞳。歯を見せて豪快に笑う姿は貴公子というには少し品が足りないが、その笑顔が良く似合う野性味を漂わせた顔立ちは整っている。


 エリック・ルザード侯爵令息。

 何を隠そう、フレデリカの婚約者である。


 愕然とするフレデリカのことなど知らないエリックは、相手に向かってなおも笑顔で話し続けていた。


「あそこはあのデブ以外はみんな美形だと社交界でも有名だろ。つまりあいつはあの家の異物だ。そんな奴とこの俺が結婚なんてありえない」

「でも現に今、君はフレデリカ嬢と婚約してるだろ。このまま彼女が成人したら結婚することになる」

「ああ。でもそれはあいつが成人したときまで俺と婚約していたらの話だ。成人したらあいつに婚約破棄を言い渡してやる。デブが縋りついてくる姿はきっと滑稽だろうさ!」


 その言葉はフレデリカに大きな衝撃を与えた。


 エリックとフレデリカの婚約が成立したのは今から約3年前。フレデリカが10歳になった誕生日だった。

 そしてこの国の成人は16歳。フレデリカの成人まで、あと3年だ。

 貴族の中には子供のときから婚約者が決まっている者も多く、多くは成人と同時に結婚する。つまり成人してから婚約破棄されれば、フレデリカは生涯独身になる可能性が高くなるのだ。それは貴族令嬢として致命的な恥になる。


 エリックはあろうことか、それを「滑稽」と言い切った。

 人間一人の生涯を滅茶苦茶にしようと画策し、それに足掻こうとするであろう相手を笑いものにしたのだ。


(なんて底意地の悪い……!)


 フレデリカの腹の底が熱くなった。

 彼にとってフレデリカとの婚約は所詮その程度のことらしい。

 口の中が鉄臭くなって初めて、フレデリカは唇を噛み切っていたことに気づいた。

 拭ったハンカチについた赤を見た瞬間、すーっとフレデリカの中で熱が下がっていく。


「…………いいわ」


 踵を返し来た道を戻るフレデリカは低く呟く。


「そっちがその気なら、痩せてこっちから婚約破棄してやるわよ……!」


 ヒュポーン伯爵家は、エリックが言った通り社交界では美形揃いと有名だ。

 つまり綺麗になれる可能性は十分、ある。いやなってみせる。


 ショックを怒りへ、怒りをやる気に変えたフレデリカは、燃える瞳でそう誓った。



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