3 オーバーステイヤーは怖い。
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「着任早々、遅刻かね」
昨晩あれほど飲んでいたにもかかわらず、チャンの表情にはその影響は微塵も見られなかった。超人的な酒豪のようだ。おかっぱ頭の小柄な少女のような風貌にその豪放な性格が似つかわしくない。
「……すいません」
オートフロートを飛ばしに飛ばしたが、十五分ばかり遅刻してしまった。オフィスでは、チャンをはじめ、マルコ、チャーリー、トム・T、デボラ、ビビアン、タナカといった取締第三課の面々が楕円形のテーブルを囲み、朝の会議をしている最中だった。
「昨日は真っ先に帰ったくせして……」
チャンはからかうような笑みを浮かべてから、ふと気づいたように怪訝な表情になった。
「おや、朝っぱらから疲れた顔をしているな。取締官の仕事はな。一に体力、二に体力、三四=十二で、五六=三十だぞ」
「チャン、ウケるっす」
マルコが追従の笑いを上げ、チャンは片手を上げて応じた。
自由の星、火星にいると、人は陽気でおおらかになるのだろうか。日本の警視庁にいたころ、会議に遅刻などしようものなら、容赦なく罵倒か鉄拳が飛んだものだ。
「おや?」
チャンがおれの身体の何かに気づいたように目を細めた。椅子から降りて、ちょこちょこと歩いてくると、おれの顔を見上げた。あらためてチャンは小さく、おれの胸元ぐらいまでしかない。
「顔のここんところが汚れているぞ。髪だって砂まみれじゃないか」
チャンはおれの顔を見ながら、自分の顔と頭を指で示した。
「何だ、官舎のベッドが気に入らず、野宿でもしていたのか?」
まわりの同僚たちがチャンのジョークにまた笑った。
おれは肩をすくめて答えた。
「早朝、デッド・ソルトにいたんで。それで遅れたんです」
「デッド・ソルト? あんな何もないところで何をしていたんだ?」
「修行です」
笑いがぴたりとやんだ。
チャンの目が見開かれる。
「しゅ、シュギョウ? シュギョウとはまさか……!?」
「ええ、忍者の修行です」
チャンの下顎ががっくりと落ちた。
「オーマイガぁ……。ニンジャは毎朝シュギョウをするものなのか。さすがはニンジャ、ストイックの権化め。とはいえ、遅刻はいかんぞ。以後、気をつけるように」
おれは「はい」とだけ声を返して、マルコの隣の席に腰を下ろした。
チャーリーがおれのほうに顔を向けた。
「修行はいいが、デッド・ソルトはやめたほうがいい。ディグベアというグリズリーとステゴサウルスを掛け合わせたようなファントムが出るって噂だ。人を見たら餌だと思って食うと」
おれがそのディグベアに稽古をつけてもらったと言ったら驚くだろう。あの不思議な体験についてはおれの心の中だけに仕舞っておくことにした。
マルコが興味深そうな目で話しかけてくる。
「今度、ニンポウ見せてくださいよ」
「あ、ああ……。今度な」
「さて、メンツもそろったことだし、本日の会議に移るとしよう」
チャンはまた手すりの付いた愛用の円盤に乗ると、嵌め殺しの大きな窓ガラスの近くまで行き、尾骶骨の上で手を組んで、七福の街を見晴るかすようにした。
「今日は新人もいるから、あらためてここ七福の現状について話そう。実のところ、七福における治安はあまりよくない。いや、悪い。それもかなり。この星でわれわれは地球以上の自由を享受しているが、その代償とも言えるほど多種多様な犯罪が日々発生している。七福では毎日二、三件の殺人事件が起きているが、それは認知されている件数だ。周辺を見渡してみればわかるように、山や森、荒野や湖に死体を持ち運べば、誰にも気づかれることはなく、凶暴な自然環境が分解してくれるだろう。だから、実際の犯罪件数はその数倍はあると見積もっていい。一見すると平和そうな表層からはわからないかもしれないが、殺人や強盗といった凶悪な犯罪は、地球における最悪の地帯に匹敵すると考えていい。テロなんかもある!」
そこで、チャンはくるっとこちらを振り返り、おれに向かって尋ねた。
「怖いか?」
「え? ……まあ、はい」
突然質問され、おれは面食らってそう答えた。
その返事が気に入ったかどうかわからないが、チャンは再び背中をこちらに向けると、窓ガラスから七福の街を見晴るかした。
「それだけじゃない。この火星の地はまだまだ未知の部分が多く、未開拓なだけではなく、未解決の現象なども起こっている。その一つがファントムだ。チャーリーが言っていたディグベアもそうだし、ダウンタウンではよく唐子が目撃されている。わたしも何度か遭遇して、つかまえてやろうとするんだが、そのたんびに煙のように姿を消してしまうんだ。何らかのエネルギー体に無数のナノボットが引き寄せられて結晶化したものだとの説が有力だが、いずれにせよ、最新の知見を持った学者たちでさえ、ファントムがいったい何であるのか、本当のところはさっぱりわからないんだ」
そこで、チャンは再びこちらを振り返って、おれに向かって尋ねた。
「怖いか?」
そう来ると予期していた。怖がってほしいのだろうと考えて、おれは仕方なしに「まあ、……怖いです」と答えた。すると、「何だ、ニンジャもたいしたことないな」などと、チャンは鼻で笑った。
どう答えればよかったのだろうか?
マルコが調子に乗って口を開いた。
「チャン、さすがにファントムにはニンポウ通じないっすから!」
「そっか、じゃあ、怖いわな。わーっはっはっは」
爆笑の渦が巻き起こった。彼らは忍者を崇敬しているのか、馬鹿にしているのか。
チャンは笑い止むと話を元に戻した。
「まあ、そういうわけだから、取締課は違反科学技術従事者を取り締まるための課とはいえ、殺人などの凶悪な事件の捜査を担当することもあるから、そこらへんは臨機応変にな。日課としては、パトロールをしながらのオーバーステイヤーの検挙だ。これは保安局の全課を挙げてやっている。これだけはしっかりやらないと、やつらはさまざまな犯罪に手を染めるからな。それじゃ、諸君、今日も任務に励んでくれたまえ。以上だ」
課員たちが腰を上げ、部屋を出て行く中、チャンはおれに手招きをした。マルコに駐車場で待っていてくれと告げ、おれはチャンについて昨日の執務室へ移動した。
大ぶりなマホガニーのデスクの向こうに収まると、チャンは革張りの椅子の中にうもれた。デスクから首から上だけ出して言う。
「悠蔵、聞いてのとおり、警視庁で刑事をこなしてきたおまえなら、わけなくやっていける仕事だ。そうだろ?」
「ええ、まあ。大丈夫だと思います」
「うんうん」
チャンは満足げにうなずいた。
「それより、例の件だが、どこまで聞いている?」
「この地でクーデター計画が進行中との情報を得たとだけ」
「そうか。何者なのかはわれわれもわからない。だが、クーデター計画は目下進行中で、火星連邦の転覆を目論んでいるらしい」
「その情報はどこから?」
チャンは山猫のような鋭い目になった。
「火星も地球と同じく政治の根幹はAIが執っていることは知っているな? ここからは秘密事項ゆえに口外を禁ずるが、両者ともにただのAIではない。量子AIといって量子コンピュータと人工知能が融合されたものだ。地球のは〈ガイア〉、火星のは〈マルス〉と呼ばれていて、互いに通信し合っている。少々難しい話だが、人間の脳は量子コンピュータと同じ仕様で、意識とは量子の集合体なんだそうだ。したがって、量子AIは人類の集合的無意識にアクセスできるんだそうだ。火星住民の集合的無意識にアクセスしたマルスはどこの誰がとまではわからないが、クーデターの計画の意志を読み取ったと、そういうわけだよ」
わかったようでよくわからず、おれはあいまいにうなずいた。
「クーデターの詳しい内容はわからないんですか? たとえば、火星連邦大統領の暗殺計画があるとか、大統領の執務室があるホワイトタワーを占拠する計画があるとか……」
「誰がどんな方法でクーデターを計画しているのかまではわからんのだよ。だから、悠蔵。おまえにはあちこち嗅ぎ回ってもらって、クーデターにつながるような情報をつかんでもらいたいんだ。重ねて言うが、これは極秘任務だ。わかったな?」
うなずくしかなかった。そのためにおれは火星にやってきたのだ。
「長かったっすけど、チャンと何話してたんすか?」
マルコの真っ青なインパラに乗って、オーバーステイヤー取締りのため、ダウンタウンへ向かった。
「ええっと、新人取締官の心構えとか……」
おれは適当にはぐらかした。
「そうっすか」
マルコはさして気にしたふうもなく、A4サイズのボード状の端末を渡してきた。画面には地図が表示されていた。青い輝点が移動しており、その周辺に赤い輝点が複数光っていた。
「青いのがこのインパラで、赤いのがオーバーステイヤーっす」
首の後ろのICチップにはGPS機能も備わっていて、入星者や住民の現在位置を把握できる仕組みだ。よく見ると、赤い光にも大小がある。
「大きく光ってるやつはそれだけ滞在超過期間が長いんです」
ダウンタウンに近づくにつれ、赤い光は瞬く間に二十を超えた。
「地球でいろいろあって火星に逃れてくる人もいるんすよ。借金をつくったとか、会社で下手打ったとか、人間関係が嫌になったとか……。自分探しのために火星に来るやつなんかもいます。地球で自分を見つけられなかったやつが火星に来たって何も見つけられないと思うんすけどね。ほら、よく言うじゃないですか、ロバが旅に出たからって馬になって帰ってくるわけじゃないとか……」
マルコの話はおれの耳を右から左へとほぼ素通りしていった。部屋に置いてきたサクラのことがずっと気になっていたのだ。
絶対に外へは出るなと言いつけたが、暇を持てあましてふらっと出かけたりしていないだろうか。情にほだされてかくまうことになってしまったが、早いうちに何らかの解決策を見つけ出す必要がある。このままずっと一緒に暮らしていくわけにもいくまい……。
マルコに一つ確認したいことがあった。大人が未成年者を部屋にかくまうなどした場合、何か罰則があるのか。地球なら未成年者誘拐罪になりかねないが。
「マルコ、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「え、何すか?」
おれは怪しまれることのないよう、なるべく軽い感じで切り出した。
「いや、たいした話じゃないんだ。たとえばの話なんだが、たとえば、この火星で未成年者をその――」
「死刑っすよ」
おれはまだ何も言っていない。
「いやいや、違うって……。いやさ、たとえば、この火星で未成年者を部屋にかく――」
「死刑っす」
おれはいらっとした。
「だから、最後まで聞けって。未成年者をかくまうというか、部屋に一時的に泊めてやったりとかしたら、やっぱりこっちでも略取や誘拐ってことになるのかな?」
「あー、なりますね、それ」
「こっちでは未成年者を略取誘拐すると、どんだけの刑罰を食らう?」
「だから、それ死刑っす」
「マジか!?」
マルコはけらけらと笑った。
「いやいや、冗談っす。悠蔵さんがあんまり真剣なもんでつい……。何すか、悠蔵さん。いきなりそんなこと聞いてきて。ひょっとして、そっちの趣味があるんすか?」
「いや、ないない。ないけど、ちょっと聞いてみただけだ。忘れてくれ」
「何言ってんすか、もう……。あ、ここです」
大きな赤い輝点のすぐそばまでやってきた。イタリア料理店やラーメン屋などと並んだバーラウンジの店先に、マルコはインパラを駐めた。
「オーバーステイヤーは三日以内なら警告だけ。警告は二度目までで、三度目は逮捕っす。一週間以上は即逮捕っすね」
店の中にオーバーステイヤーが二人いる。
マルコが顔をしかめる。
「昼間っから酒食らってるような一番タチの悪いタイプっすよ」
おれとマルコは店に入った。すえた臭いが鼻孔を突く。昨夜の酔いどれたちが残していった退廃した空気がよどんでいた。通りに面したガラス窓から降り注ぐまぶしいほどの陽光が店内を只いま殺菌中という感じだった。
窓際のテーブルに二組、カウンターに並んで二人、客がいた。マルコは端末を操作して、何度かうなずくと、カウンターに並んだ二人のほうへ近づいた。一人は黒人の男で、もう一人は白人の男だ。
マルコはまず黒人のほうを向いた。
「ええっと、あなたがトーマス・スミスさんですね? スミスさん、二日オーバーステイしてるのわかってます?」
スミスという男は困惑気味に眉根を寄せてうなずいた。
「わかってます、わかってます。居心地がよくってつい長居しちまって……。明日の便で帰りますよ」
「明日もパトロール来ますから、明日見かけたら警告二度目になりますよ。三度目でアウト。いいですね?」
「わかりました、わかりました」
スミスは勘定を支払うと、そそくさと店から出て行った。
マルコは次に隣の金髪の男に顔を向けた。そいつはヴァイキングの末裔のような大男で、大樽のような胴体に丸太のような腕と足が生え、モアイ像のようなデカい顔をしていた。クセのある金髪が頭の上でのたくっている。人一人ぐらい簡単に殴り殺し、そのあと笑っているような恐ろしさがあった。
「ええっと、あなたはリック・ニコルソンさんですね? ニコルソンさん、あなたは二度目の警告になりますが、四月一日に地球に帰還する予定でしたよね。ってことは、九日のオーバーステイってことで、火星連邦法の不法滞在の容疑で逮捕しますから、両手を出してください」
ニコルソンは地に響くような声で言った。
「ここは自由の星だよな? 自由ってことは何をやってもいいってことだ。何をしても許されるってことだ。おれが地球に帰ろうが、火星にとどまろうが自由ってことだ」
「ええ、火星は自由の星です。でも、何でもかんでも自由ってわけじゃないんですよ。だって、その論理だと、人を殺しても自由ってことになっちゃいますからね」
「いや、自由ってことは人を殺すのも自由ってことだ。もちろん翻って、殺されるかもしれないが、それは自由の代償ってことだ。そのために、身を守る武器を携帯するってわけだ。人類はこの火星の地において真の自由を獲得したんだ!」
ニコルソンはいまにもマルコに襲いかかってきそうな威圧感を漂わせていた。
マルコはポリポリと頬を掻いた。
「えーっと、人の生きる権利を侵害していい自由って存在しないんです。それ、NGなんで……」
「誰が決めた? 地球で一番偉い人間が決めたのか? このおれが却下する!」
頑固で面倒くさい男だ。おまけに危険と来ている。おれだったら、一人で相手にするようなマネはしない。とっくに応援を呼んでいる。マルコには秘策でもあるのか、微塵もびびっている様子はうかがえない。
マルコは先ほどとは打って変わってすごんだ。
「いいから、とっとと両手を出せ!」
ニコルソンは両手の代わりにベルトの後ろから得物を取り出した。刃渡り三十センチはある牛切り包丁で、鰹の頭もスパッと切り落とせるようなやつだ。
マルコもまた愛銃の44マグナムを抜いていた。なるほど、それがあるから一切ひるまなかったのだ。
「あっ」
マルコは何かよからぬことに気づいたように小さくうめいた。おれにだけ聞こえるように言った。
「今朝、弾を装填するの忘れたっす。これハンドロードだから……」
マヌケめ、と心の中でつぶやいて、おれは腰のホルスターに手をかけ、よからぬことに気づき小さくうめいた。
支給された銃をデスクの上に置き忘れてきたのだ。
「まさかっすよね。悠蔵さん、そんなマヌケじゃないっすよね?」
「おまえが言うな」
「武器ないんすか? ニンジャの武器」
「……あるっちゃある」
先ほどは時間がなかったので、忍び装束の上にスーツを着ていたのだ。装束のあちこちに手裏剣が忍ばせてある。
マルコの顔がぱっと明るくなった。
「さすがニンジャっす!」
「馬鹿、声がデカい!」
ニコルソンが怪訝そうに眉根にしわを刻んだ。
「ニンジャだと……? おまえ、ニンジャなのか?」
「ま、まあな」
「悠蔵さん、やっちゃってください。シュリケーンで八つ裂きにしちゃってください」
「手裏剣は八つ裂きにする道具ではない」
「そんなご託いいから、やっちゃってください。ニンポウで爆破しちゃってくださいっす!」
マルコはいったい何の影響を受けて忍者を理解しているのか。
ニコルソンは興味津々といった表情でおれをじっと見つめている。
困った。おれは伊賀流忍術の正統なる継承者で、確かに忍者の血は引いてはいるが、忍術修行を本格的に始めたのは今朝だ。手裏剣もろくに投げることはできない。
ここで手裏剣を披露すれば、恥を掻くだけでは済まない。噂では散々忍者はすごいなんて聞いているが、日本の忍者とはしょせんその程度のものなのかと、日本の忍者のイメージを大幅に損なう恐れがある。
そして、最悪おれは死ぬ。マルコも。おれの双肩には、日本の忍者のイメージの死守とおれとマルコの命の三つが重くのしかかっていたのだ。
おれはもっともらしい嘘をつくことにした。
「素人相手に忍術を披露することはできない」
「はい?」
「余興じゃないんだ、忍術というのはな。カネを積まれたって――」
「殺られますよ?」
マルコは瞳孔の開いた目でおれをまっすぐに見つめた。
「出し惜しみなんてして、いまニンポウ使わなかったらいつ使うんですか?」
ニコルソンがまだ襲ってこないのは、ただこちら側に興味を覚えているからのようだ。興味が尽きれば、いつでも牛切り包丁で斬りかかってきそうだ。
仕方なく、おれは手裏剣を抜いた。右手の指の間に四枚を挟み、その手を顔の前に持ってきて構えた。
「このうちの一枚がおまえの身体を斬り裂く」
「いや、四枚全部でいっちゃってください」
マルコがいらないことを言う。
「いや、一枚だ。たった一枚だけでおまえを倒す」
「じゃ、何で四枚抜いたんすか?」
「うるさい! うるさいよ。集中力が切れるんだよ」
マルコが小声でつぶやく。
「ニンジャって案外メンタル弱いんすね」
「聞こえてるからな!」
「うわ、ニンポウ地獄耳!?」
おれは湧き起こるマルコへの殺意を目の前の大男のほうへ向けようと努めた。
しびれを切らしたニコルソンが、「この野郎!」との掛け声とともに牛切り包丁を振り上げ、おれに向かって振り下ろした。
おれはとっさに飛び退いたのだが、後方へ一回転する形になった。バク転をしたのは何年ぶりだろうか。昔は確かにできた。昔取った杵柄。まさかいまもできるとは思わなかった。自分でも驚いたほどだ。
そうか、と思った。修行の効果がすでに出ているのだ。
バク転をするとき、おれの右手から手裏剣が放たれていた。意識して打ったわけではなく、ほとんど手から抜けたような感じだったが、手裏剣は一直線にニコルソンの眉間を直撃して突き刺さった。
ニコルソンは束の間何が起こったのかわからない様子で、牛切り包丁を持ったまま仁王立ちしていた。おもむろに眉間の手裏剣を引き抜くと、勢いよく血が噴き出した。両目の玉がぐるっと上を向き、ニコルソンは後頭部からぶっ倒れた。
「いやー、一時はどうなることかと思ったっすよ。さすが、悠蔵さんっす!」
救急隊員が卒倒したニコルソンを運び去ると、おれとマルコはほっと安心して、その店で早めの昼食を取ることにした。マルコは火星で飼育された豚のベーコン入りバーガーを注文した。おれは火星の食材をいま一つ信用できずにいた。速育性など遺伝子改変がなされているきらいがある。とはいえ、火星に慣れるには遺伝子改変された食材の料理にも慣れなくてはならない。おれは我慢してマルコと同じものを食べた。
マルコとバーガーを頬張っていると、二人のヘプタゴンから特徴ある電子音が鳴った。応答を待たずに、緊迫感のある女の声が響く。
「緊急事案発生! コブ砂丘で少年少女らの遺体を発見。座標を送りますので、手の空いている取締官はただちに現場へ急行してください!」
おれはぎょっとした。心臓が早鐘を打ち始めた。
マルコがヘプタゴンに向かって叫んだ。
「あ、マルコっす。おれ、最強のニンジャ連れて向かいますんで!」
おれはすでに席を立ち、店の外に向かって駆け出していた。
「あ、悠蔵さん、ここ割り勘っすから……。ちょ……」
マルコが後ろでわめいていたが、気にしている場合ではなかった。
「サクラ……」
おれは心の中で、いや、声に出して、サクラの名を呼んでいた。




