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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第3章 未知との遭遇×2
8/25

2 デッドソルトの主

 2


 チャンに知らせることも考えたが、保安局が識別番号を持たない少女をどう扱うかはわからない。

火星にやってきたばかりのおれには味方が一人もいない。チャンが信用できるかどうかも謎だ。だいたい保安局などお役所は地球だろうが火星だろうがどこも一緒で、頭の固い連中ばかりで特例を敵視するきらいがある。識別番号を持たない少女は豚箱行きになるかもしれない。追手がいるというし、解決策を思いつくまでの間、おれはサクラを部屋にかくまうと決めた。

 時刻は五時半、出勤にはまだ早い。おれは今日からさっそく忍者修行を始めることにした。サクラを連れて外へ出ることも考えたが、追われているかもしれない少女と一緒に行動するのは危険だ。サクラには「絶対に外に出たらダメだ」と言い含め、おれは一人部屋をあとにした。部屋には食べ物も備蓄されているし、VRゲームもあるから退屈はしないだろう。

季節は春でも火星の春はとても寒い。おれはクローゼットに掛けてあったダウンジャケットを羽織ると、外に駐めてあったオートフロートにまたがった。オートフロートはオートバイというよりは、押しつぶしたカタツムリの形状をした一人乗りのヴィークルだ。初めからタイヤは付いてなく、地面から一メートルほど浮き上がって走行する。計器盤を操作すると、目の前に立体地図の半透明ホログラムが表示された。ナビゲーションを見ながら、おれはオートフロートを飛ばした。

やっぱりこの星はちょっとヘンだ。こういう最先端の乗り物がありながら、警察の車両は地面を這うタイヤの付いた乗り物だったりする。これから向かう先の地形がまるでわからないために、地面から一定の高度を保てるオートフロートのほうが便利だと思った。

 東へ向かった。十五分ほど走らせると、最後の人家が後方へ流れ去った。しばらく赤茶けた起伏のある地帯が続き、さらにオートフロートを飛ばすと、突如として茫漠たる真っ白い平地に出た。

広大な湖が蒸発してしまった跡のように、鏡のように平坦な白い大地が延々と続いている。そして、ところどころ地中から生えた木の残骸が立っていた。空に折れた枝を伸ばし、身をよじったような姿は、不毛の地から逃れられない苦しみにもがき、泣き叫んでいるかのようだ。

 地図によれば、《デッド・ソルト》という名前がついていた。見渡す限り、動くものの姿はない。白く堆積しているのは塩だ。地球化計画の一環でここ一帯に人工湖をつくろうとしたらしいが、大気の状態が不安定だったことと、地面を這う風が常に吹いていたことが原因して、水が干上がってしまったのだ。

 おれはぶるっと身震いした。ヘプタゴンの示す温度計を見ると、春だというのに五度を示していた。道理で寒いわけだ。

 リュックサックから忍び装束を取り出した。色はダークグレーだ。闇に紛れ人目を欺くための戦闘服である。おれは寒さと闘いながら着替えた。上衣を羽織り、袴を身につけ、腰に帯を締めた。それから、脛に脚絆、足元は現代風にブーツにして、手には手甲をはめ、最後に頭に頭巾を被る。頭巾は本来鼻と口まで覆うものだが、火星は大気がただでも薄いので、呼吸器官を覆うのはやめた。おれは装着具合に満足すると、最後にもっとも肝心な巻物を取り出した。

 巻物を開く。基礎体力を上げる基本的なトレーニングはシャトル内でやっていたので、やはり忍者といえば、手裏剣ということで、おれは手裏剣の投げ方をマスターすることにした。

 ちょうどおあつらえ向きに、二メートルほどの丈のある古木が近くに生えている。

 おれは手裏剣を手に構え、木の幹に向かって投げた。

 トンっ。

 小気味のよい音を立てて、手裏剣は幹に突き刺さった。初めて投げるわりには悪くない出来だと自分で思う。

 手裏剣は一枚ずつ投げなければいけないわけではない。同時に何枚でも投げてよい。親指と人差し指の間に一枚、人差し指と中指の間に一枚、中指と薬指の間に一枚、薬指と小指の間に一枚、と五指に四枚を挟み、同時に放つことが可能だ。

 おれは右手に四枚、左手に四枚挟み、「えいやっ!」と交互に両手を振った。手裏剣はひっちゃかめっちゃかな方向へ飛んでいき、一枚たりとも標的に当たらなかった。なんと左の薬指と小指の間の手裏剣は挟まったままだった。すべての指が持ち主の思うように動くわけではないのだ。

 巻物にはこうあった。「一流の忍びになるということは、自分の身体と仲よくなることだ」と。

 その後も巻物を読みながら、何度も手裏剣を投げるというただそれだけのことを繰り返した。必要なのは力ではない。身体、腕、指先の使い方だ。

 修行開始から三十分後、おれは全身汗だくになりながらその場にへたり込んだ。寒いとさえ感じた外気も、いまではちょうどよいくらいになっていた。

 ――こんなはずじゃなかった。

 おれはもっとできると思っていた。自分の力はこんなものではないと、本当のおれはとんでもない力を秘めているんだと思い込んでいた。

妄想だったのだ、そんなものは……。

初日はこのくらいでいいか、と忍び装束を脱ごうとしたとき、数メートル先にゆらゆらと地面から何かが立ち上った。もう少しでおれは悲鳴を上げそうになった。

そいつはいままでに見たことのない姿形をした生物だった。身の丈は二メートル以上あろうか。見た目は熊によく似ているが、似て非なるものだ。だいたいそれは二本の後ろ脚で立っていた。前脚が左右二本ずつ、計四本生えている。身体の表面が毛ではなく、アルマジロのような甲羅で覆われ、少し金属的な輝きを放っている。身体に比例して手足が短く、胴体が異常に長い。顔は熊のように鼻が尖っておらず、パンダのように丸く、どこかあどけなかった。

そいつはおれをよく見ようとするかのように、長い上体を竜のように折り曲げて、その奇っ怪な面貌を近づけてきた。そのとき少し見えた背中には、ステゴサウルスよりも長く鋭い骨状の剣が二列並んでいた。

 こんな生物は過去にもこの世に存在したことがない。遺伝子改変の産物だろうか。誰がどのような目的でこんな生き物を創造したのか。動物の遺伝子を改変するにも許可が必要で、好き勝手に改変する行為は禁じられている。

〈ほう、これは面白そうなやつが来た――〉

 おれは素早く四方に首をめぐらせた。声が聞こえたような気がしたのだ。

〈ふはは。こりゃ、ますます面白い。こやつ、わしの声が聞こえるようじゃ〉

「え?」

 おれはそいつに注目した。当たり前だが、こんな動物がしゃべったりするわけがなく、そいつの口はぴくりとも動かない。

〈念話のようなものじゃ。心の声じゃな。おまえには念話を受け取る力があるようじゃ〉

「ホントにおまえがしゃべってるのか?」

 熊の化け物はうんともすんとも言わない。首を縦に振ることもない。不思議な感覚だった。頭の中で声が響いているようだ。

 おれには念話はできないので、実際に声に出して聞いた。

「おまえは誰だ?」

〈ふはは。わしが誰なのか……。わしもわからん。人間はわしを《穴掘り(ディグベア)》などと呼んでいるが、わしが認めた名ではない。それより、わしはおまえを知っているぞ。服部悠蔵。おまえは忍者だ!〉

 おれは心底驚いて、びくりと身体を震わせた。

「どうしておれを知っている? 忍者のことも知ってるって? おいおい、冗談だろう。何のマジックだ?」

 おれはあらためてあたりを見回した。誰かがおれをからかっているのではないのか。この化け物はホログラムで、どこかに誰かが隠れて、操作しているのではないか。今朝は見知らぬ少女は現れるわ、おかしなことばかり起こる。そうか、マルコあたりがドッキリを仕込んでいるのか……? 

〈いつまでも現実から目をそらすな。この世界で起こるすべての現象が理解可能なものとは限らん。忍者の修行をするんじゃなかったのか。どれ、わしが一つ揉んでやろう〉

 ディグベアは短い右足を後ろに引き、第一と第二の両手を前に持ち上げて、何やら構えた。

「ええっ!? 熊が拳法を使うのか?」

〈いつでもかかってくるがよい〉

 ディグベアは第一の右手の指をひょいひょいと動かして挑発した。

 おれは手裏剣を構えた。ディグベアの目は銀色に光っていて、瞳が見当たらないために、どこを見ているのかわからないが、おれのほうをしっかりと見ているのだとわかるのだった。

 ディグベアは動かない。おれの出方を待っている。

「はっ!」

気を吐いて、手裏剣を投げた。キーンという鋭い音がしたかと思うと、次の瞬間には弾き飛ばされた手裏剣がおれの頬をかすめ、背後にある老木に突き刺さった。

 ディグベアは顔の前で長く鋭い爪を見せびらかした。目にも止まらぬほどの早い動きだった。

〈本気で来なさい。でないと、死ぬよ〉

 いやいや、これは修行だったはずだ。火星に来て最初の朝を迎え、最初の修行に出かけ、ちょっと肩慣らしをするくらいの予定だった。

 それが、本気を出さないと死ぬって……。

 いつものおれならすっかり怖じ気づいていたかもしれないが、体中をアドレナリンが駆け巡っていたためか、頭の中に逃げるという選択肢はなかった。

 おれは右斜め前方に駆け出しながら、左右の五指に挟んだ手裏剣を交互に放った。まっすぐ飛んだのは三枚だけだった。

 ディグベアはぴょんと小さく勢いをつけて飛んでから、地面にダイブすると猛烈な勢いで土を掘り返し、地中に潜って消えた。モグラのようなやつだ。

「ど、どこへ逃げた?」

〈わしが逃げる必要あると思うのか?〉

 声はすれど、姿は見えない。

「どこだ!?」

〈ばっ!〉

 突然、おれの足下が崩れ、ディグベアの巨体が目の前に現れた。

 あわてて飛び退き、距離を取った。相手はいっこうに攻撃してくる気配を見せない。おれに稽古をつけている気でいるのだろうか。

 何のために? だいたい何者なのか? 

 おれはあるだけの手裏剣を投げた。途中で拾い集めてはまた放った。

一〇〇枚は放っただろうか。一枚たりともディグベアにかすりもしなかった。

 おれは腰を落とし、両膝頭に両手をついて、ぜえぜえと呼吸を整えた。

 体中から汗が噴き出し、もう腕が上がらなかった。足腰にもガタが来ていた。

〈今日はこのぐらいにしておこう。一日は始まったばかりだしのう〉

 ディグベアはとうとう一度も攻撃を仕掛けてこなかった。言葉どおり、おれを揉んでくれたのだ。

〈おまえがウエイトをつけていることは知っておるよ。さらに重いウエイトをつけるがよい。少しずつ増やしていき、自分の体重分のウエイトをつけるがよい。さすれば、おまえはこの星において鳥のように空を舞い、野獣のように地を駆けることが可能になるじゃろう〉

 ウエイトのことは自分でも忘れていた。それを見抜かれていたとは……。

 腕を持ち上げてヘプタゴンを見ると、時刻は八時十五分を過ぎていた。うっかりしていた。始業時刻は八時半。これでは遅刻だ。

 ディグベアはおもむろに身体をくの字に曲げると、鋭い爪で地面を掘り始めた。この砂漠の大地に生き物はそいつ一匹だけで、その剣だらけの背中はこの大地の主のような威厳とともに、この星の宿命的な悲しみを背負っているように見えた。

「おい、待て。おまえはいったい何者なんだ……?」

 そいつはもう消えてしまっていた。


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