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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第3章 未知との遭遇×2
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1 サクラ

第三章 未知との遭遇×2


 1


 目覚まし時計のアラームが鳴っていた。まだ寝入ってそんなに時間は経っていないはずだ。おれは手を伸ばし、サイドテーブルに置いたヘプタゴンをつかんだ。時刻は四時十五分。まだまだ起きるには早い……。

 いや、大事なことを思い出した。今朝から早起きして、忍者修行を始めようと思い、早めにアラームをセットしていたのだ。

おれは起き出して、ベッドの縁に腰かけ、頭が働くのを待った。窓が開けっぱなしになっていて、鶯色のカーテンが揺れていた。外はまだ暗い。

顔を洗おうと洗面所へ向かう。白色ライトの下で、銀色の鏡と白い大理石のシンクが輝いていた。どこもかしこも手垢がついていない。トイレも新品で清潔だった。リビングに戻り、ベッドのシーツを整えようとしたとき、誰かがそこに寝ているのに気づいた。背中をこちらに向け、身体を丸めるようにしている。

 おれはびっくりして後ずさった。夢を見ているのか? 人参(キャロット)色の長い髪をして、細い背中は少女のように見える。

 おれは自分を落ち着かせると口を開いた。

「おい、きみ……。きみ!」

 少女はごろんと寝返りを打ち、こちらのほうを向くと、ぱちりと目を開いた。激しく驚いているようだった。いや、驚くのはこちらのほうなのだが。

 やはり少女だ。年齢は十三、四歳くらいか。見覚えはない。もっとも火星に知り合いなどいないのだから当たり前だ。愛らしい大きな目の虹彩は髪の色と同じ人参色で、陶磁器のような白い頬の中央にちょこんと小さな鼻が載っている。サクランボのような赤い唇をしていた。

 少女は身体を起こすと、ベッドの上にぺたんと座った。灰色のシャツと灰色のズボンという寝間着というより囚人服のような格好をしており、火星の赤茶色の砂でひどく汚れていた。よく見ると、髪や顔も薄汚れている。

「きみは誰だ? おれの部屋で何をしている……!?」

 少女の可憐な瞳が震えた。

「わたしは、〇一七。助けてください……」

「ゼロイチナナ? いや、名前だ、名前は?」

「〇一七です。助けて!」

 会話が通じていない。

「どうやって入ってきた? 鍵はかけた……はず……」

 しまった……。窓を閉めるのを忘れていたのだ。

 おれは動揺した。この部屋に未成年らしき少女と二人きりでいるのは極めてまずい状況だ。

「とにかく、出て行きなさい。でないと、警察を……、いや、おれは保安局の取締官だ!」

「お願いです。助けてください!」

双眸から涙が溢れたかと思うや、少女はおれに抱きついてきた。ますますもってまずいと思ったが、少女の切羽詰まった表情は本物のようだった。

「おい、落ち着け……。とりあえず、落ち着け。……助けてって、何からだ?」

「やつら……。お願い!」

「待った、待った!」

 おれは窓際にしつらえられたテーブルセットから椅子を一脚持ってくると、ベッドの脇に置いて腰をかけた。

「そうだ、水、飲むか? 水を飲んで落ち着いたほうがいい」

 少女は涙を流したまま、テーブルの上を指差した。

「……水は飲んだ。ついでに冷蔵庫にあったピザも食べた……」

 テーブルの上に空のペットボトルと開けられたピザの箱が無造作に置かれていた。他にも缶詰なんかも空けられてある。ずいぶん空腹だったようだ。

おれはこめかみを揉んだ。

「そ、そうか……。ええっと、名前は……」

「〇一七!」

「わかった、わかった。どこから来たんだ?」

「……わからない。長いトンネルをくぐって……。地下の施設から逃げ出てきたの」

 まったく会話が成立していない。まるで別次元からやってきたかのようだ。

「そうだ。識別番号を教えてくれ」

「?」

 おれは自分の首の後ろを指差した。

「ここにあるだろ。ちょっと後ろを向いてくれないか?」

 少女がくるりと首の後ろを向けた。おれは「ちょっとごめんよ」と少女の後ろ髪を掻き分けて、首の後ろにヘプタゴンを押し当てた。

 奇妙なことに少女の識別番号が表示されない。何度やっても同じだった。

「あれ、おかしいな……。なぜ表示されないんだ!?」

 おれは不思議な少女の顔を見つめた。

「きみはいったい何者なんだ?」


 それから三十分ほど、少女の口から語られた話はにわかには信じられないものだった。なんと少女には一カ月前までの一切の記憶がないという。地下にある研究施設のような場所で目を覚まし、彼女の人生は突如としてスタートした。他にも少女と同じ年頃の名前のない少年少女たちが数十人おり、教官と呼ばれる大人たちから番号で呼ばれ、教育と訓練を受けた。訓練内容は格闘技と銃火器および刀剣を使った戦闘である。どうやら少年少女たちは兵士として育てられたらしい。

 昨日、少年少女たちは同じ仲間同士で殺し合うよう命じられた。その命令に従えず、一部の生徒が大人たちの乗るオートフロートを盗み出し、施設からの逃亡を図った。少女もその一人だったというわけだ。どこをどう通ったかわからないが、地下のトンネルのようなところを通ってから、広い砂漠を走り抜けたという。

すぐさま教官たちが猛追してきて、他のみんなは捕まってしまったそうだ。少女は運よく逃げ切ったのだ。

「きみは十三、四歳に見えるが、それまではどうやって育ったんだろう? 両親はいないのか?」

 少女はかぶりを振った。ふわりと人参色の髪が動く。

「わからない。自分がどうやって生まれ育ったのか……。子供のころの記憶がぜんぜんないの。両親と会ったこともない。一カ月前にまぶしい光の中で目を覚まして、いろいろなことを覚えていったの」

おれは少女をまじまじと見つめた。普段ならちょっと頭のおかしい子として片付け相手にしなかっただろう。ここが何でもありの火星であるからか、おれは少女を信じ始めていた。実際に少女にはあるべきはずの識別番号がない。とはいえ、ICチップは外科的に摘出したり、電磁波で破壊したりすることが可能ではあるが……。

「わたしの話、信じてくれる?」

少女の静かながら揺らぐことのない眼差しが、おれの心に確信を芽生えさせた。

「信じるよ」

 生まれたときから両親がいないという状況はどういうものなんだろう。子供のころの記憶もないという気持ちは……。親父は蒸発したとはいえ、おれにはちゃんと両親がいた。お袋は年を取ったとはいえいまも存命で、地球で元気に暮らしている。父親と母親の記憶どころか、両親が誰かもわからないという境遇をおれは理解できなかった。

「わたしのこと助けてくれる?」

 少女がおびえた目でおれの答えを待った。おれの手の中に自分の運命が握られてしまっているとでもいうように。

「わかった。きみを助けよう」

「本当に!?」

「本当だ。約束する」

「わぁ、よかった!」

少女は座ったままベッドの上で飛び上がって喜んだ。

「それと、だ。きみが何者なのかはわからないが、名前がないのはおかしい」

 少女はきょとんとした。

「きみに名前をつけよう。何がいい?」

「名前……。オジサンの名前は?」

 二十七歳でオジサンと呼ばれたことが少しショックだったが、気取られないよう平静を装った。

「おれの名は、悠蔵。服部悠蔵だ」

「ユ、ウ、ゾ、ウ……」

 確認するようにつぶやく。

 少女が窓の外に視線を向けたので、釣られておれも振り向いた。

 東側の空が少し青白く光り始めていた。日の出が近い。窓のすぐそばに立つ桜の木が枝から花びらを降らせた。ピンクの花弁が朝焼けの空を背景に舞い落ちた。

「桜……。サクラはどうだろう? あの木の名前だ。おれの故郷の日本にたくさんある。きれいだろ?」

「サクラ……」

少女の顔がぱっと明かりが点ったようになった。

「わたしはサクラ。とってもきれいな名前。うれしい。ありがとう、悠蔵!」

 おれは年甲斐もなく照れて、鼻の下をこすった。


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