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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第2章 七福へ、ようこそ!
6/25

3 え、唐子って何……?

 3


 七福は不思議なところだった。地球のどこかの時代どこかにあったようで、どこにもない。過去と未来が喧嘩することなく溶け合っている。

 地球に暮らしていると、日々何かに急き立てられ、時間の流れの速さに狼狽する。テクノロジーは加速度的に進歩し、人々の暮らしは便利になったかに見えて、前にも増して忙しくなっただけだ。グローバル化によって地球の隅々までそんな感じで、まるで地球の自転が加速したかのようだ。そんな日常から離れて、火星に逃避し、昔の時代に戻りたいと願う者が増えても不思議ではない。懐古主義が流行るわけだ。

 マルコもまた懐古主義者の一人だった。オールバックも古くさいし、肩パットの入ったダブルのスーツも八〇年代な感じだ。彼が乗り込んだ車は、車高の低い青空のように真っ青なインパラだった。タイヤで走るが、飛行型にもなるという。

おれは助手席に乗ると、シートベルトを締めた。

「それじゃ、七福の街案内行きますか」

マルコはうれしそうにアクセルを踏み込んだ。

「いやー、ニンジャと一緒に仕事ができるなんて光栄っす。明日からが楽しみっす」

 心が罪悪感に蝕まれる。おれが本物の忍者じゃないと知ったら、マルコはさぞかしがっかりするだろう。明日の朝からさっそく忍者修行に励もうと心に決めた。

「そうだ。悠蔵さん、相棒は何にするんすか? おれの相棒はこいつっすけど――」

マルコはホルスターから禍々しいほどに黒光りする大型拳銃を引っ張り出した。

「スミス&ウェッソンM29.44マグナムっす。ダーティハリーに憧れたんすよ。クリント・イーストウッド、知ってます?」

「ああ。火星の取締官はレーザー光線銃でも所持しているのかと思ったよ」

「いやー、そんなの持ってるやつ一人もいませんよ。あっ、悠蔵さんはひょっとしてニンジャの武器っすか?」

「いや、できれば、おれも銃を――」

「ニンジャ道具いいじゃないっすか! しゅっしゅってやつ。あれ見たいっす、おれ」

「手裏剣のことか?」

「そうそう、シュリケーンっす!」

 マルコのテンションが高まるにつれて、おれの気持ちはふさいでいった。能ある鷹でさえ爪を隠すのなら、能のない雀はくちばしさえ覆っていなければなるまい。おれは忍者の血を引くことを知られるべきではなかったのだ。

マルコはゆっくりと車を流し、ダウンタウンを見て回った。多国籍多文化のカオスで、近未来と過去の混沌だった。

「なかなかいい街だな」

「誰だったか、タイムマシンで過去に戻って、帰ってきたら違う次元の未来に来ちゃったみたいな街だって言った人いましたよ。テクノロジーは進化しても、人間の中身は進化しないんじゃないっすかね。悠蔵さん、地球ではどんな仕事を?」

「刑事課というところで、殺人や強盗の捜査をしていた」

「それはそれはご苦労様っす。じゃ、ここでの仕事もなんてことはないっすね。普通に地球の警察とやることは一緒ですよ。殺人、強盗、傷害、薬物……。売春も表向きは禁止っす。信じられないかもしれませんが、ここの犯罪発生率は地球の主要な先進国より高いっす。理想郷を求めてやってきたのに、何やってんだかって感じっすよ」

 マルコが言っているそばから、路地裏の暗がりで若い男たち五、六人が殴り合っているのが見えた。

 マルコは一瞥するとため息を吐いた。

「酔っ払いの喧嘩騒ぎはしょっちゅうなんで見て見ぬ振りをしてます。何せ人種も文化も風習も違う人間が集まって一緒に暮らしてるんすから。いちいち目くじら立ててたらキリがないっすよ。もっとも拳銃をぶっ放せば別ですけどね。おれたちのメインの仕事は、オーバーステイヤーの検挙です。ビジネスや観光の名目でやってきて、そのまま住み着いちゃうやつらが少なくないんす」

オーバーステイヤーの気持ちもわかるような気がした。おれは早くも郷愁の漂う七福の街を好きになり始めていた。タクシー運転手が言うように、三日も待つ必要はなかった。

 と、このカオスな場所にあっても、あまりにも場違いな物を見つけ、おれはそれを二度見した。三、四歳くらいの小さな子供の姿形をして、赤い中国風の装いをしている。頭の前の部分と左右に少しだけ髪を残し、他はすべて剃り上げたおかしな髪型だ。昔の着物や陶磁器にそんな子供が描かれているのを見たことがあった。それがいま目の前に数人いるのだ。

驚いたのは、おれが見ているうちに、その子らの体は薄まっていき、空気中に消えたことだ。火星の重力や気圧のせいで、おれの頭が幻覚を生み出しているのか。

「マルコ、見たか!? いまおかしな格好の子供たちが消えた」

 意外なことにマルコは驚かなかった。

「ああ、唐子(からこ)っすね。悠蔵さん、火星来て早々、唐子見ちゃいましたか? ラッキーっすね」

「……からこ?」

「誰にでも見えたりするんで、ファントムともゴーストとも言うんすけど、街だけじゃなくて火星ならどこにでも現れるやつらです。科学的な研究はされてないんで、よくわからないらしいんですが、一説によれば、何らかのエネルギー体にナノボットが結合して具象化したものなんじゃないかと……。唐子だけじゃなくていろんな姿形をしたやつがいますよ」

「ナノボットは確か自己増殖して生態系に悪影響を及ぼす恐れがあるとかで、ナノテクノロジーの研究そのものが禁止されているはずだ。火星だって同じだろ?」

「ええ、そうなんですが……。秘密裏に研究しているやつはいるかもしれないっす。まあ、唐子が人類の生み出したナノテクの産物なのか、それとも、火星にもともとあった何かが作用して生み出されたのか、そこらへんはよくわからないんす」

 おれは腕組みをしてうなってしまった。ここは想像していた以上に何でもありのカオスの星のようだ。小此木課長が火星でクーデター計画が進行中だと語っていたが、これだけ自由の精神にあふれ、規制が緩ければ、国家転覆を企む輩がいても不思議ではない。

 そんなことを考えていると、マルコが前方にあるバーを指差した。

「あの店で、ちょっと飲んでいきましょうよ」

「勤務中だろ。それに、飲んだら帰りの運転どうするんだ?」

「自動運転にすれば、飲酒してても大丈夫っす。さ、固いこと言わず」

 マルコは車を路傍に駐め、おれたちは《カサブランカ》というこれまた郷愁を誘う名のバーに入った。地球にもよくある飲んだくれの集うような小汚いバーだ。L字型のカウンターがあり、テーブル席が店の奥に向かって並んでいる。ビリヤード台が二台あり、ダーツを投げるスペースもある。奥にアルコーブになっているVIP席のような一画があり、マルコがそこへと案内した。

「ここっす。悠蔵さん」

 そこでは、チャンと火炎色の制服に身を包んだ五人の男女が騒いでいた。取締第三課の面々のようだ。とっくにここへ来て盛り上がっていたようで、テーブルの上には食べ散らかした皿やビール瓶、グラスなどが散乱している。みんなげらげらと笑い、大いに楽しんでいる様子だった。

 チャンが椅子から飛び降りたが、座っているときと背の高さは変わらなかった。隣の空いた席をバンバンと叩く。

「悠蔵ぇ、ここ来い、ここぉ~」

 チャンはすでにぐでんぐでんに酔っ払っていた。「ジョッキ持て、ジョッキぃ~」と誰かの飲みかけのジョッキを手渡される。

「はい、みんな、注目ぉ~く。本日、火星連邦保安局第三取締課にやってきた新しい仲間を紹介する。日本は東京都出身、服部悠蔵、二十七歳だ」

「あ、そっからは、おれが紹介するっす!」

マルコが勢い込んで割って入った。これから紹介するのが楽しみでしょうがないというように。

 おれはいい加減忍者として紹介され驚かれることにうんざりしていた。どいつもこいつも判で押したような反応しか返さない。

()が高い。頭が高いっす! このお方をどなたと心得るっす。恐れ多くもニッポンが誇る最強のニンジャ、服部悠蔵さんであらせられるっす、ニンニン!」

 五人の男女はぽかんとした。

「ニンジャ……?」

 五人の男女は顔を見合わせた。三人の男たちが首をかしげ、二人の女たちは聞き取れなかったのか、「もう一度言って」と聞き返した。

「いや、ニンジャっすけど……」

「ニンジャ?」

 やっぱり五人の男女は顔を見合わせた。三人の男たちは首をかしげ、二人の女たちはやっぱり聞き取れなかったようで、「もう一度言って」と耳に手を添えた。

 マルコはあわてた。おれも内心動揺していた。

「えっ、ニンジャ知らないんすか? ニンジャ知らない世代? マジっすか……。チャーリーもっすか?」

 チャーリーと呼ばれた男はハリウッドスターのようなイケメンで、ウェーブのかかったブロンドヘアをしていた。引き締まった身体がファイアレッドのスーツの上からもよくわかる。

「ニンジャねぇ……。いや、聞いたことがない。ニッポンのことはフジヤマとゲイシャは知っているし、ミスソープは大好きだし、あと梅干しとたくわんも好きだが、ニンジャだけは聞いたことがない。それ旨いのか?」

 梅干しやたくわんまで日本のことを知っていて忍者を知らないとは……。

 おれは一人だけ日本人っぽい顔立ちをした男のほうを見据えた。年齢は三十代後半、やや猫背の中肉中背で、髪を七三に分け、銀縁眼鏡をかけている。

「おい、ちょっとそこの人」

「え? わたしですか?」

「あ、タナカさんっす」

 マルコがそこの人を紹介してくれる。

「出身はどこだ?」

「一応、京都ですけど……」

か細い声が答える。

「ザ・ニッポンだな。育ちは?」

「京都です……」

「じゃあ、当然ニンジャは知ってるな?」

 タナカはまわりの仲間をちらっとうかがってからぼそりと言った。

「いや、知らない……ですけど……」

「嘘をつけ!」

「……いや、ぼく、幼稚園からずっとインターナショナルスクールに通ってたんで、日本人っていうアイデンティティをそんな持ってないっていうか……、だいたい忍びのこととか知らないです……」

「いまおまえ、〝忍び〟と言ったな? 忍者より知られていない言い方だ、それ」

「え、いや……」

「まわりの空気を気にして同調するところは、典型的な和を尊ぶ日本人だ、おまえは」

 マルコが肘でおれの脇腹を小突いた。

「悠蔵さん、ニンポウ見せてやってくだいよ。こいつら目ん玉ひん剥きますよ」

「見せない。忍者の術はショーではない」

 チャンがおれたちをいさめるように口を開いた。

「まあまあ、ニンジャを知らないやつもいるんだろうよ。うちの課の面々を紹介しよう。取締第三課のリーダー、ナイスガイのチャーリー・ゴウ、うどの大木のトム・T、何の変哲もないミスター・タナカ、こちらが僧侶のデボラ・ストイコビッチで、セクシーダイナマイトのビビアン・スタローンだ」

「こらこら、誰が僧侶か。っていうか、わたしも女だから」

 デボラと紹介された女が訂正した。銀色短髪のボーイッシュだが、なかなか整った顔立ちをしている。耳と鼻にシルバーのピアスをつけており、パンクな雰囲気を漂わせていた。一方、ビビアンは長く巻き付くような鳶色の髪が美しく、地球の中東あたりにいそうな、きりっとした目鼻立ちが印象的な美女だった。チャンの言うとおり出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる、セクシーダイナマイトである。

 メンバー紹介のあとは、取締官としての任務に対する心構えの講釈があったりなどしたが、すぐに各々の仕事の愚痴へと話題が移り、信じがたいほどのビールジョッキとワインボトルが厨房とテーブルの間を行き来した。

 おれが目を丸くしていると、チャンがにやにやしながら口を開いた。

「支払いなど気にするな。どうせ税金だ! わーっはっはっはっ!」

 チャンが大笑いの途中で咳き込むと、手のひらに鮮血を吐き出した。

しんとその場が静まり返った。ぎょっとするおれをチャンはじろりとにらむ。

「笑いすぎて喉が切れた……。わは、わは、わーっはっはっはっ!」

 再び笑いの渦が巻き起こる。

 おれは内心でため息をついた。酒は強いほうでもないし、飲むとテンションが上がるタイプでもないので、刑事のころから酒の席特有のノリにはついていけなかった。火星でも同じ目を見る羽目になるとは……。

 ヘプタゴンの時間を見ると、二十二時を過ぎていた。明日も平日で仕事のはずだ。

「おい、ニンジャ。分身芸見せろ」

 目の据わったチャンが噛みつくように言う。チャンは酔うとたちが悪くなる典型的なタイプのようだ。

「分身だよ、分身。そういう芸あるだろ? こちとら、映画で見て、ニンジャのこと何でも知ってるんだよ」

「げ、芸……?」

 忍者の忍術は、大道芸人が客相手に披露する芸ではない。命懸けで行う技だ。

 マルコがそっとおれの肩に手をかけた。

「すいません、悠蔵さん。お気づきでしょうが、チャン警部は酒癖が実に悪いんです。勘弁してやってください。……間違っても、シュリケーンの刑だけは勘弁してやってくださいっす! わーっはっはっはっ!」

 マルコも涙を流して笑っていた。

 やれやれだ。何だか怒るのも馬鹿馬鹿しくなってきた。


 午前零時を回る前に、おれはマルコと一緒にバーを出た。チャンたちはまだ飲み足りないらしく、おれを引き留めにかかったが、マルコが「今日火星に着いたばかりの悠蔵さんはお疲れでしょうから、先に帰ったほうがいいっすよ」と粋な計らいをしてくれた。

 インパラを全自動運転に切り替えて、マルコは上司の代わりに謝った。

「すいません。チャンは飲んでないときはまともなんで、心配しないでください」

 おれは胸の内を吐き出した。

「今日一日で、この星のよい面と悪い面の両方を見た気がした。自由を求めた結果、退廃に行き着いてしまった星のなれの果てだ」

 マルコは少しだけ淋しそうな顔つきになった。

「よくも悪くもこの星は過渡期なんです。地球だってそうだったでしょ。水道や電気、ガスなんかのインフラを整え、都市も出来上がった。食料の供給にも困らなくなった。余暇を楽しむための娯楽もつくってる。テレビ局や新聞社もあれば、映画を撮影してるスタジオだってあるんすよ。ポルノなんかも撮ってます。そうしたら、もうこの火星でやることなくなっちゃったんですよ。みんな夢や希望を持って火星に来たはずだったのに、〝あれ、おかしいな? 結局、地球とおんなじじゃん〟って、みんなしらけちゃったんすよ。ここの人たちがノスタルジーに酔ってるのも、倦怠から来る一つの症状なのかもしれないっす。だから、一部の人たちは犯罪に走るのかも……」

「マルコ、なぜ火星に来た?」

「おれも悠蔵さんと同じように辞令を受けて来たんす」

「断ることだってできただろう」

「まあ、そうっすね……。何でっすかねぇ。おれ、何でこの星に来たんだろう。三年も経ったらわかんなくなっちゃいました」

「前職は?」

「悠蔵さんと同じ警察官っす。生活安全課でしたけどね」

「どうして警察官になったんだ?」

「さあ、どうしてっすかねぇ。それもいまでは忘れちまったっす」

 マルコが真面目な顔になって尋ねた。

「悠蔵さんこそどうして火星に来たんすか? 断ることだってできたんすよね?」

 おれは車窓に映るおれの顔を見た。何の特徴もない東洋系の彫りの浅い男がおれを見つめ返していた。

 男の顔が少しだけ変化して、その目に厳めしさが加わった。

 服部恭介――母佳世子とおれを捨てた男だ。

 父は優秀な警察官だった、とは母の話だ。どんな任務に着いていたかはわからない。国家の機密にかかわるような公安警察だったのかもしれない。

 ひょっとしたら、親父は火星に――。

「おれがここへ来た理由は――」

「あ、ちょっと……」

 マルコがあわてておれを止めた。BGMがアップテンポの曲から流れるようなバラードに変わったところだった。

「これ、めっちゃ好きな曲っす! 《永遠のバタフライ》!」

 マルコは曲に合わせて下手な鼻歌を歌い、曲が終わると、おれに顔を向けた。

「で、何の話でしたっけ?」

「いや、何でもない」

 おれは二度と心の内をさらすまいと固く誓った。

 街外れにある閑静な住宅街までは二十分ほどのドライブだった。その一帯は正六角形の箱が上下左右にジョイントした蟻の巣のような形状をした集合住宅だった。官舎のようなところらしい。

 マルコとおれは車を下り、地上一階にある箱の一つに近づいた。

「ここが悠蔵さんの部屋っす。ホテル並みに最低限のアメニティはそろってるはずです。水や食料もあるはずっすから。あ、これ、カードキーっす。ドアのセンサーにかざしてください。それから、あっちの駐車場にバイク型の飛行車両(オートフロート)があるんで、通勤や買い物にはそれを使ってください。何か質問あります?」

「いや、たぶん大丈夫だと思う」

「じゃ、おやすみなさいっす」

「ありがとう。おやすみ」

 マルコに礼を言うと、さっそく玄関扉のセンサーにカードキーをかざして、おれは部屋に入った。内部は十畳くらいの部屋だった。テーブルとソファもそろっている。中央にアイランドキッチンがあり、別々のバスルームとトイレがあり、エアコンと冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなど、地球の中級クラスのビジネスホテル並みの設備が整っていた。独りで暮らすには十分すぎるところだ。

時刻は午前一時を過ぎていた。馬鹿騒ぎに近い喧噪から離れ、深夜に独りぼっちになったからか、おれはいくぶん感傷的になっていた。急に地球が恋しくなった。正方形の窓を開け、夜空を見上げた。不格好なジャガイモのような月が出ていた。お袋のホワイトシチューの味が早くも恋しくなった。

いけないと、おれはかぶりを振った。これからは孤独と仲よく付き合っていかなければならない。独身生活の間に孤独がわりといいやつであることは学んでいた。

シャワーを浴びなければ……。そう思いはしたが、もうそんな気力はなかった。おれはベッドへ向かい、清潔なシーツに顔を埋めると同時に眠りに落ちた。


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