表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第2章 七福へ、ようこそ!
4/25

1 ニンジャって外人にめっちゃモテるんだなっ(笑)!

第二章 七福へ、ようこそ! 


 1


 火星歴〇〇四五年の現在、比推力可変型プラズマ推進機の発展により、地球から火星までのおよそ七,五二八万キロメートルの距離(最接近時)を片道七日間程度で飛行することができる。近い将来、光子推進が実現すれば、最短三日まで短縮することが可能らしい。成田から北米、アルゼンチン経由で南極へ旅するのと、待ち時間などを入れれば、時間的にほとんど変わらない。火星は地球人類にとって身近な場所になった。

 火星へ人類の入植が始まって四十五年――。

火星の上空にあまねく地球並みの分厚い大気が形成されたわけではないので、火星歴〇〇四五年現在、人類が居住可能なエリアは火星地表のわずか一~二%に過ぎない。大気が薄ければ、それだけ有害な宇宙放射線にさらされる危険性は高まる。火星入星者はみな宇宙放射線によるDNAの崩壊を防ぐ《ワクチン》を打つ決まりになっているが、それでも防護服を着用しなければならない地域もまだ広範に存在している。地球化計画はいまも鋭意継続中で、火星が今後人類にとってよりよい環境に変貌していくのは間違いないだろう。

 現在、火星には《都市》と呼べる地区が大きく三つある。一九七六年にアメリカの探査機《ヴァイキング一号》が着陸したクリュセ平原の西端にある《七福》、メリディアニ平原にある《リパラダイス》、太陽系最大のオリンポス山脈の麓に広がる《シャバット》の三つである。リパラダイスは富裕層の住むリゾート地区で、シャバットは敬虔な信者たちの街であり、おれが赴任する先の火星連邦保安局のある七福は、低所得者から中産階級まで幅広い層の人々が住みもっとも栄えた街として知られている。大統領府や政府機関があるのも七福である。

 地球でも火星の都市の模様や自然の風景などの映像が流れることはあるが、各国政府による情報統制によって、すべてが包み隠さず流れてくるわけではない。ただでさえ火星移住希望者が増大している状況にあって、これ以上地球離れの風潮が高まると、地球人類の営為や経済活動によからぬ影響が出るとの配慮からである。

 東京のベイエリアから、火星のヴァイキングⅠ・スペースポートまで、約七日の旅の間、おれは親父から受け継いだ巻物に目を通して過ごした。

 現代人のおれからすればずいぶんと取っつきにくい文語体で書かれてあったが、だいたいの内容は理解できた。

 巻物に書かれていたのはこんなことだ――。

 この巻物の所有者は伊賀流忍術の正統な継承者に限られること。

 この巻物に記されてあることを最初から最後まで丹念に読み、咀嚼し、忠実に修行を重ねれば、最強の忍者として大成できること。

 具体的な内容は、早朝起きてからの持久走ランニングや各種筋力増強訓練など、身体能力を上げるトレーニングから始まり、頭の中で行う修行や敵を想像しながらの戦いなど、現代でいうイメージトレーニングのようなものまであった。

 おれは忍者の修行をしてみることにした。

シャトル内部はジェット機と違って広く、小さなスポーツジムもあったので、ランニングマシーンを中心に使わせてもらったが、おれはもっぱらイメージトレーニングに時間を費やした。

 巻物は瞑想にも触れていた。無心になれとは書かれておらず、心の赴くままに任せよとあった。目をつぶるとすぐに、おれは子供のころを思い出した。近所の公園を駆けずり回ったことや猿のように木をよじ登ったこと。山でカブトムシやクワガタムシを捕ったこと、川で魚釣りをしたこと……。いつしか記憶の彼方へ追いやってしまったことを、宇宙空間という重力から解き離れた場所で、鮮明に思い出すことができた。おれが昔やったことはまさに忍者の修行だったのだ。

親父のことも思い出した。特訓と称しておれと駆けっこや相撲をしたり、空手や柔道、野球やサッカーといったスポーツを教えてくれたりしたっけ……。あれは親父流の忍者の修行のつもりだったのだろうか? 

 親父の顔がありありと浮かんだ。おれの中でどっと思い出が溢れた。

古傷が痛み出したが、そんな感傷を抑え込んで、おれは淡々と修行をこなした。

七日と二時間十四分後、シャトルはついに火星に着陸した。左腕に巻いたブレスレット型の携帯デバイス、通称ヘプタゴンを起動させた。名称の由来はディスプレイ部分が七角形になっていることから来る。火星にも衛星による通信回線があり、地球とは最接近時でも三分二秒の遅れがあるが通信可能である。

巨大な鯨のお腹の中のようなスペースポートは、ぴかぴかの床や壁、空まで高い天井、空港職員の制服に至るまで何もかも漂白されたように白く、あちこちに配置された宣伝用の3Dディスプレイとごった返す人々だけが色賑やかだった。

火星にあるスペースポートはまだヴァイキングⅠだけなので、リパラダイスやシャバットといった都市や主要な観光名所へ向かう人々は、ここからさらに飛行機かシャトルバスに乗らなければならない。また、おれがいま乗ってきたマーズシャトルの他に、二便が地球へ向けて、一便が地球から戻ってくる予定で、あらゆる人種の人々で溢れ返っていた。

それにしても地球の重力の四〇%とは不思議な感覚だ。一歩足を踏み出すたびに、身体が地面から浮き上がりそうになる。まわりを見回すと、ぴょんぴょんと跳ねてバランスを失っている入星したばかりの者もいた。試しに軽くジャンプしてみると、二メートルくらい飛び上がり、自分が超人になったように感じる。火星に滞在するうちに慣れるらしいが、それは筋肉量が大幅に減少することを意味する。おれはまた絶対に帰ってくるとお袋に約束した。持参したウエイトを腕や足、腰に巻き付けたままにしておいた。

地球から火星へのフライトでも、地球における国内外の旅行と同様の保安検査が、地球側と火星側で二回行われる。身元確認と手荷物検査である。当然、危険物は機内に持ち込めない。政府関係者や警察官の場合など、事前に申請して許可証を発行してもらえば、拳銃や警棒といった武器を機体の貨物室に預けることができる。

辞令を受けて来たこともあって、おれはいつもの着古した黒いスーツに身を包んでいた。毛羽立ち始めたグレーのネクタイを締め、いかにも役人風の冴えない風貌だと自分でも思う。おまけに二カ月切っていない髪はぼさぼさだ。機内で髭を剃ってきたことがせめてもの救いだった。

 預けていた二つの大きなスーツケースをピックアップして、スペースポート出口前で最後の保安検査の列に並んだ。そこで応じたのが、もじゃもじゃの赤毛をした大柄な白人の男だった。ビール好きがその顔とそのお腹にありありと表れていた。

「火星へようこそ! 旦那」

 赤毛男は陽気に歌うような声で言った。

「ビジネスですか、観光ですか、それとも、流刑ですか? はーっはっはっ……」

 自分のジョークにすかさず自分で笑って見せるというノリのよさだ。

「仕事です」と言うおれの冷静沈着な返答など聞かず、赤毛男がスーツケースを開けるよう手振りで示したので、おれは台の上にスーツケースを載せ、二つ同時に開いて見せた。

「何てこった(ホウリィ・シット)!」

広大なスペースポート中に響き渡るほどの大声で、赤毛男は叫んだ。二つのスーツケースには、自宅から持ってきた忍び装束と日本刀そして溢れんばかりの手裏剣が詰められていたからだ。忍者の末裔と知ったからには、巻物を読み込んで必ずや一人前の忍者になってやる、というおれの意気込みの表れでもある。

 おれは日本の外務省が発行した許可証の紙をひらりと見せた。赤毛男の目はスーツケースの中身に釘付けだった。何事かとわらわらと空港職員や観光客たちが集まってきた。そして、やっぱり他の人たちも「ホウリィ・シット!」と口々に叫んだ。

 赤毛男は驚きをたたえた目でおれを見た。

「だ、旦那……、火星でニンジャ・ショップでも開く気ですか? そりゃいい! 流行るかもしれない。七福のダウンタウンなら、飛ぶように売れる! 火星にニンジャ・ブームが来ちゃいますぜ!」

「いや、そんな気は――」

 一番近くまで来てスーツケースを覗き込んでいた、《万物理論》というロゴの入ったTシャツを着たオタクっぽい風貌の若者など、ヨダレを垂らさんばかりだった。

「これ知ってる! シュリケーンだろ? シュリケーン二枚で一〇〇ドル払う!」

西洋人は忍者好きだとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。

 おれは二人にかぶりを振った。商売で持ち込んだと思われるのは心外である。

「売るわけにはいかない。これはおれの仕事道具なんでね」

「何だって……!?」

赤毛男の唇が震えていた。

「あ、あんた、まさか……」

「まあ……、忍者だ」

「わ、ワット!?」

 若い男のほうは驚きと恐れゆえか、一歩二歩と後ずさりした。

 赤毛男はそのまま鵜呑みにしたようでもなく、半分は「冗談だろう」という目で、もう半分は「マジなのか?」という目で、おれを見つめ返した。

それには答えずに、おれは曖昧に肩をすくめて見せた。

 方々で、「ニンジャのわけがない。ニンジャは絶滅したはずだ」とか、「いやでも、ニンジャの末裔ってことはありうるぞ」といったささやき声が聞こえた。おれのところで停滞が起きており、後ろのほうから「早くしろよ」と抗議の声が上がった。

 赤毛男は本来の任務に戻ることにしたらしく、手に持ったバーコードリーダーのようなデバイスをおれの首の後ろにあてがった。その手はわずかに震えていた。

 ピッという音が鳴る。首のくぼみの皮下数ミリのところに、識別番号が刻まれた極小のICチップが埋め込まれている。火星連邦法により旅行者を含む火星入星者および火星住民にはすべからくこの識別番号ICチップが付与される決まりになっている。

赤毛男は識別番号の記載された控えの紙片をくれた。識別番号はアルファベットと漢字とひらがな、そして、数字の組み合わせから成る。

おれの識別番号は、〈G油ぬ001170622〉だった。


スペースポートの西側ゲートから外に出ると、錆びた鉄の匂いがした。火星の大地――赤い酸化鉄を豊富に含んだ土――の匂いだ。

目の前のロータリーの向こうにはまっすぐにアスファルトのハイウェイが伸びている。二機のジャンボジェットが平行して滑走できるほどの幅の広さだ。

一陣の風が吹き抜け、おれの頬をざらりとなでつけていった。大気は涼やかに乾いて、細かい砂が混じっていた。乾燥した星だけに一年を通して砂嵐が多発する。目下の政府の課題は、十日に一度は雨を降らせ、年間の平均湿度を六十%にまで上げることだそうだ。

火星の四月は地球と同じで、北半球は春で、南半球は秋だ。おれがいるここクリュセ平原(北緯二六.七°、西経四〇°)は春。まだ昼の三時だというのに、青味の薄い空には無数の星が輝いていた。北の空にはうっすらと濃緑のオーロラが見える。

 何とも形容しがたい不思議な場所だ。地球のどこかにあるようでどこにもない。地球にいると、自分がいま宇宙の中にあることなんて意識しないが、火星では宇宙をものすごく身近に感じられる。

一台の黄色いタクシーが、おれの目の前に止まった。地を這うタイヤが四本付いた、ガソリンで走るタイプだ。ここ火星は地球の古いタイプの車が流行っていると聞いていたが本当のようだ。地球ではとうの昔に車は宙を浮いているというのに。

ウィンドウが下がり、運転手が顔を出した。老齢の黒人男で、ちりちりの白髪に、頬には笑いじわが刻まれた、人懐っこそうな男だった。

「ミスター・ハットリ?」

「ええ、そうです」

「あなたを保安局までお連れするよう頼まれてます。さ、どうぞ乗ってください」

 後部座席に乗り込むと、車はなめらかに走り出した。ぐんぐんと速度を上げ、時速二〇〇km/hを超えたが、まわりの風景が変わらないため、あまりスピードを出している感覚はない。

バックミラーの中で運転手がにこりとした。

「いやー、ニンジャを乗せるのは初めてです」

驚いて聞き返す。

「なぜおれが忍者だと?」

「お客さん、手荷物検査でスーツケース開けられたでしょう。あれ、SNSでちょっとした話題になってますよ」

 運転手は自動運転に切り替えると、後ろを半身ほど振り返って、おれにヘプタゴンの画面を見せた。火星で流行りのSNSだそうで、大量の投稿がなされている。

――火星にニンジャ降臨!? ニッポンのニンジャが大量のニンジャグッズを持ち込む。火星に忍者ブームが来るか!? 

誰かが撮った写真とともにそんな文章が投稿されていた。情報の伝達スピードは地球並みだ。いや、地球よりも街は小さいので、より噂が広まるのは早いだろうか。

「まさか保安局がニンジャを雇うとはね。正真正銘ジャパニーズ・ニンジャ、火星で大暴れってわけだ。ひっひっひ。ミスター・ハットリは地球でもニンジャをやっていたんですか?」

「いや、東京で警察官をしていた」

「なるほどね。ミスター・ハットリ、驚きますよ、七福の街を見たらね。〝ここはどこだ? おれはどこに来たんだ?〟ってね。七福じゃなくて《七禍(しちか)》じゃないかなんて言うやつもいますよ。火星はいま地球の西部開拓時代みたいなもんです。インディアンやカウボーイはいませんけどね、アウトローはそこら中にいます。みんな自由を求めてやってきただけあって、ここは自由すぎるんです。ニッポンのニンジャが活躍する余地は大いにありますです」

 後ろから燃えるような赤いフェラーリが猛スピードで追い越していった。時速三〇〇km/hは出しているに違いない。ちゃんとタイヤは地面と接触していた。

「こっちはタイヤで走る車がメインなのか?」

「新式の空を飛ぶのもありますよ。でも、政府は石油で地を走る旧式を推奨していて、価格も税金も安いんです。こっちでは二酸化炭素の排出は大歓迎ですから。なんたって大気層を厚くしなくちゃいけませんからね」

 場所が違えば事情も違ってくるものだ。

「ここから七福までは南南西へ三〇〇キロ、約二時間ほどかかりますから、どうぞおくつろぎください」

おれは首をめぐらせた。周辺は見渡す限り赤茶けた大地の広がりがあるだけだ。

砂、砂、砂――。圧倒的な重量感を持った砂だ。

草木一本生えていない。目に見える生命体の気配はまったくなし。

大地の形状は豊かだった。なだらかな勾配の丘や谷があり、干上がった川の痕跡のようなものが蛇行していた。遠方には輪郭のぼやけた赤い山脈の稜線が見える。

 おれは車窓から行けども行けども変わらない火星の地形をずっとながめていた。赤い砂と岩でできたアートのようだ。見ていて飽きることがない。

 と、右手に巨大な真っ黒い穴が口を開いているのが見えた。シンクホールだ。地下水による浸食などから地中の岩盤が崩れて出来上がる大穴である。地球では増えすぎて社会問題になっている。

少しずつ日が傾いていくのがわかる。ヘプタゴンの時計は十五時三〇分を表示していた。地面の上を走る心地よい振動と柔らかなシートが、長旅で疲れた身体をほぐしてくれる。

おれはいつしか目をつぶって、うつらうつらとしていた。

「お客さん、もうじき七福に入りますよ」

 車窓の外に目をやると、砂と岩の世界が消え、代わりに建物群が姿を現した。大きな一戸建ての家や低層マンションが建ち並んだ、閑静な住宅街のようなところだ。広い敷地には木々の緑や鮮やかな花が見える。地球と何ら変わらない風景だった。

やがてきらびやかなネオンの瞬くダウンタウンに入った。七福の中心だ。飲食店やブティックなどの店が軒を連ね、露天屋台では食べ物が売られ、アジアでよく見かける活気のある繁華街といった風情で、ストリートには多種多様な人種の老若男女が溢れていた。様々な髪の色、肌の色、目の色をした人々が行き交っている。まさに人種のるつぼである。あらゆる国の国旗がはためき、あらゆる言語が飛び交い、あらゆる文字のネオンサインがある。

地球でもおなじみの技術も目についた。大型スクリーンから飛び出す3Dホログラムの広告もあったし、街中を清掃用の半球(ドーム)型をした自立無人機(オーボット)が動き回っていた。また、少数ではあるが、上空を見やると、浮遊タイプの自動車も走っていた。

それらは街のほんの一部にすぎない。レトロ感の漂う外観のレストランやバーが建ち並び、個性的な形をしたカラフルな大型車が道を走っていた。二十世紀半ばの古きよき時代のアメリカといった感じだ。テレビが登場して、モノクロのドラマを流し、ロックが生まれた時代。映画ではジェームズ・ディーン、ロックはエルビス・プレスリー。大きな一軒家に大型車が駐まり、広いリビングにはモノクロのテレビが置かれ、一家団欒がある。日本ではといえば、土地の関係上、大きな一軒家や大型車はなかったが、家の中心には暖かい一家団欒の場があった。

人類は科学テクノロジーの粋を集めて火星へやってきたはずだが、そこで築き上げたのは地球のノスタルジーに浸れる街だった。彼らは遠く故郷から離れたが、彼らの心は故郷へと再び舞い戻ったわけだ。

 料理店の看板を見ると、あらゆる料理が味わえるようで、その中に《江戸寿司》なる看板を見つけた。

「日本の寿司まであるのか?」

「日本の? スシって日本がオリジナルなんでしたっけ? ハワイアンロールが有名だから、ハワイのものなんだとばっかり……。わたしが好きなネタはアボガドとエスカルゴの軍艦巻きです」

イタリア人は日本のたらこパスタを見たら激怒するというが、火星の寿司はいったいどんな形態へと進化したのだろう。

《Go Go Paradise》という看板の店の前に差し掛かると、カラフルな水着姿の美女たちが投げキッスを寄越した。おれはどぎまぎして、あわてて視線をそらした。

運転手はおれの反応を見て面白がっているようだった。

「七福へお連れしたお客さんはみんなよくも悪くもショックを受けます。でも、三日ここにいると、みんなこの街を好きになるんです」

繁華街を抜けると、無機質なデザインのビル群が現れた。ビジネススーツを着た男女がきびきびとした足取りで行き来している。官庁街だ。唯一この一帯に色を添えているのが道路沿いに並んだ咲き誇る桜並木だった。ソメイヨシノだろう。ごつごつとした大ぶりの幹から立派な枝が張り出し、薄桃色の花を咲かせていた。

 タクシーはとあるビルの前で止まった。

「ここが保安局です。お代はすでに頂戴していますので。大活躍、期待してますよ、ミスター・ハットリ」

「ありがとう……」

 おれはにこりと笑って見せた。歩道に下り、これから勤務することになるビルを仰ぐ。なぜ役所の建物はどこもやぼったいのだろう。新参者にも愛想はない。

西日が差し込み、まぶしさに目を細めた。地球で見るより小さな太陽が沈みかけ、地平線一帯の空が薄青く光っていた。

火星の夕焼けだ。

束の間、小此木課長が〝神々しい美しさ〟と評した火星の夕焼けを見つめた。

 ふと、薄桃色の破片が舞い降りた。手のひらで受け止めると、桜の花びらだった。

 青い夕焼けの空から舞い散る桜の花びらは幻想的だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ