4 みんなの笑い声が……
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それから丸五日間、おれは眠り続けたので、その間に起きたことはマルコから伝え聞く形になった。
おれがクウガを倒しておれ自身も倒れたあと、マルコはすぐさまチャンに連絡を入れ、シンクホールを通って地下のゴッドランドへ臨場するよう要請した。シンクホールが地中でつながっており、地下に巨大な大陸が存在すると知って、チャンたちも驚いていたという。
クウガとセーラは国家転覆罪容疑で逮捕され、子供たちもまた人体改変禁止法違反により拘束された。子供たちは自らの意志で人体を改変したわけではない。どうにかならないかとマルコはチャンに頼んだが、法律で決まっているものを曲げるわけにいかないと突っぱねられたそうだ。サクラとジュニアも奪われてしまった。
「いま局長を通して、大統領と掛け合っているから、子供たちの件はちょっと待っていろ。どっちにせよ、重罪になることはないから安心しろ。あと、十六歳のセーラは未成年者なので実刑にはならない」
チャンはそんなことを言っていたそうだ。クウガは二十歳だったので、ぎりぎりアウトで重罪が科せられるはずだ。
フローレンス・ラマチャンドランに大きな感謝を込めてウーホを返却し、クウガとセーラについて報告するときが一番つらかったとマルコは語った。二人が犯した罪を聞いて、ラマチャンドランは泣き崩れたという。
入院七日目、おれは元気に回復し、退院する運びになった。必要な手続きはすべてマルコがやってくれた。マルコには感謝しかない。
二人で駐車場へ向かうと、真っ青なインパラが駐まっていた。たった七日見なかっただけなのに、何だか懐かしさを感じてしまった。
おれはお定まりの助手席に収まると、マルコがインパラを発進させた。七福のダウンタウンの賑やかなメインストリートを走る。
「いやー、悠蔵さんのおかげで無事、事件解決っすよ! おれ、あんまり活躍できなかったっすけど」
「そんなことはない。マルコがいてくれたおかげでおれは助かったと思ってる」
それは本音だった。おれ一人じゃとてもだが、クウガには立ち向かえなかった。マルコにも、サクラとジュニアにも、そして、ディグベアにもずいぶん助けられた。
そして、親父にも……。
「事件はまだ解決していない。あの研究施設を見ただろう。クウガ一人でつくれるものじゃない。忍者は主に仕える影。黒幕がいるはずだ」
おれは運転するマルコのほうを向いた。
「クウガの取り調べは行われているんだろう? 誰が担当しているんだ?」
「本事案はもうおれたち第三課の手を放れましたよ。上のほうからの指示で。何せクウガはテロリストっすからね。第三課が扱う事案としては大きすぎますから。だから、詳しいことは伝わってこないっす。さーせん」
「そ、そうか……」
マルコは場を盛り上げようとでも思ったのか、愉快そうに笑いながら言った。
「でも、すごいっすよ、悠蔵さんは! テロリスト倒しちゃうんだから。こんな人、おれ初めてっすよ」
おれはふと前にマルコが言ったことを思い出した。
「そういえば、おれには前任者がいたと言っていたな。おれの前に密命を帯びて火星に来た取締官がいると……。半年で死んだとも言っていた」
「ええ、まあ……」
「おまえがコンビを組んでいたのか?」
「ええ、まあ……」
「マルコ、おまえは初めからおれの極秘任務を知っていた。監視役としてあてがわれた相棒だったのか? チャンの命令か?」
「内緒にしていてすいません。でも、おれの上司はチャンっすから……。でも、チャンだってそのまた上のほうから命令されて動いているだけだと思いますよ」
前方に火星連邦保安局の入ったビルが見えてきた。正義の本拠地はまるで諸悪の根源を孕む邪悪な塔のようにそびえ立っていた。
終章
保安局取締第三課のオフィスへ入ると、第三課の取締官たちがおれとマルコを出迎えた。みんな満面に笑みを浮かべ、盛大な拍手を送ってくれている。
おれは感激した。あれほどの銃撃戦を演じた仲だというのに。寸でのところで殺し殺されたかもしれない仲だというのに……。後ろめたさや悔しさはゼロなのだろうか。
いや、そんなことはない。
チャーリーの笑顔は作り物だ。口元がぴくぴくと引きつっているし、目はぜんぜん笑っていない。隙あらば、殺してやるぞっていう鋭い光を放っている。
トム・Tははなからぜんぜん笑っていない。死んだ魚のような目をしている。心ここにあらずだ。きっと故郷のカンザスのことでも思っているんだろう。
デボラは笑っていたが、それは友好の笑いではなかった。おそらくは嘲笑か、冷笑か? その類だろう。目は猛禽類のように鋭く、剥き出された犬歯は、いまにもおれに咬み付いてきそうだった。
ビビアンは笑っていた。やっぱり友好的な笑みというより、どこか妖艶な、男を破滅に向かわせるような笑みだった。ひょっとしたら、今回スーパーヒーロー並みの活躍をしたおれのことを誘っているのかもしれない。真のヒロインはサクラではなく、ビビアンなのか……?
タナカは笑っていたが、単なるお追従の笑みだ。みんなが笑っているから、仕方なく自分も作り笑いを浮かべているに過ぎない。いかにも調和好きな日本人らしい笑みだった。
ぜんぜん友好的ではない五人の前を通り過ぎると、奥の課長執務室のドアからチャンが顔を出して、「二人ともこっちこっち」とおれたちを手招いた。
おれとマルコの二人が執務室に入り、ドアを閉めると、チャンはいつもの円盤の上に乗り、おれたちと同じ目線になって口を開いた。
「二人ともお疲れちゃん! 悠蔵、大活躍だったそうじゃないか! マルコ、おまえを見直したぞ! おまえたちのシュート・オン・サイトも取り消されたから、これからは堂々と街中を歩けるぞ」
チャンはおれとマルコの肩をバシバシと叩いた。
「あー、それからあの無登録の子供たちだが、人体改変禁止法に違反しているとはいえ、まさか刑罰を与えるわけにもいくまい。彼らには悪いことは何もないのだからな。ということで、政府が運営する児童養護施設へ入所することが決まった。もちろん、おまえたちはいつでも会いに行ける。よかった、よかった。これで一件落着だ! はっはっは」
「チャン」
おれは静かだが力を込めた声で言った。それはチャンにも伝わったようで、びくりとその小さな身体を震わせた。
「そろそろ真実を話したらどうだ」
「真実? 何のことだ?」
「おれがこの火星に呼ばれた本当の理由だ」
「だからそれは、火星の量子AIによって火星連邦に対するクーデター計画が検出されたからだと言ったじゃないか。おまえはこの星を救ったんだぞ、何をぷりぷりと怒っておる?」
「忍者は主に従う影。必ず主の存在がある。クウガ一人にあれだけの研究施設がつくれるわけがない。背後に大きな黒幕の存在があるはずだ。たとえば、火星連邦とかな」
マルコが驚いたように目を丸くした。
「悠蔵さん、どういうことっすか?」
チャンの双眸が細く狭まった。
「何が言いたい?」
「火星連邦は表向きクーデター計画を挫こうとしているが、本当のところはクーデターを起こしたがっている、ということだ」
「クーデターを起こしたがっている? 馬鹿らしいにもほどがあるぞ、悠蔵!」
「いいや、そうは思わない。現在、火星は地球の統治下にある。けっして何から何まで自由というわけじゃない。実際、人体改変禁止法や違法科学技術なんていう概念があるしな。それに、多大な税金を課せられているとも聞く。火星連邦は地球からの独立を目論んでいるんじゃないのか」
「はははははっ!」
チャンは声高に笑った。
「火星連邦の独立? 何だか出来の悪い都市伝説みたいな話じゃないか。はっはっは」
チャンの反応にかまわず、おれは話を続けた。
「おれが火星行きを命じられた理由は何の特技も持たない、何の変哲もない警察官だったからだろう。だが、おれは神がかかった幸運に恵まれて、クーデター計画の一つをつぶしてしまった。上層部は予想外の結果に内心憤っているんじゃないのか?」
「悠蔵、妄想はそのくらいにしておけ。証拠も何もない。もっとも、一介の取締官に突き止められる証拠など一つもないだろうがな」
おれとチャンは束の間にらみ合った。
チャンの言うとおりだ。火星連邦が黒幕だとしても、一介の取締官であるおれがどうこうできる話ではない。
おれはただ命令に従い、悪を斬るのみ。
組織の一員たる取締官としても、主の影たる忍者としても。
「悠蔵、火星に失望したかね? どうする? 秩序でがんじがらめになった地球へとんぼ返りするか、それとも、無秩序ゆえに自由ながら退廃した火星に残るか……?」
おれの心は決まっていた。
「火星に残る。そして、おれはおれが思う正義を成す。それだけだ」
「ふっ、正義を成す、か……。地球からやってきたニンジャ、火星で大暴れ! ってか? はーっはっはっはっは!」
「はーっはっはっはっは!」
「はーっはっはっはっはっす!」
おれたちの豪快な笑い声が執務室を満たした。窓越しに、チャーリーたち取締第三課の面々の怪訝な顔が見え、おれたちはまた大笑いをした。




