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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第8章 ゴッドランド
24/25

3 カミカゼ

 3


 ウーホは重力に少しだけ抗うようにジェット噴射を調整して、地球の中心に向かってゆっくりと下りていった。

シンクホールはどこまでも深く何よりも暗かった。三〇〇メートル先まで照らすウーホのフロントライトの向こうは漆黒の闇で、何だかブラックホールに吸い込まれていくかのようだ。

「このまま火星の中心まで潜っていっちゃうなんてことないっすよね」

 マルコは冗談めかして言ったが、おびえているのは明らかだった。

 どのくらい降下しただろう。ごーっという間断ない音が聞こえてきた。穴の奥から熱風が噴き上げているようで、機内がにわかに暑くなってきた。

「ウーホ、これ以上潜ると、おれたちは蒸し焼きになっちまう」

〈わたしは大丈夫ですけど?〉

「だろうけれども……」

〈おや?〉

 ウーホが緩やかに停止した。左に九十度回転する。何事かと思い、前方に目を凝らすと、シンクホールの側面に大きな横穴が開いているではないか。

「行ってみよう」

〈了解です!〉

横穴は長く一直線に伸びていた。きれいな円柱型をしており、人工的に掘削されたものと思われた。

 ウーホのライトが前方に何かをとらえた。ライトを消すと、周囲が闇に戻ったが、前方に小さな光の穴が開いていた。

「何だ、あれは?」

ウーホがスピードを増し、光の穴から出たおれとマルコは、眼前の異様な光景に息を呑んだ。

 目の前に広がるのはもう一つの大地だった。まるでシンクホールというワームホールを通じて、別の惑星へやってきたのかと思ったほどだ。

 地上の下にはもう一つの地上が広がっていたのだ。大地を埋め尽くす稜々たる峡谷(キャニオン)である。かつて地下水が流れていたのか、浸食により荒々しく削られ、底が見えないほど深い場所もある。見渡す限り延々と同じ風景が続いている。地球のアメリカ合衆国アリゾナ州北部にあるグランド・キャニオンに似ているが、はるかに広大である。地中にできたこの広大な空間がつぶれないのは、ところどころに生えた巨大な石柱が天と地を支えているからだ。

 見上げると、巨大な穴が遠くにいくつか開いているのに気づいた。地上につながるシンクホールやその横穴だろう。シンクホールとシンクホールは地下でつながっていたのだ。

ふと、当然の疑問が沸き起こる。

「なぜ明るいんだ?」

 地下のはずなのに、薄暮のような乳白色の明るさがある。岩肌がうっすらと白く発光していた。ヒカリゴケの一種だろうか。地下の広大な岩々をすっかり覆うコケたちの光が空間を明るく照らし出しているのだ。

「不思議な世界っすね……」

動く生命体はない。何もかもが停止し、何もかもが静かだった。

 茫漠たる風景を眼下に感慨にふけっている暇はない。疾風のような速さでウーホは山谷を飛んだが、どこまで行っても風景は変わらなかった。この空間に果てがあるのかと疑わしく思うほどだ。

この空間が火星の地下をぐるりと覆っているのだろうか。そんな不安が頭をもたげてきたときだった。前方に盆地が見えてきた。

 おれは目を凝らした。盆地の地面を埋め尽くすように何かが無数に列をつくり並んでいる。各所に配された投光器がそれらを怪しく照らし出していた。

「あれは……!?」

 何百何千という数があるだろうか。巨大な蟻の卵に似た長楕円体をした銀色の容器が一面を埋め尽くしていた。

 ウーホが告げる。

〈生体反応あり〉

「ひえええっ! 何すか、あれ……?」

 マルコが悲鳴のような声を上げた。

「ウーホ、低空飛行をしてくれ。あの卵を間近で見たい」

〈了解です〉

 ウーホは高度をぐんと下げた。地上から三十メートル付近を飛行する。

 卵の正体が見えてきた。卵の前面がガラス張りになっており、その中にヒト(、、)が収まっていた。どの顔を見ても、十歳前後ほどの少年少女たちだ。彼彼女たちはみな生まれたままの姿で、卵の中で眠りについているようだった。

 おれはうめくように言った。

「ヒトの栽培だ! ここで少年少女たちをつくっていたんだ!」

「マジっすか!? それじゃ、サクラとジュニアもここで……!?」

 おびただしい卵たちが整然と並ぶ向こう側に、簡素なコンクリートの塊のような建物が建っていた。

「ウーホ、あそこに下りてくれ」

 建物の前の空き地に着地するや、各種センサーで監視していたのだろう、灰色の忍び装束の者たちがわらわらと飛び出してきた。二、三十人はいるだろうか。彼らは忍者ながら、その手にはサブマシンガンが握られていた。驚いたことは、忍者たちがまだ少年少女だったことだ。号令を待つかのように、彼らは動かないでいる。

「かわいそうに……。彼らはここで兵士になるために生まれてきたんだ」

「どこまでも汚いやつらっす。クウガだけは許せないっす……」

 ずらりと横に並んだ忍者たちが中央から左右に分かれると、クウガがセーラと五人の黒忍者を引き連れて現れた。

 クウガは口の端を捻じ曲げ、悠蔵とマルコを冷ややかに見つめた。

「せっかく命拾いしたというのに、むざむざと死にに来たのか?」

 おれはクウガをにらみつけた。

「サクラとジュニアを返してもらいに来た」

「サクラとジュニア? 〇一七と〇二三のことか。それなら、そこにいる」

 クウガが顎をしゃくって見せた先に、灰色の忍び装束の二人が立っていた。顔を見れば、サクラとジュニアである。

「サクラ!」

「ジュニア!」

 おれとマルコは口々にその名を呼んだが、二人はうんともすんともない。どこかおかしい。目は虚ろで、おれとマルコを見ていなかった。

「洗脳されているのか……」

 おれは怒りと恐怖で臓腑が震えるのを感じた。

「子供たちをつくり、兵士に育てているな? クーデターを企画しているというのはおまえか?」

クウガは世界はおれのものだとばかりに両手を広げた。

「おれはこの星で神になる。そして、神には信者が必要だろう。こいつらはおれのために生まれ、おれのために働き、おれのために戦う! おれがこの星の神になったからには、火星はもう地球からの指図は一切受けない。誰からも縛られない、真の自由がこの星に誕生するのだ」

 ラマチャンドランは、クウガもまた母親からの虐待を受けて育った子供だったと言っていた。クウガにとって誰からも縛られずに生きることが生きる目的になってしまったのかもしれない。

「おまえを国家転覆罪の容疑で逮捕する。覚悟しろ!」

 忍者たちがクウガを守るように前に出た。サクラとジュニアがクウガの脇を固める。子供と言えど、サブマシンガンを持っている。おれは隣で小さくなっているマルコを案じた。マルコではまるで歯が立たない。

「マルコ、おまえはウーホの中に隠れていろ」

「そ、そんなヘタレな真似できるわけないじゃ……、さーせん!」

マルコが踵を返して駆け出したのと、忍者たちの銃口が火を噴くのはほとんど同時だった。

おれはその場で高く跳躍し、すべての弾丸をかわした。マルコがウーホに飛び乗るのを視界の端で見届けながら、おれは空中で手裏剣を放った。十指に挟まれた八枚の手裏剣は緩やかなカーブを描きながら八人の忍者を直撃した。八人のサブマシンガンが沈黙する。もちろん、手裏剣ぐらいでは死んだりしない。おれは子供は絶対に殺さない。一時的に無力化するだけだ。

まだ十数人の子供忍者がサブマシンガンでおれを狙っていた。空中で旋転しながら弾丸をかわし、再び八枚の手裏剣を放つ。八人に命中。

十六人の忍者が崩れ落ちた。

残りの忍者たちが前に出た。おれは地面に着地するや前方に走り出し、ジグザグに動きながら弾丸をかわして間合いを詰めた。近距離になれば、味方を撃ちかけない。忍者たちはサブマシンガンを打ち捨て、次々と音を立てて抜刀した。

おれは背中に挿した月光を抜いた。銀色に輝く刃が忍者たちの目を射た。峰打ちにするべく、柄を反転させて握り直す。おれは二人の間合いに入り、右方を袈裟斬り、左方を逆袈裟斬りにした。二人が斬られたことを自覚するよりも早く、三人の間合いに入るや、その場で回転することで三人の胴を横薙ぎにした。

 おれはクウガのほう見やった。クウガの傍らには脇を固めるように、サクラとジュニアが控えていた。セーラはとっくの昔に戦意を喪失して、地面にしゃがみ込んでいた。

 五人の黒装束の忍者がクウガを護衛するように立ちはだかった。五人の足元を見ると、特殊なブーツを履いている。

 五人は疾風のように走り、あっという間におれのまわりを取り囲んだ。五方向から振りかぶった刀が振り下ろされようとしている。逃げられる隙間はない。

 おれの心は凪いだ海のように静かだった。

 地面に片膝をつき、手のひらで土を突いた。

「伊賀流忍術金縛り!」

 地中を伝う衝撃波ゆえに、半径五メートルほどの生体が動きを止める忍術である。五人の忍者はびくりと身体を震わせると、刀を振り下ろそうとしたまま凍り付いた。

 金縛りの有効時間はほんの数秒であるが、おれには十分な時間だった。その場で高速回転して、五人を斬り捨てた。おれを中心に五人は仰向けになって倒れた。

 右手に持った月光を下ろすと、おれはクウガをにらみつけた。クウガは腕組みをしたまま、まだ抜刀さえしていない。

「サクラ! ジュニア! 目を覚ませ!」

 すっかり洗脳されたサクラとジュニアがおれを認識できず、刀を構えようとしたところを、クウガが手で制した。

「セーラ、そいつらを見ていろ」

セーラははっとわれに返ったように体を震わせると、立ち上がって、サクラとジュニアの肩をつかんで引き下がった。

 おれは刀を正眼に構えた。

「クウガ、おまえとの決着をつけ、その子たちは連れて帰る。ここにいるすべての子どもたちと一緒にな」

「決着をつける? おれにかなうと思っているのか? ふはははっ、格の違いを思い知れ!」

 おれは戦う前に悟っていた。おれはディグベアとの修行を経てずいぶんと強くはなったが、いまの実力ではとうていクウガにはかなわないと。

 何とか隙を突いてサクラとジュニアをウーホに押し入れて、マルコと一緒にここを脱出できればと考えたが、クウガはその隙さえ与えてくれないだろう。

ならば、どうする? 

サクラのため、ジュニアのためにも、おれは勝たなくてはならない。それだけだ。

 おれは踏み込むと、空中高くに舞い上がった。手裏剣を放つ間もなかった。

「高く舞い上がればいいってもんじゃないぞ!」

 全身に鋭い痛みが走った。クウガの手から手裏剣が放たれ、おれの体を切り裂いた。空中で体勢を崩し、地面に落下すると同時に、再びおれを手裏剣が襲った。

 すぐさま立ち上がろうとしたが、体中に開いた無数の傷口から鮮血がほとばしった。おれは耐えきれず、前のめりに倒れ込んだ。

 クウガがおれを殺そうと思えば、いつでも殺せるだろう。まだ殺さないでいるのは、遊びの相手をしているつもりだからだ。

 ここまで力に差があるとは……。

 おれはなんとか顔を上げた。クウガが二重になって見えた。目をしばたたく。まだ、おれは戦えるはずだ。

 銃声がとどろいた。見かねてマルコが加勢したのだ。弾丸はクウガの間合いに入るや一刀両断され、二片に分かれて飛び散った。マルコは銃創が空になるまで撃ったが、全弾を弾き飛ばされてしまった。

 マルコの打ちのめされたような声が言った。

「くそっ、あいつ、人間じゃないっす……」

クウガが手裏剣を打った。おれの体の上を手裏剣が飛び抜けていく。後方からマルコのくぐもった声が上がった。

「うがっ!!!」

「マルコ、隠れていろ!」

「さ、さーせん……!」

「クウガ、敵はこのおれだ! 間抜けめ!」

 おれは地面に両手を突き、上体を起こそうとしたが、もはや体が言うことを聞かない。腕にも足にも力が入らない。立ち上がることができなかった。

「伊賀流最後の後継者、服部半蔵。これ程度の怪我など何とも……」

強がりを言っていることはわかっていた。体から血が失われていく。目蓋が垂れ下がろうとしている。暗闇の幕が降りようとしている。

 おれは死ぬ。

何者にもなれぬままに……。

サクラと過ごしたわずかな時間はおれにとって宝物だった。おれにもこんな妹がいたら……。いや、正直に白状しよう。おれにもこんな恋人がいたら……。そう思わずにはいられなかった。

そんな思い出を胸に、死んでいくのだ。幸せだろうか?

残された者は? 残された者は幸せではない。

――悠蔵。

声が聞こえたような気がした。

死につつあるおれは答えてやれない。

――悠蔵、死ぬのか? 

どこかで聞き覚えのある声だ。姿が見えないので思い出せない。

――おまえはそんなものだったのか? 

――おまえならばもっとやれると思っていたが。

この大地の化身、ディグベアか……。

ディグベアの思念がここまで流れてきているのか? 

――わしはデッド・ソルトの主、おまえがいまいるところまでは助けに行けぬ。

本当にディグベアの思念が語り掛けてくれているのか。死にかけたおれの脳が幻聴を聞いているのか。

世話になったな。おまえには感謝しなくちゃならない。得体の知れないやつで最後までおまえが何者なのかわからなかったけど……。

 ――もう限界だ……。

 いや、実際、おれはよくやったと思う。地球の日本の東京の片隅に生まれた、学歴もキャリアも賞与も何の取り柄も何の変哲もない一人の男が、最接近時七,五二八万キロメートルも離れた火星までやってきて、クーデター計画を挫くため、見も知らない強大な敵を相手によくぞここまで頑張ったと思う。

 そう、これがおれの限界――。

 ここらへんでおさらばだ。

 ――思い出せ。おまえのDNAに刻まれた記憶を。

 そうか、覚えておくよ。次の生を受けたときのために。

ふつりと声が消えた。

「悠蔵――」

 おれの頭の中ではない、現実的な声が言った。

 サクラがおれを見ていた。さっきまで魂が抜かれていたような目をしていたが、いまは恐怖で引きつった顔をしていた。

 洗脳から解き放たれたのだ。

「死んじゃいやだよ、悠蔵!」

 サクラは泣きながら叫んだ。

「悠蔵、しっかりしろ!」

 ジュニアも叫んでいる。

そうだ。大事なことを忘れていた。おれはサクラと指切りげんまんを交わしたのだ。

――嘘ついたら針千本飲ます、と……。

その約束をおれは守らなくてはいけない。絶対に破ってはいけない。

おれはこの世の最後でもっとも尊い主に出会った。その主と交わした約束だけは、影の存在である忍者として絶対に破ってはならない。

それこそがおれが生まれた意味だ。

おれはむっくりと身体を起こした。

「まだだ。まだ終わっていない……」

 クウガが高笑いした。

「愚かだな。負けるとわかってる戦いに挑むとは……」

「愚かなのはおまえだ」

 おれは血を吐いた。

「忍びの意味をわかっているのか? 主に使える影の存在。勝とうが負けようが、命ある限り、主のために戦う。それだけだ」

 おれはサクラを見た。この世の最後の風景を目に焼き付けようとしたのだ。

 おれは両手で柄を握りしめ、切っ先を相手の目に向け正眼に構えた。

「伊賀忍術最終奥義、神風千撃破(じんぷうせんげきは)!」

 後方で聞いていたマルコが泡を食ったように叫んだ。

「さ、最終奥義って……。悠蔵さん、それ、絶対やっちゃダメなやつ……!」

 マルコに言われるまでもない。自分でもわかっている。

――この最終奥義の実行には身体の全細胞に宿るエネルギーのほとんどを一気に消耗することになる。よって、最終奥義を実行する者には死が訪れる

 奥義の名を叫ぶことで、全細胞六十兆のスイッチが入り、体温が上昇する。身体にエネルギーが満ち溢れる。わずか数十秒の間だけ……。

おれは神の力を得る――。

大気が振動している。おれが振動している。

 おれは足を溜め、前方に跳躍した。一瞬でクウガの間合いに入る。月光を上段に構え、一気に振り下ろす。

 クウガが初めて抜刀した。甲高い金属音が鳴り、月光は弾き返され、おれは後方に吹っ飛ばされた。

 愕然とした。最終奥義をもってしても、クウガを倒せないのか。

 いや、違う。おれの実力が本物の最終奥義を放つにまだ値しないのだ。

まだだ。まだおれはやれる。

「伊賀忍術最終奥義、神風千撃破!」

 大気が振動し、おれは疾風の速さで動き、クウガに一撃を放った。閃光がきらめき、月光が跳ね返された。

クウガの顔がわずかに歪んだのをおれは見逃さなかった。

「無駄だ。何度やっても同じだぞ!」

 おれは立ち上がった。体から白い湯気が立ち昇るのがわかる。

「伊賀忍術最終奥義、神風千撃破……」

 大気が振動しない。おれが振動しない。

明らかに力を失っているのを感じた。

「ど、どうした……? 伊賀忍術最終奥義、神風千撃破……!」

 おれは口から大量の血を吐いた。身体がとうに限界を超えてしまっているのだ。

 悔しさに歯を食いしばった。おれの力もついにここまでか……。

「悠蔵ーっ!」

 サクラが泣きながら叫んだ。

「もういいよ。ありがとう。もう十分だよ、悠蔵……」

 サクラ……。

 クウガが右手に刀を構え、おれに向かって歩いてきた。

「苦しそうだが、安心しろ。いまおれが楽にしてくれる」

もうダメだ……。完全に限界を超えた。おれのDNAに刻まれた記憶を思い出すことはできなかった。

親父……。ごめん。おれは出来損ないの忍者にしかなれなかった。

大切な人を守ってやることができなかった。強い男になることができなかった。

生きていればいつかきっとまた会えると、そう思って生きてきたのに。ひょっとしたらこの火星に親父がいるのかもしれないと、そう思ってやってきたのに。

親父……。ごめん。

――悠蔵。おまえには力がある。DNAに刻まれた力が。

親父の声が聞こえた。確かにおれの耳に聞こえたのだ。

親父? 

そうか、と天啓のように悟った。何もかもを。

ディグベア、おまえは親父だったのか……。だから、何もかもおれのことを知っていたんだな。

服部恭介は火星での任務中に死去した。心のどこかで死ぬとわかっていた親父は、お袋とおれにも任務の内容はおろか、さよならさえ言わずに出て行った。

死後、魂として浮遊する身となり、デッド・ソルトの主、ディグベアとなったのだ。

おれはまだやれるかな、親父? 

――やれるとも。おまえはおれの自慢の息子なんだからな。

そうか。おれは親父の自慢の息子だったんだ……。

おれには守ってやるべき大切な人がいる。そしてそのために、いまこの瞬間にもっと強くなる。

――強くなれ。強い男に。そして、おまえが大切な人を守ってやれ。

――悠蔵、おまえには力がある。DNAに刻まれた力が。

親父、おれに力を貸してくれ――!!! 

 おれは息を吸って吐き出すと、心を鎮めて言った。

「おれの心臓よ、持ちこたえてくれ……。すべての力を出し尽くす。伊賀忍術最終奥義、神風千撃破(カミカゼ)!」

 空と大地が震えた。

 大気が細かく震動し、甲高い耳障りな音を立てた。

 おれの身体を形成する全六十兆の細胞が震動するのを感じた。骨が軋み、肉が悲鳴を上げた。それは耐えがたいほどの苦しみだった。

頭が発狂しだしそうだった。

 自我が消え去ろうとしていた。

 ただおれの目にははっきりとクウガの姿が見えていた。意識は明確にクウガを倒すのだとわかっていた。まるで一粒の芥子つぶにまで収縮したような感覚だった。

 おれは動いた。

 クウガがカタツムリよりものっそりと遅く、右手を上げようとしているのが見えた。何かを叫ぼうと口を開こうとしているのが見えた。

――振り下ろせ!

おれは月光を振り上げた。

 視界の端にセーラの姿が目に入る。

――殺さないで! 

そう懇願している。

 おれは素早く柄を手のひらの中でくるりと返し、クウガの右肩の付け根に、電光石火の峰打ちを叩き込んだ。

 骨が砕ける音とともに、クウガの口から鮮血がほとばしった。

 クウガはどうっと地面に倒れ込むと、それっきり動かなくなった。月光がクウガの全エネルギーを吸い取ったかのようだった。

「悠蔵―っ!!!」

 サクラが駆けてきて、おれの胸に飛び込んだ。すべての力を使い切ったおれは、サクラの勢いに負けて倒れてしまった。

「さ、悠蔵! 大丈夫!?」

「あ、あぅ……」

もはや口を開くこともできなかった。

巻物に書いてあるとおりならば、伊賀忍術最終奥義を使ったおれには死が訪れるはずだが……。

マルコもまたジュニアを抱き締めている。

「悠蔵さん、さすがっすね。それに、最終奥義のあとでもちゃんと生きてるじゃないっすか!」

 確かに死んではいないが、口も利けないほどに体力を消耗している。おそらくは、おれの伊賀忍術最終奥義が完全ではなかったために、おれはいまもこうして生きているのではないだろうか? つまりは、おれがまだまだ忍者として未熟だったゆえに命拾いしたのではないか? さあ、よくわからない。

 目蓋が重くなり、おれはいつの間にか眠りに落ちてしまった。


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