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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第8章 ゴッドランド
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1 シュギョウの成果を見せつける?

 第八章 ゴッドランド


 1


――悠蔵。悠蔵! 

 身体が激しく揺さぶられた。ぱちんぱちんと頬を打たれる。

 はっとして目を開くと、サクラの心配げな顔があった。

「サクラ……、大丈夫か?」

「それはこっちのせりふ!」

 少しの間、おれは気を失っていたようだ。上体を起こそうとすると、頭が激しく痛い。いや、肩も腕も足も体中が痛い。目の前が赤く染まっているので、額に手をやると出血していた。

「痛ててて……」

「じっとしてて。いま手当するから」

 サクラが救急キットから消毒液とガーゼを取り出して、応急処置をしてくれた。消毒液が傷口に沁みる。まだ戦ってもいないのにヒロインの手当てを受けるとは、スーパーヒーロー失格だな、なんておれは心の中で苦笑いをした。

「ありがとう」

 サクラの肩を借りてなんとか立ち上がると、おれは周囲を見渡した。

そこはかつて街であったところで、ひどい爆撃にでも遭ったかのように、建物は倒壊し、道という道は大きくえぐれ、大きな街路樹は根こそぎ倒されていた。人っ子一人見えないどころか、生き物の気配すらうかがえない。唐子の姿さえない。地を這う風が吹きすさぶ、なんとも物悲しいところだった。

「ここがゴッドランドか……?」

 道の向こうでウーホが亀のようにひっくり返っていた。ドアハッチが開きっぱなしのところを見ると、失神しているのか、それとも死んでいるのかもしれない。それでもローターやアームを含めて、機体に何ら損傷は見られない。硬さだけは神がかっている。

 マルコとジュニアもいま起きたばかりのようだ。ジュニアは無事だったが、マルコもまた額から出血していた。サクラがマルコにも応急手当をしてやった。

 おれは少し足を引きずりながら、ウーホのほうへ歩いていった。

「おい、ウーホ。大丈夫か? ここはどこだ?」

〈……よう……こそ、ゴッド……ラン……ドへ……。プログラムの修復作業と……太陽光エネルギーチャージのため……、わたしは……しばらく眠り……ます〉

 そう言うと、ウーホは完全にブラックアウトしてしまった。その後はいくら呼びかけても何の応答もなかった。

「ゴッドランド……? ここが……?」

 ゴッドランドは本当に地図上から消えた街だった。

「サクラ、ジュニア、この場所に見覚えはないか? おまえたちが育った研究施設はここらへんにあるんじゃないのか?」

「ううん、こんな風景見たことない……」

 サクラが周囲の廃墟を見渡し、呆然と立ち尽くした。ジュニアも同様に首を振っている。

 東の空から闇が広がり、西の空が青味がかった。美しいと思う気持ちよりもいまは寂寥感のほうが勝る。

「今日はここで野宿することになりそうだ。みんなで薪を集めて焚き火をつくろう」

 焚き火二度目のおれたちはきびきびと動いた。何もかも壊れ、生き物はいないが、植栽の残骸はあちこちにあり、道路沿いに樹木が倒壊していた。この街もかつては見目鮮やかな緑が配されていたに違いない。

「おーい!」

 マルコの呼ぶ声がした。

「悠蔵さん、こっちっす! こっちっすよ!」

 サクラを連れてマルコの声のするほうへ駆けていくと、マルコとジュニアが腰ほどの高さの円柱形をした建造物に手をかけていた。

「井戸ですよ、これ」

 胴体部分に手押し式のハンドルがあり、大きな蛇口がついていた。

「水は出ないのか?」

「それが、ポンプがめっちゃ固くて……」

 おれとマルコ、そして、サクラとジュニアまで加勢して、ハンドルに体重を乗せて思いきり押し下げた。繰り返しハンドルを上下させると、やっと透明な水が出てきた。水は乾いた大地に小さな川をつくって流れていった。

 サクラとジュニアははしゃいで、互いに水を掛け合ったりした。まだ子供のジュニアは服を脱いですっぽんぽんになって水を浴び、笑い声を上げるサクラを追いかけ回した。

「子供はいいな。元気で。どんなときも前を向いてるしな」

 おれは過去の自分を思い出していた。

マルコのほうは未来を見つめていた。

「おれ、今回の件が無事に片付いたら、ジュニアを養子にしようかと思ってます。あの子には父親が必要なんすよ。チャンは子供たちも人体改変禁止法違反だって言い張るでしょうけど、それってやっぱおかしいですよ。生まれてきた子供たちには罪はないはずっす」

 急に温度がぐっと下がったように感じた。火星の昼夜の寒暖差は激しい。夜になれば、零度近くまで下がるだろう。

 おれたちは焚き火のまわりを囲んで、毛布に包まれ横になった。

「ウーホはいつまでブラックアウトしたままなんだろうな。まさか歩いてタイニィロリスまで戻るわけにもいかないし……」

 大きな不安を抱えたまま、おれたちは眠りについた。


 おれはふと目を覚ました。夜明け前だ。周囲がうっすらと白みがかっていた。

なぜか胸騒ぎのようなものを覚えた。

 上半身だけ起こして、周囲をうかがう。焚き火が消えかかっていた。

 サクラとジュニアは一つの毛布に包まって眠っている。マルコは大の字になっていた。

動くものは何もない。いや、一匹の唐子がさささと視界の端を動いて消えた。

唐子がおれを起こしてくれたのか? なぜ? 

何かしらの脅威が近づいているのか? 

おれはマルコを揺り起こした。

「起きろ、マルコ」

「な、何かあったんすか……?」

 寝ぼけ眼をこすりながら、マルコは地面に胡座を掻いた。

「唐子が起こしてくれた。何だか胸騒ぎがする。誰かが来るかもしれない」

「誰か……って、誰が来るんすか!?」

 砂をかけて炎を消した。急速にあたりが明るくなっていく。

おれはサクラとジュニアを起こして、一緒に井戸の方角へと走った。

 とたんに銃声が響いた。立て続けに何発も。

どうやら狙われていたらしい。銃声はなおも続いた。足元の地面を銃弾がえぐり、砂が飛び散った。

 井戸の背後に逃げ込んだのは正解だったが、おれたちはどうやら扇状に囲まれてしまったようだ。

「ななな、何なんすか!?」

 マルコの双眸は恐怖でこれ以上にないというほど見開かれていた。たぶんおれの目も同じだろう。

 サクラとジュニアは震えていた。二人とも状況を理解したようで、息を殺しておとなしくしている。

 銃声が止んだ。

相手は何人だろう。このままおとなしく引き上げるとは思えない。

戦うしかない。おれは十指に手裏剣を挟み、マルコは44マグナムを抜いた。

 おれはサクラとジュニアに向かって、砂漠の方角を指差してささやいた。

「サクラとジュニア、おれがやつらの前に飛び出したら、砂漠に向かって走れ」

「悠蔵は?」

 サクラが不安げな顔で聞いてくる。

「あとから必ず行く。あの程度の敵ならなんとかなる。わかったな?」

 サクラはこくりとうなずいた。

 ジュニアがマルコにすがりつく。

「マルコも一緒に来る?」

「ジュニア、言うことを聞いてくれ。おれたちもあとから行くから」

「わかったよ……」

「いいな、おれがやつらの前に飛び出したら、必ず砂漠に向かって走るんだぞ」

 おれは再度念を押すと、襲撃者に向かって声を上げた。

「おれたちは保安局の取締官だ。取締官を襲うとは重罪だぞ」

 男のどら声が返ってきた。

「おまえが大統領だろうと、ここにいたら撃ち殺すまでだ。そういう命令でな。出てこい!」

「いいだろう。いまからおまえたちの前に姿を現す。丸腰だ。撃つなよ」

「悠蔵さん! マジでやるんすか?」

「心配するな。忍者の本気を見せてやる」

火星に来てからというものずっと、おれは自分の体重ほどのウエイトを身につけて生活してきた。そのウエイトをいまこそ脱ぎ捨てる時が来たのだ。おれはウエイト付きのベルトと手首足首のリストバンドを外した。ウエイトがドスンと地面に音を立てて落ちる。

マルコが目を丸くしている。

「そんなに重しをつけてたんすか……?」

「何かあったら援護してくれ」

 おれは足を溜めると、井戸の向こう側へと飛び上がった。火星の弱い重力を振り切り、高く舞い上がり、空中で三回転すると、すとんと地面に着地して、片手と片膝を突いた。スーパーヒーローモノの映画でよく観る三点着地(ヒーローランディング)だ。

「服部悠蔵、只いま参上!」

 方々から声が上がった。

「何だ、おまえは!?」

「ニンジャだ! こいつニンジャだ!」

「誰でもいい、蜂の巣にしろ!」

 相手は黒ずくめのスーツに身を包んだ六人。各々拳銃を手に持ち、扇状におれを包囲している。

 男たちが拳銃を構えるより早く、おれは動いた。正面にいた男の間合いに入り、袈裟斬りにした。右隣にいた男が銃口をおれに定める直前に、刀で薙ぐように斬り捨て、最初に斬った男が地面に崩れ落ちるより先に、右端の男を逆袈裟斬りにした。

 銃声が上がった。斬り残した左手にいた三人の男たちがほぼ同時に発砲した。

 おれは飛んでくる銃弾を半身でかわした。ディグベアの動きを間近で観察してきたおかげで、おれにも弾丸の軌道が読めるようになっていた。

一番手前にいる男の前に大きく一歩踏み込む。

 銃声。銃弾を半身で避け、一歩踏み込む。

 銃声。一歩踏み込み、男の間合いに入ったところで袈裟斬り。おれは男が倒れる前にその襟首をつかんだ。

残りは二人。銃を手にした男二人が震え上がっている。

「ななな、何だ、こいつは!?」

「ファック……!」

 銃弾の雨が降り注ぐ。おれは倒した男を盾にした。男の背中にぶちぶちと弾が命中する。

 おれは男を捨てると動いた。

 跳躍した。誰よりも高く、空へ舞い上がる。

 上空から男たちに向かってお返しの手裏剣の雨を降らせた。

五人目と六人目がどうっと地面に倒れ込んだ。

「さすが悠蔵さんっす!」

 マルコが感激して声を上げた。

 着地してほっと肩の緊張を解いたとき、鋭い殺気が飛んでくるのを感じて、おれはとっさに後ろに跳躍した。

 目の前の地面に手裏剣が数本突き刺さった。前にも見た光景だと思ったのも束の間、時間差で降ってきた手裏剣がおれの体を切り裂いた。

 おれは衝撃ゆえ無様に後ろにひっくり返った。

「出来損ないのニンジャが格好を付けるな」

 二十メートルほど先に、濃紺の忍び装束に身を包んだ男が立っていた。風になびく空色の長い髪に、静かな怒りを秘めた紫の双眸――。

クウガだ。セーラと他五人の黒装束の忍者を引き連れていた。忍者たちが纏う雰囲気が先ほどの男たちのものとはまるで違う。こいつらは本物の暗殺者だ。

 おれは右胸に突き刺さった手裏剣を抜いた。地面に手を突いて、なんとか立ち上がる。体のあちこちから血が流れ出すのがわかった。刀を抜いて、柄を握るが、力が入らない。ダスト・デビルに遭遇した時に負ったダメージも残っている。少しでも体力を回復させるための時間が必要だった。

「フローレンス・ラマチャンドランに会った。おまえたちがダスト・デビルに遭って、すっかり死んだものと思い込んでいたぞ。セーラの指名手配映像を見て、おまえが生きていると知って、会いたがっていた」

セーラの紺碧の目が大きく見開かれた。

「ああ、フローレンスおばあさん! おばあさんは元気だったですか!?」

 無駄な時間稼ぎとわかっていてもおれは続けた。

「元気そうだった。おまえたちの悪行を知ったらさぞかし悲しむだろうな」

「オーマイガぁ。フローおばあちゃん……」

 セーラは顔を両手で覆うと、その場に崩れ落ちた。

「セーラ!」

 クウガが険しい表情になって叱責する。

「過去は忘れろと言っただろ。忘れるんだ!」

 銃声が上がった。おれを助けようと、マルコが井戸の陰から出てきて、マグナムをぶっ放したのだ。

クウガはまたも弾丸を斬り捨てた。二つに分かれた弾丸が鉄屑となって地面に落ちる。

マルコは全弾をクウガに撃ち込んだが、すべての弾丸が斬り返されてしまった。

クウガの哄笑が響く。

「おれには手裏剣も弾丸も利かん」

 クウガの両手が目にもとまらぬ速さで動いたかと思うや、マルコを手裏剣の雨が襲った。

「マルコぉおおお!!!」

「ぐうぅううう……」

マルコもまた全身に手裏剣を浴び、地面に倒れ込んでしまった。

 クウガはにやりと冷酷な笑みを浮かべると、こちらに向かって歩いてきた。

「さて、お遊びはここまでだ、今度こそおまえたちには死んでもらう」

「マルコーっ!」

 幼い声が響き渡った。

 ジュニアだ。泣きながら駆けてくる。その後ろにはサクラもいた。二人は逃げていなかったのだ。

「馬鹿……、こっちに来るな! 逃げろ!」

 おれは叫んだが、二人とも言うことを聞かない。

「悠蔵!」

「マルコ!」

 サクラもジュニアも駆けながら、おれたちの名を呼び、泣き叫んでいる。

「逃亡したガキどもにはお仕置きをしなくちゃな」

 クウガが緩慢なしぐさで手裏剣を取り出すと投げた。

 おれは動いた。体が悲鳴を上げていたが、持てるすべての力を振り絞ってでも、その手裏剣は弾き返さなければならなかった。

 おれが弾いたのはたった一枚だけだった。

 放たれた四枚のうち三枚が先を走っていたジュニアの体に突き刺さった。

「うあああっ!!!」

 ジュニアが地面に崩れると、サクラが立ち止まり、手裏剣から守るように、その体に覆いかぶさった。

「ジュニアぁあああああ!」

 マルコが泣き叫んだ。

 黒装束の忍者たちが疾風のように動いて、サクラとジュニアを取り押さえた。

「やめろぉおおおおお! サクラーっあああああ!!!」

 おれは喉がつぶれるほど叫んだ。

「貴様ら……、許さん!」

 口から発せられる言葉とは裏腹に、おれはすでに最後の力を使い果たしてしまった。

「死ね、伊賀者!」

 クウガの放った手裏剣が弧を描いておれに襲いかかってきた。もう体が動かなかった。これが最期かと悟った。この命を奪う手裏剣を見届けようと、おれは目を閉じなかった。

 と、目の前に大きな影が現れ、盾になったかと思うと、二本の腕でおれを抱え上げた。ウーホだ。もう片方の腕で近くに倒れていたマルコを捉えた。ジェットエンジンが火を噴き、すさまじい勢いでおれたちをその場から連れ去っていく。

 あっという間に、ウーホはおれたちを抱えたまま、天高く舞い上がった。

 おれは怒鳴った。

「ウーホ、下ろせ! サクラとジュニアを助けなくちゃならない」

〈状況分析しました。死にますよ。あなたもマルコも〉

「おまえも一緒に戦ってくれ!」

〈残念ながら、わたしには攻撃機能が備わっていません。燃料も残り五%を切っています。本来ならば動けないところですが、緊急事態だと判断しました〉

「何て使えないやつだ……」

 おれはうめいた。目の前がぼやけた。視界が狭く暗くなっていく。

「サクラ……」

 おれは意識を失った。


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