4 ダストデビルにつかまる
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ウーホの内装は高級車のそれとよく似ていた。二列に並んだ四つのシートがあり、前列の前にはインパネがある。操縦桿も車そっくりだった。操縦は車と一緒であり、目的地を入力すれば自動運転も可能だ。
驚くべきは三六〇度の視界である。ウーホの内壁は全面スクリーンになっており、外界の風景がそのまま内側にシームレスに合成され、映し出される仕組みになっている。
また、ウーホのAIは言葉を話した。
〈初めまして、ウーホですぅ。目的地はどこにしますぅ?〉
女の子のかわいらしい声が砕けた調子で聞いてくる。
「目的地はゴッドランドっす。でも、おれ運転好きなんで、自分で運転するんで」
〈わっかりました。何かご用命のときには気軽に声かけちゃってください〉
マルコは初めての円盤型飛行機の運転にはしゃぎ、ウーホは高度一〇〇〇メートルまで舞い上がり、時速は四〇〇km/hにまで達した。
後部座席に収まったサクラとジュニアも興奮して大はしゃぎだった。
しばらくは起伏のなだらかな平原が続き、天候も日本の初夏を思わせる穏やかな陽射しだった。
チャンに聞きたいことがあって、サクラのヘプタゴンで呼びかけた。液晶画面からチャンの顔のホログラムが立ち現れる。
「悠蔵、タイニィロリス近郊で女を撃ったそうだな。命に別状はないが、重体だ。死んでいたら、二人とも死刑になっていたところだぞ」
「向こうから先にショットガンで撃ってきたんだ。正当防衛だろう」
「まあな。驚かしただけだ。局長と交渉した。悠蔵とマルコは無登録少年少女殺人事件の謎を命懸けで追っていると話した。事件を無事解決したら、どうか刑罰だけは勘弁してやってくれってな」
「刑罰どころか、表彰ものだろう?」
「付け上がるな。無事に解決したらまた交渉してやる」
「で、見つけ次第即射殺OKの号令は?」
「それは撤回できない。一度発令されたシュート・オン・サイトだけは……」
「何でだよ!? それが一番大事だろ! 使えねぇな……。ところで、チャン、聞きたいことがある。ゴッドランドの現状はどうなってる? 十一年前、クウガとセーラはゴッドランドに向かう途中、ダスト・デビルに遭って失踪したそうだ。おれは二人がゴッドランドにいるとにらんでいる」
「うーん、どうだろうな。あそこはいまや廃墟だぞ。その模様は衛星でも確認されている。もっとも、テロリストが身を潜めるにはおあつらえ向きな場所だとも言えなくはないがね」
そこで、チャンは真剣な眼差しを向けてきた。
「悠蔵、マルコ、ゴッドランドは気を付けたほうがいい。行って帰ってきた者はいない。みんなダスト・デビルにやられてしまっている。あるいは、他の何かによって……」
マルコが眉根にしわを寄せた。
「悠蔵さん、正直に言いますけど、おれめっちゃびびってますよ」
「ダスト・デビルに遭わないよう祈るしかない」
飛行は順調だった。高度一〇〇〇メートル。太陽が近い。
晴天であり、視界良好である。地平線のはるか先まで見通せ、ダスト・デビルどころか、雨雲さえ見当たらない。
操縦桿を握るマルコも上機嫌である。サクラとジュニアは歌を歌っている。
おれは前面のスクリーンに表示された予定到着時刻に目をやった。
「あと三十五分でゴッドランドに着く」
マルコが痛快に笑った。
「ラマチャンドランのばあさん、ダスト・デビルの発生確率が三〇〇%なんて言ってましたけど、おれたち遭わないっすね。日ごろの心がけってやつっす」
おれは左右を見やり、後ろを振り返って確信した。ダスト・デビルは来ない。
当たり前だ。おれたちはいいことをしている。利他的精神というやつだ。つまりはやさしさだ。人が人にやさしくしてあげること。そのつながりがあれば、世界は永久に平和のままだろう。
「いえーい!」
マルコが陽気にハイタッチを要求してきたので、おれはおずおずと手を上げて返した。こういうノリだけはおれはついていけない。
と、サクラとジュニアの歌がぴたりと止んだ。
「悠蔵、あれ何だろう……!?」
サクラが意外にも示したのは後方の斜め下方だった。視界の一八〇度および上方には目が行ったが、後ろ下方には意識が向いていなかった。自分の股ぐらを覗き込むようにして見て、おれとマルコは仰天した。
地上から立ち昇る白い渦が見えた。周囲の空気を巻き込み急速に大きくなっている。
機体がどうんと降下した。ダスト・デビルの引力に引っ張られたのだ。
「ヤバっ! 巻き込まれるっす!」
「マルコ、スピードを上げろ」
「これでも上げてるっす!」
地表の砂塵を巻き上げ赤黒いトルネードとなったダスト・デビルは、巨大な龍神のような姿で後方に立ち上がった。ダスト・デビルの時計回りの旋回に引っ張られるようにウーホが右へ流され始めた。
「つ、捕まったっす……」
マルコがあえぐような声で言った。
「どうしていままで気づかなかった!? ウーホ!?」
ウーホはのんびりとした声で応じた。
〈ダスト・デビルが発生したら知らせてくれなんて命じられませんでしたから〉
「気が利かねぇポンコツ野郎だな!」
〈……それに、ダスト・デビルの発生はあっという間なんです。命じられていても、発見に大差なかったと思います〉
ダスト・デビルの赤黒い渦がもう直後にまで迫っていた。サクラとジュニアが悲鳴を上げた。ウーホの推進が止まったように感じられ、慣性の力によって身体がシートから浮き上がり、シートベルトがぎしりと体に食い込んだ。
ウーホの左右のローターが完全停止した。ウーホはダスト・デビルの渦に巻き上げられ、大量の砂塵、瓦礫、岩などと一緒にもみくちゃにされた。すさまじい勢いで上昇し、時計回りにぐるんぐるんと大ぶりに回転した。瓦礫や岩が機体の外壁を直撃する度に、ウーホが激しく揺さぶられた。
ラマチャンドランが自分の貞操観念より硬いと自慢した機体は本当に頑強だったが、内部にいるおれたちはそうではない。みんな身体を丸めて衝撃に耐えた。
「みんな、気を失うな! 首が折れるぞ! サクラ!」
横を見ると、サクラとジュニアがぐったりとしていた。おれはシートベルトを外し、シートの縁をつかみながら、二人のほうへ近づいた。
「悠蔵さん、危ないっすよ」
おれはサクラとジュニアの頬を打った。
「サクラ、ジュニア、起きろ!」
二人は目を覚まし、首をすくめると、あわててシートの肘掛けにつかまった。
おれがシートに戻ろうとしたとき、ダスト・デビルの上昇と回転が突然止まった。一瞬、慣性の力と重力が拮抗し、宙を浮いたような状態になったが、それも数秒のことで、今度は重力に引っ張られ、急速落下を始めた。マルコが操縦桿を引いても上昇できないでいる。
おれはなんとか自席までたどり着くと、シートベルトを締めた。
「おいおいおいおい、ウーホ、何とかしろ。このままだと地面に激突するぞ!」
ウーホは失神したようにうんともすんとも言わない。
「ウーホ!?」
〈わたしは地面に激突しても無傷でいられます。でも、あなた方はどうでしょうね。ふふ〉
「ふふ、じゃねぇよ! とっとと助けろ!」
〈わたしのこと、ポンコツ野郎って言いましたよね。あのこと根に持ってるんです。謝罪してくれますか? 心から〉
「すまん、すまん。謝るから、とっとと何とか――」
〈心からっ! 謝罪してくれますか!?〉
「申し訳ございませんでした!」
〈すっきりしました。助けます。助けてあげます〉
ウーホが息を吹き返したようにエンジンを噴かすと、機体は地面に向かって急加速した。
「逆だろ!」
〈間違えました。まだ混乱してるんです。命令口調やめてください。AIと人類は対等のはずです〉
「いいから、早くしろ! ……してくれさい(、、、、、、)!」
〈了解〉
地面に向かってジェット噴射し、ようやく落下速度が落ち着いた。あとはゆっくりとソフト・ランディングしてくれることを願うばかりだ。
おれは首をめぐらせた。後方でダスト・デビルが急速に縮小していくところだった。
ふうっと息をついたのも束の間、米粒ほどの大きさの何かが見る間に大きな塊となってこちらに向かって飛んできた。それが大きな岩であるとわかったときには、岩が機体に直撃していた。そのあとのことは覚えていない。
感情のあるAIは厄介だ、そう思った。




