3 ラマチャンドランおばあさん
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おれはマルコの肩を担いでインパラに乗せ、サクラとジュニアを一人ずつ両手で抱えて運んだ。けっこうな重労働だった。三人は熟睡しているようで、しばらくは目を覚ましそうにない。
ヘプタゴンで現在地の座標を確認する。岩石の多い丘陵地帯を過ぎて、一面草花に覆われた一帯へやってきた。そこは蝶の楽園のようなところだった。赤、青、黄色といった色とりどりの何千何万という数の蝶たちが乱舞していた。空にまで蝶は群れ広がり、日差しをさえぎるほどだ。
視界を蝶たちがふさぐので、速度を落とさざるを得ない。フロントガラスに無数の蝶がぶつかり、何匹もがつぶれた。無駄な殺生を申し訳なく思いながらのろのろと進んだ。
やがて、点々と人家が目に付くようになった。舗装道路から分岐して小径が伸び、それぞれの家へと続いている。道路はまっすぐに続いていて、その先に巨大なスーパーマーケットらしき建造物が見えた。
ここがタイニィロリスだ。両脇に並ぶ家々は、レンガ造りやら木造家屋やらと簡素なものばかりで、村に住む人々の暮らしぶりもまた簡素なものだろうと思われた。
それぞれの家に続く小径の脇には表札が立っている。どの家も表札だけは趣向を凝らしており、恐竜の石像が表札をくわえていたり、ポストモダン風の理解不能のオブジェだったり、ロボットが近づくと家人の名を名乗ったりした。
子供ほどの背丈をしたブリキの兵隊が胸に抱える表札に《フローレンス・ラマチャンドラン》の名前をようやく見つけた。
水色の屋根を冠した赤レンガ造りのお洒落な家屋だ。庭の芝生に金色に輝く空飛ぶ円盤型のものが駐まっている。使い古された火星探査機か何かだろうか。
おれは助手席のマルコを揺り起こした。
「起きろ。フローレンス・ラマチャンドランの家に着いたぞ」
「ふああああ……」
マルコはシートの上で伸びをすると、目をごしごしと擦り、童話の世界に出てくるような赤レンガの愛らしい家を見みつめた。
「待ってくださいよ。おれたち〝見つけ次第即射殺OK〟とかメディアで言われちゃってるじゃないすか。嫌ですよ、呼び鈴を鳴らして、ドアが開いたとたん、ズドン! なんていうのは……」
「だからと言って、このまま引き返すわけにはいかないだろ」
おれは覚悟を決め、玄関の古めかしい呼び鈴を鳴らした。
扉が開き、現れたのは七十歳ぐらいの老婆だった。シルバーグレイの髪をピンクや紫に染め、スパンコールの付いた紫色のガウンのようなものを纏っている。老婆の隣には先ほどと同じブリキの兵隊がいる。たぶんサポート用のロボットだろう。
「あんたたちのことは知ってるわよ」
老婆はいきなり節くれ立った指を突き付けてきた。
「あっちのブリキの兵隊さんの目はAI搭載監視カメラになっていて、全火星に指名手配されている人を教えてくれるの」
「……」
「シュート・オン・サイトが出てる。懸賞金もね。撃ったっていいんだから」
マルコは場を和ませようと無理に笑った。
「おばあちゃん、笑わせてもらっちゃ困るよ。武器なんて持ってないじゃない」
「あんたの目は節穴なの、ケツの穴なの、それとも馬鹿なの?」
「ば、ババぁ……」
ラマチャンドランは隣におとなしくしているブリキの兵隊の肩をぽんと叩いた。
「この子は優秀な警備員でね。この子の目はマシンガンになっていて、大人の一人や二人、一瞬にして撃ち殺せるんだから」
「じゃあ、何でおれたちを撃たない?」
「何でかしらね。あたなたちが凶悪な誘拐犯には見えなかったからかしら」
老婆は首を伸ばして、おれたちの後方を見やった。車に乗ったサクラとジュニアが手を振っている。
「話があるのなら入りなさい」
おれはサクラとジュニアを呼び、玄関に足を踏み入れた。目の前に公園が広がっていた。家の中に入ったはずなのに、と困惑するが、リビングに当たる空間に公園をつくったようだ。ブランコがあり、滑り台があり、小さなジャングルジムがあった。そういった遊具の間にテーブルや椅子、箪笥や本棚と言った家具調度品やエアコン、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジといった電化製品が並んでいた。高い天井からは小ぶりのシャンデリアとサルでも飼っているのか空中ブランコが吊されていた。
「いまサルでも飼ってるのかって思ったでしょ? わたしがやるのよ」
「夢のあるリビングだな……」
「想像力の源になるの。手製のクッキーと紅茶があるわ」
老婆はキッチンへ行くと、お盆にクッキーと四人分の紅茶を入れ、テーブルの上に置いた。おれはクッキーに手を伸ばした。何だか懐かしい味がした。サクラとジュニアが次から次へと食べていく。
「自己紹介が遅れたわね。わたしはフローレンス・ラマチャンドラン。あなたたちはわたしが保安局に送ったメールの件で来たのね?」
「おれたちが会ったのはあなたの孫のセーラかもしれない。セーラの写真を持っているか?」
「こっちよ」
ラマチャンドランは赤レンガでつくられた暖炉に歩み寄った。マントルピースにたくさんの写真立てが飾られている。すべて同じ女の子の写真だった。金髪のおかっぱ頭に愛くるしい顔立ちをしてカメラに向かって微笑んでいた。
ラマチャンドランはそのうちの一つをおれに手渡した。
「セーラよ。火星世紀〇〇三四年……。これは五歳のときね」
マルコが驚きの声を上げた。
「あの女ニンジャにそっくりっす」
ラマチャンドランは寂しげに目を伏せた。
「手配映像は見たわ。セーラによく似てるけど、セーラのはずがない」
「十一年前に失踪したそうだな。そのときの状況を教えてくれ」
ラマチャンドランは悲しげにうなずいた。
「わたしの娘は異文化圏の男と結婚したんだけど、その男がどうしょうもない男でね。酔っ払うと娘にはもちろん二人の子のセーラにも手を上げたの。セーラはよく泣いていたわ。セーラが五歳のころ、近所によく遊んでくれる年上の男の子がいてね。その子もまた母親からひどい虐待を受けている子で……。ある日、その子はセーラを連れて、ゴッドランドへ向かったの。クリュセ平原の北東にあるゴッドランドへね。書置きには、もうセーラの泣く顔を見たくないからって書いてあったわ……。あんな父親よりよっぽど大人の男よ。でも、その途中、ダスト・デビルに遭遇してね、それっきり二人とも行方がわからなくなってしまったの」
「ダスト・デビル……?」
「地球で言うところのハリケーンのようなものね。とてつもなく強力なエネルギーを秘めたハリケーン。ダスト・デビルに捕まったら誰もそこから逃れられないわ」
「男の子の名はクウガか? おれたちが会ったセーラはクウガと名乗る男と一緒だった」
「そう。あの映像に映っていた青年にはクウガの面影があるわ」
ラマチャンドランはしわだらけの両手で顔を覆った。
「まさか……。生きていたのね、セーラ……。セーラはいまどこで何をしているの?」
「クウガと一緒に忍者をやっている」
研究施設で無登録の子供たちを育成していることまでは話さないと決めた。この老婆をこれ以上傷つけることもないだろう。少なくともいまは……。
「ニンジャ!? あの運動神経ゼロだった子が……?」
「クウガが忍者の道を選んだからセーラも続いたんだろう。クウガは伊賀流忍術を習得していた」
「クウガは稀に見るほど運動神経がよかったから」
ラマチャンドランは遠い目をした。
「あの二人はまるで兄妹のように仲がよかったのよ。クウガはね、セーラより四歳年上で、妹のようにセーラをかわいがってくれたわ。運動神経ゼロで鈍いセーラをいつもいじめっ子たちから守ってくれた。そして終いには父親からも。いまもセーラを守ってくれているのね」
ラマチャンドランはおれとマルコを交互に見つめた。
「あなたたち、セーラを探し出して捕まえるの?」
おれは重いため息をついた。
「罪を犯していたら捕まえるしかない」
ラマチャンドランもまた重たいため息をついた。
「……そうね。当たり前のことね。わたしもそれに異論はない。あの子が元気にしていれば、わたしはそれでいいわ」
「クウガとセーラはゴッドランドに向かう途中、ダスト・デビルに遭遇したと言ったな。ならば、二人はゴッドランドにいるのかもしれない」
「それはどうかしらね」
「どうしてだ?」
「衛星写真で見たことがあるけれど、ゴッドランドはいまはもう廃墟になっているわ。ダスト・デビルが多発するようになって、人が住めなくなってしまったとか」
「それでも、クウガはそこへ向かったというなら、行ってみる価値はあるだろう」
マルコがあわてて口を開いた。
「ちょ、悠蔵さん、話聞いてました? ダスト・デビルの多発地帯だって……」
「多発だろ。現れないときだってあるはずだ」
ラマチャンドランはかぶりを振ると、卵型の端末を見せてきた。液晶画面にいくつもの渦巻きが点滅するのが見える。
「これをご覧。ダスト・デビル予報よ。予報によると、今日のダスト・デビルの発生確率は三〇〇%以上。つまり、三つはダスト・デビルができるってこと。わたしの知る限り、一〇〇%を切ったことはない」
「避ければいいだけだ」
ラマチャンドランはおれの目をじっと見つめてから、よっこらしょと立ち上がった。
「そう、避ければいい。避けられればね。あんたたちにわたしの《ウーホ》を貸してあげる。感情を持つAI搭載の空飛ぶ円盤。いい? あげるんじゃないよ。貸してあげるんだから、ちゃんと返してよ」
ラマチャンドランは庭に駐められた円盤の前におれたちを連れてきた。金色に輝くウーホは球体に幅広のリングを取り付けたような形状をしており、翼のように吊り上がったリングの左右の端には回転するローターが付いていた。後部には二基の小ぶりなジェットエンジン、前部に前脚のような二本のアームが付いているが、銃火器のような武器は搭載されていないようだ。
「この子は信用できるわ。外壁なんかちょっとやそっとじゃ絶対に傷さえつかないほど硬いの。わたしの貞操観念よりも固いわ」
「いろいろとすまない」
ラマチャンドランはふっと微笑んだ。
「いいのよ。その代わり、セーラを連れて帰ってきて。わたしが死ぬ前に会いたいの。本当にあの子が生きているんならね」
サクラが熱い眼差しでおれを見つめた。口の中にいっぱいクッキーを詰め込みながら。
「佐ぁ助ぇ、おばぁさんの願ぃを叶ぇてぁげてぇ。ふぁふふぁふ」
「そ、そうだな……」
おれは最善を尽くすと誓った。




