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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第1章 最後の継承者
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1 みんな! お別れ会もしてくれないのか!?


第一章最後の後継者


 1


 人類が火星へ入植を開始して四十五年――。火星の地球化計画により、人類が居住可能なエリアは拡大し、いくつかの都市や町が存在するまでに成長している。

おれも映像では見たことがある。規模は小さいながら地球の都市と遜色ないレベルだった。人類のフロンティア・スピリットに感心させられたものだ。惑星間航行技術の発展により、いまでは火星へは一週間くらいで比較的楽に行き来できる。

とはいえ、ハワイにふらっと旅行へ行くのとはわけが違う。火星の一日は地球と同じほぼ二十四時間三十七分だが、季節は地球の二倍の長さがあり、人工大気の状態も不安定で天候は地域によっては過酷だ。さらに、地表における重力が地球の約四〇%しかないので、火星で半年でも暮らしたが最後、筋肉や骨の組成が変わってしまい、地球に戻って生活することは困難になるという。

――期限は特に設けられていない。

クーデターを阻止するとは、スーパーヒーロー並みの任務だ。

ひょっとしたら死ぬかもしれない……。

火星行きにはそれなりの覚悟が必要だった。

刑事部屋に戻ると、おれは半ば放心状態のまま机のまわりの整理を始めた。三つの段ボール箱に、破棄するもの、引き継ぎを要するもの、私物で持ち帰るものを分けていくと、ここ数年の思い出が頭をよぎった。

 二十四歳で本庁の捜査一課に配属されたのは幸運だった。十八歳から所轄で地道にこつこつと働いてきた姿が、たまたま本庁のお偉いさんの目に留まったらしい。それから三年間、本庁でも真面目に仕事をこなしてきたが、成果と呼べるようなものは特にない。

 地味な努力家――。服部悠蔵を形容するのにこれほどふさわしい言葉もあるまい。その仕事ぶりを評価してくれた人も少なくなかったが、つまらない男とのレッテルを貼られ、疎んじられることのほうが多い人生だった。親しくしていた同僚もほとんどいない。友達も思い浮かばない。

 作業をしていると、おれの〝火星行き〟を聞きつけた同僚が数人やってきて、「聞いたよ。明日から火星に異動だって? ずいぶん急な話だな。大変だよな。いや、栄誉なのか? で、いつ帰ってくるんだ? へえ、特に期限は決まってない? そ、そうか……。まあ、元気でな!」などと、驚きと困惑、同情と哀れみの入り交じった手向けの言葉をかけていった。

 あまりにも急な話だったし、栄転とは思わなかったのだろう、お別れ会を開こうとは誰も言い出さなかった。新人の女の子が一人、気を使ってくれて、近くのコンビニでクッキーを買ってきてくれた。火星には地球のクッキーはないだろうから、と。「大切に食べる」と感謝した。

 おれもこの異動が栄転なのか左遷なのかさっぱりわからなかった。

仕分け作業の途中から、火星行きまであと二十四時間もないのだから、もっと重要なこと、地球でやり残したことをするべきだと思い直した。たとえば、大切な人に「さよなら」を言うとか、そんなことだ。

大切な人――。未婚で恋人もいないおれにとって、大切な人とは実家にいるお袋くらいだ。

何と言っても、火星に行ったが最後、再び地球の地を踏めるかはわからない。

 必要なものだけリュックサックに詰め込むと、それを背負って刑事部屋をあとにした。本庁のビルを出たところで、ふと足を止めて振り返り、なんの面白みもない外観をした庁舎を見上げた。おれの三年間の思い出の詰まった建物は愛想もなく屹立していた。


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