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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第7章 ダストデビル
19/25

2 即射殺OK!の指令出とる!


 東を目指して道なき道を進んだ。

フローレンス・ラマチャンドランの住居のあるタイニィロリスに着くためには、広大なデッド・ソルトを横断しなければならない。デッド・ソルトを超えると、タイニィロリスという小さな村があり、巨大スーパーマーケットを中心に人家が点在しているらしい。

 砂漠はいつ果てるともなく続いた。相変わらずマルコが運転して、おれは助手席、サクラとジュニアは後部座席に座っていた。走れども走れども見渡す限り起伏に富んだ乳白色の砂漠である。たまに巨大なシンクホールが姿を現した。空の青みが薄いので、この世のすべてがぼやけたように映る。シュルレアリズムの世界を進んでいるような気分だ。

 サクラとジュニアは外の風景がめずらしいのか、ずっと窓の外をながめていた。二人ともやけにおとなしい。ラマチャンドランがセーラの居所を教えてくれれば、サクラたちが過ごした研究施設に再び向かうことになる。怖くないわけがない。

「大丈夫だ。おれとマルコがついている」

 おれはサクラとジュニアに向かって声をかけた。

「それに、研究施設を見つけたら、上司のチャンに連絡を入れて、応援を要請する。今度はみんなが助けに来てくれるさ」

 おれ一人でクウガに立ち向かうのは、現段階では無謀としか思えなかった。

「みんなどうしてますかね……」

 そうつぶやくマルコの横顔にはいくばくかの寂しさが浮かんでいた。

 おれの意識も七福の保安局に飛んだ。年齢不詳のチャン、イケメンリーダーのチャーリー、カンザス思いのトム・T、ボーイッシュなデボラ、妖艶なビビアン、ザ・日本人のタナカ……。みんな、おれたちの裏切りに憤っていることだろう。

 あとには戻れない。この星に三年もいるマルコはおれよりも多くのものを失ったはずだ。マルコはジュニアのためにそう決断した。

 おれもサクラを守ろうと決めた。指切りげんまんを交わした。いま、おれはマルコとジュニアをも守りたいと思っている。いや、絶対に守ってみせると。

おれたちがやっていることは正義なんだと証明してみせる。

 おれはリュックサックから巻物を取り出して目を通した。

外の景色に飽きたのか、サクラとジュニアが歌を歌い出した。最近火星で流行っている曲らしく、おれも七福のダウンタウンで流れているのを何度か聞いている。

「おっ、それ、おれも好きな曲だ」

 マルコがバックミラー越しに二人に微笑みかけた。

 おれは右手で巻物の紙を巻いて、先のほうへと目を通した。巻物の四分の三くらいまでおれは忍術を学習していた。残りの四分の一には、応用編ともいえる忍術が書かれていた。《伊賀忍術金縛り》の文字を見たときには目を疑った。半径五メートル以内の相手の動きをほんの数秒間だけ衝撃波で止めることができるという。

 巻物の最後にどんな術が記されているのか気になった。お楽しみは取っておこうかとも思ったが、おれは容易に誘惑に負け、するすると左から右へ巻き上げた。

「そう来たか……」

 最後の項目を見て、おれは思わずそうつぶやいた。

そこには《伊賀流忍術最終奥義》と書かれていた。最終奥義なるものがあることに感動し、文を読み進めるうちに、おれは眉間にしわが寄っていくのを感じた。

「何だって……!?」

「どうしたんすか? 悠蔵さん、独り言なんか言って」

「いや、伊賀流忍術に最終奥義なるものがあるそうなんだが、その最終奥義を訓練することを禁止しているんだ」

「はあ? 何すか、それ。やっちゃダメってことっすか? じゃあ、意味ないじゃないっすか」

「いや、意味はあるんだ。何といっても最終奥義。ちゃんと実行すれば、確実に敵を倒せるという。しかし、その代償が……」

 おれはつばをごくりと飲み込むと、最終奥義の項に書かれた説明文を読んだ。

「〝この最終奥義の実行により体の全細胞に宿るエネルギーのほとんどを一気に消耗することになる。よって、最終奥義を実行する者には死が訪れる〟」

「ええっ!? 何すか、それ。じゃ、書くなって感じっすよね。怖っ! はははっ」

 マルコは悪いジョークを聞いたように軽快な笑い声を上げた。

「悠蔵、それ絶対やっちゃダメだからね」

 振り向くと、歌をやめたサクラが真剣な眼差しでおれを見つめていた。

「悠蔵が死んだら、わたし悲しいもん。だから、絶対ダメ。これも約束だよ」

「もちろん、死ぬような忍術など使わない」

「じゃ、指切りげんまんね」

 サクラの小さな小指が差し出され、おれはおずおずと指切りを交わした。

「えっ、何すか、それ?」

「大事な約束をするときにするの。もし破ったら、針千本飲むんだよ」

 サクラがマルコに説明してやると、マルコは異文化の風習に目を輝かせた。

「ジュニア! おれたちもユビセツダンしようぜ!」

「絶対やだ!」

「はははははっ……!」

 おれも思わず噴き出してしまった。

「はははははっ!」

 おれに釣られるようにして、マルコもサクラもジュニアも笑った。そうして、インパラの車内は笑いの渦に包み込まれた。


 太陽がほぼ真上に来て、温度がやっと高くなってきた。それでも、地球でいうところの「暑い」までには至らない。

 デッド・ソルトを出たようで、周囲の風景が赤茶けたものに変わると、前方に舗装された道が見えてきた。

「悠蔵さん、この先を行けば、タイニィロリスですよ」

 マルコがインパラを地面に着地させた。タイヤ走行に切り替える。

しばらく行くと、樹高の高い椰子のような植物の木立が見えてきた。

 おれは眠気も吹き飛び、サクラとジュニアも「わーっ!」と歓声を上げた。

「蜃気楼じゃないよな」

 椰子の茂みに囲まれるようにマリンブルーの水をたたえた泉があるではないか。誰もが思い描く典型的なオアシスだった。椰子の茂みの向こうに、武骨な石造りの建物が見えた。《ダニーズ・バー》という看板がかかっている。

インパラを駐め、おれたちは車を下りた。オアシスを通り過ぎて、店のほうへ向かう。店先に置かれた立て看板に、「定食やっています」とあった。

「お腹空いた~」と、サクラがお腹を押さえている。ジュニアも「何か食べたい」と訴えてくる。

 おれも空腹を感じていた。周囲には、野菜畑があり、鶏が放し飼いにされていた。鶏は丸々と太り、じっとして動かず、ひと声も鳴かなかった。遺伝子改変されているのかもしれない。

 マルコが顔をしかめた。

「あー、たぶんここ違法営業っすね。役所に届け出してないやつですよ。辺境の地で政府の目が届かないのをいいことに、税金払ってないんじゃないっすかね」

「かもしれないが、まさか毒を盛られることはないだろう」

おれたちは店の中に入ることにした。無駄に広い店内には、テーブル席がずらりと並んでいるものの、客は一人もいなかった。天井で大きなシーリングファンが低いうなりを上げてゆっくりと回っている。

 正面にあるカウンターの奥のキッチンスペースに、小山のような大柄の女が身じろぎ一つせずに座っているのが見えた。目を丸くして、こちらを見返している。保安局の火炎色の制服と忍び装束の二人組がめずらしかったのかもしれない。

 女は緩慢なしぐさで立ち上がって、ゆっくりとした歩みでやってきた。驚くほど大きな女だ。二メートル以上はあろうか。筋骨隆々としている。遺伝子改変されているのではないかと疑ったほどだ。

マルコが相手の不安を払拭しようと口を開いた。

「いきなりすいませんね。通りすがりの旅行者なんですよ。こんな身なりしてますが、単なるコスプレなんで、気にしないでください。あの……、営業してます?」

「してるわよ」

 女は大きな目をさらに見開き、じろじろと観察するように見つめた。

「それじゃ、ママのオススメは?」

「テリヤキチキンバーガーね。外で見たでしょ。あの子たちを照り焼くの。うるさく鳴かないよう遺伝子改変された種だけど、照り焼くときだけはさすがに泣き叫ぶわ。ああいうのを断末魔の叫びっていうのね。おいしいわよ」

 おれはすぐに別のものを注文しようと思った。

「テリヤキチキンバーガー以外はあるのか?」

 女は腕組みをした。その腕はおれの太腿より太かった。

「主食じゃないけど、野菜スティックがあるわ。取れ立てで新鮮よ。さっきまでぴちぴち生きてたやつだから」

「おれは飲み物だけでいい。ビールを頼む。マルコは?」

「おれはテリヤキチキンバーガーでいいっす。あとビール」

「ぼくもテリヤキチキンバーガー。あとサイダー」

「わたしは野菜スティックとサイダー」

 マルコとジュニアとサクラが口々に注文する。

四人掛けのテーブル席に移動して腰を下ろした。すぐにビールとサイダーが来たので、マルコとサクラとジュニアは先に乾杯して喉の渇きを潤していた。マルコは子供好きのようで二人の相手をしてやっている。

 壁際にパネル型のテレビが設えられていたので、おれは立ち上がって、テレビのスイッチを入れ、ニュース番組にチャンネルを合わせた。

昨夜、おれたちは住宅街で銃撃戦を繰り広げた。その件がニュースにならないわけがない。保安局の人間ということで内々に処理されるのを願うのは甘いだろう。

 案の定、ニュースはどこも住宅街での銃撃戦の話で持ち切りだった。厳めしい顔をしたアナウンサーが事件の詳細を告げたあと、画面が切り替わり、ニュース速報の文字列が表示された。アナウンサーの声がそれを読み上げる。


   緊急速報! 緊急指名手配! この顔を見たら、即射殺(シュート・オン・サイト)OK! 

   服部悠蔵(27)

マルコ・ヴェッキオ(25)

昨日夕方五時ごろ、七福のイーストサイドにある住宅街で銃撃戦が発生。服部悠蔵とマルコ・ヴェッキオの二人組は保安局の制止を振り切り逃走!

二人とも武器を所持している模様。誘拐した子供を連れている可能性あり。凶暴かつ凶悪なため、見つけ次第、即射殺してください。

懸賞金一〇万アレス

保安局局長より


「おい、マルコ……」

 おれはテーブル席に戻ると、マルコの肩を突っついた。

「何すか?」

「テレビを見ろ」

「どうしたんすか? そんな暗い顔して――」

 マルコはテレビを見て息を呑んだ。もはや顔から笑みは消え去り、体が瘧にかかったかのようにがくがくと震え出した。

「チャンに連絡を入れよう」

「いや、まずいっすよ。逆探知されてここの場所、知られちゃいますよ」

「チャンは大丈夫だ」

 おれはヘプタゴンでチャンに電話をかけた。

 すぐにあわてふためいたチャンが応答した。

「悠蔵、いまどこにいるんだ!? 大変なことになってるぞ!」

「大変なことにしたのは誰なんだ?」

「わたしじゃない! もっと上のほうだ。そこからうちの局長に圧力がかかった。ほら、役人というのは縦社会の最たるものだからな。とにかく気をつけろ。あらゆるメディアを駆使して、火星中におまえたち二人の顔写真が配られてるから」

「〝この顔を見たら、即射殺OK〟というのは?」

「ああ、そのまんまだ。おまえたちにシュート・オン・サイトが出てることを知っている住民がおまえたちを見つけたら、銃で撃たれる、ナイフで刺される、毒を盛られる……。とにかく、殺していいってことになってる。火星ではよくあることだ」

 と、マルコがふらふらとし始めた。

「マルコ! 大丈夫か!?」

 あわてて体を揺すると、マルコは顔からテーブルの上に突っ伏した。

 はっとして、サクラとジュニアのほうを見ると、二人はすでに椅子の背にもたれ、ぐったりとしていた。さっそく毒を盛られたのだ。おれはまだビールに口をつけていなかった。はっとして、店主のほうを見やる。

「動いちゃダメよ」

 店主の大女が両手でショットガンを構えてカウンターから出てきた。大きな銃口がおれのほうを向いていた。

 おれは大女と対峙した状態で両手を挙げた。

「そのいたいけな子供たちには罪はないからね。わたしがあんたたちを撃ち殺すのを見せるのは忍びないんで、おねんねしててもらうことにしたの。あんたたちにも抵抗されないようおねんねする薬を盛ったんだけど、あんたは飲まなかったからね。でも、大丈夫。一人なら楽勝であの世に送れるから」

 大女は舌なめずりをした。

「一度、正々堂々と人を撃ってみたかったんだ」

 ショットガンが火を噴くわずかゼロコンマ数秒前、おれは横に飛び退くと同時に、手裏剣を八枚放っていた。八枚の手裏剣は女のどでかい胸部にすべて突き刺さった。ディグベアとの修行が確実に忍者としておれを高みへと導いてくれていた。

「何てことなの(ワッザヘル)!?」

 大女は胸元に突き刺さった手裏剣を見て驚いていたが、分厚い脂肪のためか、痛みは感じていないようだった。

「こんなものおおおーっ! うがががががっ!」

 大女の額に血管が走ったかと思うや、脂肪の奥に隠されていた筋肉が隆起し、胸部に突き刺さった手裏剣が弾き飛ばされた。

 そして、その手裏剣があろうことかおれを目がけて飛んできて、八枚すべてがおれの体に突き刺さった。

「うおおおおおっ!」

「ニンポウ・シュリケーン返し!」

全身に手裏剣を打ちこまれてしまった。

「あっはっはっはっ! ざまぁないね!」

 大女はショットガンを持つ手を引き上げて構えた。

「さあ、観念しな。ニンジャ野郎!」

 おれは蛇ににらまれた蛙のように動けなかった。まずい。こんなところで死んでいる場合ではないのに……。

 銃声がとどろいたかと思うと、大女がどうっと真横に吹っ飛んだ。

「悠蔵さん、大丈夫っすか……?」

 マルコが大女を撃ったのだ。ふらふらした足取りでやってくると、おれの体から手裏剣を抜いてくれた。

「助かった……。礼を言う。ありがとう」

「すいませんが、もう限界なんで車まで運んでください……」

 そう言うと、マルコは再び床に倒れ込んだ。


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