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火星にニンジャが舞い降りたとき  作者: 大和モモタロー
第6章 千のラブコール
16/25

2 映画プロデューサー?

 2


 鳴り止まない電話の音は外の廊下まで聞こえていた。オフィスに入ると、テーブルの奥に鎮座したチャンに目が留まった。その面貌は恐ろしく険しかった。稜々たるオリンポスの山々の険しさもかくやというほどに。

「セーラに関する情報が寄せられていると聞いたんだが……」

 恐る恐る尋ねると、チャンは地の底から響くような声で言った。

「ああ、殺到しているとも。電話もメールもSNSも、セーラの熱狂的なファンどもによるラブコールで溢れ返らんばかりだ」

「ラブコール?」

 いぶかしむおれの前に、チャンが放るように紙の束を寄越した。

 それはメールとSNSの文面のコピーで、「セーラさん、最高! セーラさんの放つシュリケーンでお仕置きされたいです!」、「セーラと結婚したいです! 連絡先を書いておきますので、絶対連絡ください。待ってます!」、「セーラを家で飼いたい。一万アレス払う」などといった目を疑いたくなるような文字が躍っていた。

「だいたい、手配映像がこれではな」

 チャンがリモコンを操作すると、タナカが製作した手配映像のホログラムが再生された。トランペットのセクシーなBGMの調べとともに、足元からなめるようにカメラが移動して、セーラの全身を映し出した。〈セーラ・コーガ・イシグロ〉のテロップ。髪を掻き上げるしぐさ、潤んだ瞳、すらりとした鼻梁、ぽってりとした口元、赤い唇からこぼれる白い歯、それぞれのクローズアップが続く。

おれとセーラの戦闘シーンが始まると、なぜかおれはモザイクで処理され、闘志を剥き出しにしたセーラの表情のアップとなった。セーラの攻撃シーンはスローモーションが使われていた。そして、絶対にあると待ち構えていたセーラのぽろり。ここにもきわどいモザイク処理。五分続いた映像は下手な自主映画のトレーラーのようだった。

その時はじめてその存在に気づいたのだが、ただでさえ存在の薄いタナカが部屋の片隅で小さくなっていた。

「タナカ、向こう三カ月三割減給な」

「そ、そんな……」

 おれは素知らぬ顔をしているマルコのほうをにらんだ。

「いや、撮り方にも問題があると思うぞ……」

「マルコ、向こう三カ月一割減給な」

「……」

 チャーリーが端末から顔を上げ、うめくような声を上げた。

「チャン、電話が鳴り止まない! メールもだ。もう全部無視していいか?」

「ダメだ。有力な手掛かりがあるかもしれないじゃないか」

「ちょっと失礼しますよ」

 重く響く声とともに見知らぬ男がずかずかとオフィスに入ってきた。服装を見れば部外者なのは明かで、フェルトハットをかぶり、最高級仕立ての格子柄のスーツを着ていた。

「誰?」

 チャンが発して当然の質問をした。

 男はフェルトハットを脱ぐと、気障ったらしく頭をちょこんと下げた。

「わたしはロイ・マクスウェルと申しまして、マーズウッドで映画をつくっている者です。まあ、プロデューサーです」

「マーズウッドは火星版のハリウッドのようなところっす」

隣のマルコが小声で説明してくれた。

「で、何?」

 チャンがまたしても発して当然の質問をした。

「えー、セーラ・コーガ・イシグロの手配映像を拝見しました。何というか、一言で言えば、すばらしいな、と。百年に一度、いや、千年に一度の逸材だと言っていい。ニンジャファンは多いですから、女ニンジャというのも強い引きになります。それに、アクションシーンをスタントマンにやらせずとも済みますしね」

 そこで男はウインクをして見せた。誰もが無反応だった。

 マクスウェルはチャンのほうへ歩み寄ると、ポケットから名刺入れを取り出した。名刺を一枚引き抜き、チャンの前に差し出す。

「セーラを捕獲したら、ぜひわたしに一報ください。言い値で引き取らせてもらいます」

「うん、話はわかった。断る!」

 チャンはマクスウェルの名刺を人差し指で弾いた。名刺は鋭く飛び、ロイの額に当たって落ちた。

「あの子は火星を代表する人気女優になれる! いや、わたしが絶対にさせてみせる!」

 チャーリーとトム・Tがマクスウェルを両脇から抱え、オフィスの外へと無言のまま連れ出した。

 チャンが盛大なため息を吐いた。

「この星には狂ったやつが多すぎる。自由の星の代償だな」

「それで、肝心なセーラに関する情報は?」

「ない」

 チャンは苦虫を噛みつぶしたような表情で答えた。

「メールのほうはAIにも手伝って読んでもらったが、一,六五八通にも及ぶ中で、一つも、ない。すべて愚にも付かないラブコールばかりだ」

「ねえ、ちょっとこれ見て」

 デボラが急いだようにやってきて、A4サイズの一枚の紙をおれとチャンの真ん中に置いた。

「ようやくまともな情報が来たんだけど。これ本当だったら、犯人の居所がわかるかも」

「本当か?」

 おれは紙をつまみ上げた。メールの文面をプリントアウトしたものだ。チャンと顔を並べて目を通した。


 初めまして。わたしには昔セーラという名の孫がいました。娘のリンダが火星で生んだ子です。目に入れても痛くないほど愛くるしい子でした。

 手配映像を観て、セーラが生きていれば、このぐらいの年齢で、このぐらい愛らしい女性になっているだろうと思いました。十一年前、セーラは失踪しました。セーラの姓はわたしと同じラマチャンドランです。セーラ・ラマチャンドラン。

PS:映像を撮影および編集したのは男性なのでしょうね。セーラの胸が見えるシーンをいやらしく描いていました。女性をモノとしてしか見られない差別主義者には死を! 

フローレンス・ラマチャンドラン


 読み終えたチャンが鼻から息を吐き出した。

「確かにいままでで一番ましな一報だ。悠蔵とマルコ、この名前で一つ調べてみてくれ」

 言われずとも、おれはそうするつもりだった。


 フローレンス・ラマチャンドランは、火星の戸籍データベースにちゃんと名前が登録されていた。セーラ・ラマチャンドランも同様だ。セーラ・イーガ・イシグロの名はやっぱり偽名だったのだ。

 戸籍データベースに登録された火星住民には、みな首の後ろに識別番号のICチップが埋め込まれる。ICチップにはGPS機能も付いているわけだが、セーラのGPSは機能していなかった。チップを摘出したか、電磁波で破壊したか。

「フローレンス・ラマチャンドランを訪ねてみよう」

 おれたちはインパラに乗り込み、メールを寄越したラマチャンドランのGPSが指し示す座標へ向けて出発した。七福から東へ約六〇〇キロ行った《タイニィロリス》という町だ。

「テレビで観ましたけど、タイニィロリスは何にもない町っすよ。おれも行ったことはないっす。火星まで来てどうして辺鄙なところで暮らしたがるんですかね。地球にもいくらでもありそうじゃないっすか。わかんないっすねぇ」

 マルコはヘプタゴンの時刻を確認して顔をしかめた。時刻は三時半を過ぎていた。

「帰りは、タイニィロリスで一泊したほうがよさそうですね。もちろん、別々の部屋っすよ」

 と、ヘプタゴンがけたたましいアラーム音を発した。またもや緊急事態らしい。

 応答するまでもなく、デボラの緊張を帯びた声が言った。

「悠蔵、たったいま通報があってね、あんたの官舎アパートに少女が侵入するのを近隣の住民が目撃して通報したの。近頃この一帯を荒らし回ってる武装強盗グループかもしれない。念のため、特殊武装戦術部隊(SWAT)を呼んどいた。十分以内には着くと思うけど」

 サクラに違いない。おれはパニックに陥った。

「えっ、いや、少女なんだろ。そこまでする必要ないんじゃないか?」

「武器を持っているかもしれないでしょう!」

「お、おれが行くまで誰も突入させないでくれ。部屋が汚れているんだ」

「何を女子みたいなこと言ってるのよ。あんたも急行して。じゃ」

 デボラの声がふつりと消えた。

 おれの取締官としてのキャリアも消えようとしていた。

「悠蔵さん、そんなあわてふためいてどうしたっていうんすか?」

 マルコのことなど放っておいて、おれは昼間に買ってやったばかりのサクラのヘプタゴンに電話した。

 ありがたいことにサクラはすぐに通話に出た。

「あ、悠蔵、どうしたの?」

「サクラ、いますぐにそこを出ろ!」

「え? いまシャワー浴びてるところだけど……」

「おまえがそこに隠れてるのがバレた。SWATがそっちに向かってる。見つかったら蜂の巣にされるぞ。いますぐにそこから逃げろ!」

「えっ! ちょ……。わかった。悠蔵はどうするの?」

「いまから迎えに行く。とりあえず、デッド・ソルトの方角へ向かえ」

「わかった。待ってる。絶対に迎えに来てね」

「絶対だ」

 おれが通話を切るや、マルコが聞いて当然の疑問を口にした。

「悠蔵さん、いま誰と話してたんすか?」

「後で説明する。マルコ、少し付き合ってくれ」


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