1 カンザス? かんざし?
第四章 火星のニンジャ
1
ダウンタウンから南南西へドライブすること二十分、コブ砂丘と呼ばれる一帯が見えてきた。ラクダのこぶのような小さな砂の山があちこちに点在している。火星特有の鉄を多く含んだ砂は血のように赤い。マルコはインパラのタイヤを引っ込め、フロート仕様にして砂丘をさらに十分進んだ。
本部からヘプタゴンに送られてきた座標を目指すと、ルーフにサイレンの載った保安局の車両が複数台駐まっていた。リーダーのチャーリーをはじめとする取締第三課の面々の姿もある。
「この現場はおれたち第三課が指揮を執ることとなった」
チャーリーが課員たちを集めるとそう宣言した。
おれの心臓は荒れ狂ったように乱打した。サクラではありませんようにと祈りながら、チャーリーのあとに続いて歩いていく。
「先ほどから死体がお待ちかねだ。あそこだ」
少し窪地になった場所に、複数の遺体が散らばるようにして倒れていた。どの遺体も灰色の囚人服のようなシャツとズボンという、おれにはもう馴染みの格好だった。彼らの傍らにはその年齢に似つかわしくない、黒光りする拳銃や鈍く光るサバイバルナイフが落ちていた。そこら中に薬莢も散っている。戦い合って死んだのだろうか?
おれは一番近くの少女の遺体に近寄った。十四、五歳くらいか。少女の髪は短いブロンドで、砂に半分顔が埋まっていた。頬にはそばかすが散り、あどけなさが残っている。砂丘の上を這うように吹く風に、少女の短い髪がそよいだ。
驚いたのは、背中に斬りつけられた痕があったことだ。
他の遺体の顔もぐるっと見回したが、彼らの中にサクラはいなかった。おれは少しだけ安堵したが、今朝方のサクラの話を思い出し、この少年少女たちは研究施設から逃げ出し、教官と呼ばれる追手に殺されたのだと確信した。
チャーリーがビビアンに向かって命じた。
「ビビアン、録画を頼む」
「了解」
ビビアンはヘプタゴンの七角形のディスプレイを少年少女らの遺体に向けた。
「遺体の発見時刻は午前十時四十七分。発見者は狩猟でたまたまここを通りかかったじいさんだ。ここはサーベルウルフが出るからな……。おれは最初、この子らは銃やナイフで殺し合ったのかと考えた。そこら中に薬莢が転がっているしな。だが、そう考えるにはおかしな点が二つある。一つ、誰も被弾していないこと。二つ、ナイフでつけられたにしては大きな切創があることだ」
チャーリーが手前の少女の傍らにひざまずき、彼女の背中のあたりを指し示した。
「見ろ。斬られた痕だ。どの遺体にも同じ切創がある。サーベルかもしれん」
少女の右肩口から左脇腹へ向けて、ざっくりと一直線に切り口が開いていた。背中だけではない。少女の身体には至る所に小さな切創があった。背中に集中しているということは、逃げている間に後方から狙われたということだろう。
「何者かがここで少年少女らを斬りつけ殺害したんだ。子供とはいえ、武器を持ったこの数を殺害したということは犯人は複数かもしれない」
「この子たちの身元は調べたんすか?」
マルコが尋ねると、チャーリーは首を振った。
「それが、みんな無登録なんだ。首の後ろにICチップがない。摘出したのかもしれない」
おれは思いついたことを口にした。
「親がこの子らを生んだとき、役所に届け出なかったってことは?」
チャーリーがいいやと首を振った。
「それはありえない。新生児は、出生届が受理され、識別番号が発行されなければ、ワクチンを受けられないからな」
火星では放射線への免疫力を高めるためにワクチンを打つ決まりになっている。人類が火星に居住可能になったのは、人工大気と人工磁場が形成されたためだ。この二つは宇宙から飛来する有害な宇宙放射線から人間を守る働きを担ってくれる。
宇宙放射線は金属や岩石でも防ぎようがないので、事後対策的だが破壊されたDNAを修復する機能をDNAに持たせるという処置を行う必要がある。それが火星旅行者や火星住民に打つ決まりになっているワクチンである。火星に発つ前に接種しなければならず、しなければ火星に到着する前に急性放射線症候群で命を落とすことになる。もちろんおれもベイエリアのスペースポートで接種していた。
ふと視界の端で、タナカが地面から何かを拾い上げるのが見えた。それは陽光にきらりと光った。金属のようだ。遺留品だろうか。
タナカははっとして、おれのほうを向いた。
「悠蔵さん、これ……」
おれは手袋をはめた手でそれを受け取った。金属でできた細長い串状のもののお尻に丸いガラス玉が留められている。日本の伝統的な工芸品で、一本かんざしと呼ばれるものだ。ガラス玉はトンボ玉という名前がついている。瑠璃色の玉に箔が内包されきらきらと輝いていた。タナカはこれがかんざしだとわかって、日本人のおれに手渡したのだ。
まさか火星の砂漠でそんなものを見つけるとは……。
「こいつは日本のかんざしだ」
「オー、カンザス!」
それまでむっつりとして口を利かなかったトム・Tが突然口を開いたかと思うと感慨深げに叫んだ。
「わが愛しのふるさとカンザス……。夏にはじっとりと汗ばむ猛暑日が続き、冬は一面が銀世界に変貌し、年間を通じて嵐の多い……、まるで気性の激しいおてんばな女神のようにさまざまな顔を見せる、わが愛しのカンザス!」
朗々と歌うように言うと、トム・Tは怪訝な眼差しをおれに向けた。
「なぜわたしがカンザス出身だと?」
おれはいろいろ言いたいことがあったが呑み込み、トム・Tを無視して続けようとした。
「これは日本のかんざしと言って――」
「オー、カンザス! わが愛しのふるさとカンザ――」
思わず手が出ていた。おれの拳は腕が伸び切ったところでトム・Tの顎にヒットした。トム・Tが二メートルを超える大男でなければ、まさにクリーンヒットしていただろう。
チャーリーがふらふらしたトム・Tの巨体を抱き留めた。
「気持ちはわかる。わかるが、殴ることないだろう。おれもたまにこいつを力一杯殴りつけたくなることはあるが、殴ることはないはずだ」
「……悪かったな。これは長い髪をまとめるために挿して使うものだ」
おれは頭に手をやって身振りで説明した。
マルコがかんざしの先端に見入っている。
「まるで武器みたいに鋭いっす」
「まあな。実際、女忍者はこれを武器に使っていた」
「ええっ!? 女のニンジャもいるんすか! 会ってみたいっす!」
忍者を知らない面々はマルコの興奮に困惑の表情を浮かべていた。
チャーリーが険しい顔でうなずく。
「犯人の遺留品か。犯人の片割れは日系の女かもしれないな」
おれは少年少女らの身体のあちこちに残された小さな切創を示した。
「これは手裏剣の痕だ」
チャーリーが怪訝な表情で尋ねてくる。
「シュリケーンとは?」
「忍者の使う道具だ」
おれは実際の手裏剣を見せてやった。地球から持ってきたものは四方手裏剣といって、全長八センチで、十字型に四つの鋭い角が付いている。
手裏剣の形状が十字であるのを見て、トム・Tが再びその重い口を開いた。
「オー、ジーザス・クライスト! あなたはキリスト教徒なのですか?」
デボラが自分の親ほども年の離れた相手を鋭い目でにらんだ。
「トム・T、今度その口を開いたらその舌とキンタマ引っこ抜くから」
「あう……」
トム・Tは額に脂汗を浮かべ、ぶるっと身震いした。興奮している様子だ。
おれは話を続けることにした。
「この少女の背中を見ろ。これは手裏剣でつけられた傷かもしれない。そして、この致命傷となった刀傷は日本刀によるものだろう。重量のある西洋の剣は骨を砕くが、重量の軽い日本刀は肉を断つことを主眼にしている。なあ、タナカ?」
タナカはとっさに問われ、うろたえていた。
「え……、確かに、日本刀には斬る際の衝撃を吸収できるよう反りがあるわけで、西洋刀より折れにくく斬りやすいという特徴があるわけですが……、やっぱり自分は日本のことはよくわかりません」
「いや、おまえはよくわかってるよ。おれよりよくわかってる。しかも、日本を愛してる。おれが言うのもなんだが、ありがとうな」
チャーリーはすっかり困惑した様子だった。
「とすると、犯人はニンジャかもしれないっていうのか? それも女の?」
「いや、忍者がいたのは日本の戦国時代だというから七〇〇年以上も昔のことだ。この現代に、この火星に、忍者がいるわけがない」
「いるじゃないっすか、ここに!」
マルコの言葉におれはあらためて忍者になったんだと痛感させられた。これからは忍者としての自覚を持って生きなければ……。
少年少女たちの遺体を撮影し終え、ビビアンが戻ってきた。
「撮影終了よ!」
「よし、遺体を保安局に移すとするか」
チャーリーがその場にいる数十人の取締官たちに向かって声を張り上げた。
「それじゃ、みんな、遺留品の捜索を続行してくれ」




