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04.流民の恩人

 シュルツ王都上空を飛ぶフィルは、いつになく上機嫌だった。遠くの空が赤く染まりつつあることに気付き、彼は腕の中にいる存在に、声を掛ける。


「見てみるか? 夕焼け空が近付いてきている」

「わ、私は大丈夫、ですっ」


 高い所を飛ぶのに慣れていないためか、ユーリは彼の胸に顔を埋めるようにして、必死にしがみついている。


(いっそ、このままでもいいなぁ……)


 まだ親しくなれた気はしないが、こうして頼られるだけでもフィルの心拍数と幸福度は上昇し続けている。


――――あの後、ようやく泣き止んだユーリは「多分、ほっとして気が緩んじゃったんだと思います」と少し赤みの残る目元をこすりながら、心配をかけるまいと健気に微笑んだ。

 その笑顔にたやすく胸を打ち抜かれたフィルは、母国へ帰る旨を書き置きし、自分の身の回りの品と少女だけを持って窓から脱走することを即決した。シュルツの王が信じられないというのもあるし、万が一、ユーリの笑顔が王やその配下に見られたらと思うと、その目をえぐり取る自信があったからでもある。


 短い(あくまでフィルの体感)時間で指定した裏路地に降り立ったフィルは、ユーリの震える足が落ち着くのを待つ。


「あの、本当に良かったんですか?」

「問題ない。俺もいい加減に鬱陶しくなってきてたから、むしろちょうどいいんだ」


 今後の自国のことを考えて、今回の大侵攻で目覚ましい活躍をした者を一人でも多く手元に置きたいと考えるシュルツの思惑は分かる。五英傑のうち、セヴェルマーツの騎士は国が近いこともあり、すぐに母国に帰ってしまうだろう。サランナータの魔女は武力というよりタガの外れた研究者だから、恩を売ることはできても引き留めるのは無理だろう。亡国の獣人将軍は散り散りになった同胞を集めて国を再興したいと言っていたし、ドワーフの勇士も地下に帰ると話していた。

 フィルだけが、自国での役職も放り出して従軍したため、引き留められる可能性があったのだ。しかし、残念ながら彼が不在のときに番であるユーリを訪問した、という事実がその可能性を潰した。それでも、ユーリが自国民であればまだ術があったのかもしれないが、彼女は流民である。結果、フィルはシュルツに大いに不信感を抱いた状態でとんずらを決意した。


「あの、もう、落ち着いたみたいで、大丈夫です。お待たせしてすみません」

「謝ることはない。俺が強引な脱出手段をとったせいだ」


 ユーリは「はぐれるとよくないから」という理由で強引に手を繋がされていたが、それをあまり気にするようすもなく、フィルの前を歩いていった。


(ここは、流民ばかりが集まっているのか?)


 建物の影でしゃがみこむ人影の中には、生きているのか分からないぐらいに微動だにしないものもある。鼻をつく、まるで生ゴミを煮詰めたような臭いに、フィルは嗅覚を遮断した。


「ユーリ!」

「シャナ」


 ユーリの姿を見つけて駆け寄って来たのは、真っ赤な髪に猫の耳をはやした獣人の少女だった。年の頃はユーリよりも下だろうか。


「こんな時間まで戻って来なかったってことは、うまく雇ってもらえる話になったんだね?」

「あ……」


 ユーリは小さく声を上げると、ちらりとフィルの方を見た。その様子を、何をどこまで説明したらいいのか分からない、というヘルプサインと受け取った彼は、ぐい、と前に出る。


「ユーリは俺の見出した番だ。これから俺の国に共に帰る予定だ」


 シャナと呼ばれた少女は、フィルの発言に目を丸くした。だが、すぐに、両手をパチンと合わせる。


「良かったじゃん! 竜人は愛情深いから、将来安泰だよ!」

「え? え? そうなの?」

「勿論だよ! なんだ、それならあたしももう心配いらないね。ユーリを拾ったときは、こんなに世慣れてないなんて、目を離したらすぐに死んじゃいそうって思ったけど、竜人の相手なら、もう大丈夫だね」

(……『世慣れてない』?)


 気になるワードはあったものの、フィルがユーリを見出す前に彼女を庇護してくれたということは、二人の会話から十分に分かった。今はそれだけで十分だ、と逸る心を押しとどめる。


「シャナと言ったか。その耳は、もしかして、トゥミックからの避難民か?」

「あ、はい。トゥミックから逃げて来た獣人達で、ちっちゃいコロニーみたいになってるので、そこに人間のユーリを入れるわけにもいかなくて……」

「トゥミックのレーベ将軍が、故国の地に帰って再興を図るつもりだと言っていた。君たちがそれに与力するなら、伝信を飛ばすが?」

「本当ですか!? す、すぐにリーダーに確認をとりますんで、ちょっと待っててくださいっ! あっ、ユーリの荷物もいつもの場所に隠してあるんだよね? ついでに取って来るから!」


 猫獣人らしく素早い身のこなしで路地の奥に消えていくシャナを見送ったユーリは、隣のフィルを見上げた。


「あの、ごめんなさい、私、竜人とか番とか疎かったみたいで」

「気にすることではない。……あぁ、でも、少しは好意的に見て貰えると嬉しいのだが」

「……善処します?」


 これまでの、どちらかというと恐縮しているような対応とは違い、少しだけ冗談めかした声のトーンでおどけた様子を見せたユーリに、フィルは満足の笑みを浮かべた。


(俺自身が距離を詰めようとしても上手くいかなくて、全く別の第三者から説明されてようやく、というのは残念だが)


 それも仕方ないのかもしれない。よくよく思い返してみれば、初対面から(さら)うように連れ去ったも同然なのだ。終生巡り会えないと思っていた番を見つけた喜びで気が逸っていたとはいえ、強引な手段をとってしまったということは反省せざるを得ない。


「これこれ! お待たせ! あと、さっきの話、リーダーにもう一度してもらってもいいですか?」


 慌ただしく戻って来たシャナが抱えていたのは、見慣れない素材の大きな袋だった。つるりと光沢のある薄い袋は揺れる度にガサガサと耳障りな音を立てている、しかも、うっすらとだが中に入っているものが見えるので、袋としての用を為しているのだろうか、とフィルは不思議に思った。

 だが、目の前にやってきた獣人の青年を前に、とりあえず宴で将軍と話したこと、戦場でも同じようなことを語っていたことなどを説明する。それでも、耳はユーリの声を拾っていた。


「……うん、大丈夫みたい。ありがとう、シャナ」

「どういたしましてだよ! まぁ、ちょっと汚れてたらごめんね。何か、弟が一回引っ張り出しちゃっててさ」

「仕方ないよ。こんな音するから気になってたみたいだし」

「それでも他人の物に手を出すのはダメでしょ」


 ぽんぽんと親しい者同士のやり取りが続くのを、フィルは嫉妬混じりに耳を傾けていた。途中で口を差し挟んで会話を中断させたい、同性とはいえ自分以外の者と親しく喋らないで欲しい、という独占欲をひたすらに我慢する。


「レーベ将軍の足手まといになるのは本意ではありません。復興に我らのような者が力になれるのか、事前に確認できたらと思うのですが」

「ならば、これを使うといい」


 リーダーだという青年に、フィルは斜めがけにしていたバッグから紙を数枚と青い石を2つ取り出した。


「魔力がなくとも、これで互いに手紙のやり取りができる。この紙はこちらの石を目印に飛んでいくから、最初だけ俺が石を届ける。後は直接レーベ将軍と話してくれ」


 フィルは青い石を魔力で作った鳥に渡し、空へ放った。鳥はレーベ将軍の下へ行き、フィルの声で事情説明という名の伝言をしてくれるはずだ。


「ありがとうございます! まさかレーベ将軍に直接お伺いを立てられるなんて思いもしませんでした! 本当にありがとうございます!」


 深々と頭を下げる青年の肩に手を置き、大変なのはこれからだろうと励ましていると、シャナがこちらに気がついた。


「あ、ごめんね。あっちの話も終わったみたい」

「ありがとう、シャナ。シャナに助言してもらわなかったら、私、本当に大変なことになってたと思う」

「困った時はお互い様だよ。気にしないで」


 シャナとユーリは、別れを惜しみながら、それでも「元気で」とお互いに気遣いの言葉で会話を終える。もう少し話をさせてあげたい気もするが、書き置き一つで城を飛び出して来た手前、今日中にこの国を出たいのもまた確かだった。


 シャナに向かって手を振るユーリを抱き上げたフィルは、再び空へ飛び上がり、一路、東へ向けて翼を広げた。ユーリの抱えた袋が風を受けてガサガサとうるさかったので、魔術で空気の膜をしっかり張って、風を遮断して。




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