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03.竜の尾を踏む

「こ、れは、フィル殿。いやなに、待望の番を見出したと聞いて祝福に参ったのだが、そなたが留守だったようなので、な?」

「……手伝いを拒んだのが裏目に出たか。――――王よ、番が一人で寝付いている部屋に、男三人で訪問するのがお前の礼儀か」

「ひっ、そ、そういうわけでは」


 慌ててユーリから離れた王と魔法使いを見て鼻を鳴らしたフィルは、つかつかとユーリの前へ来ると、手にしたトレイをテーブルに置く。


「何もされてないな?」

「……はぁ」


 何かされそうだったのを言うべきかどうか判断できず、ユーリは曖昧な返事をする。その様子に少しばかりの安堵をした王は、「二人の邪魔をするのもなんだな」と誰にともなく呟きながら、そそくさと退室しようとした。


「王よ」

「な、なんだろうか」


 フィルは険しい目で王を睨み付けていた。


「彼女の休息場所として城の一室を提供してもらったことは感謝するが、俺の不在を狙ったように押しかけたこと、やすやすと許されると思うな」

「だから、それは誤解だと言っているだろう」

「誤解かどうかは問題ではない。俺がいないと分かった時点で引き返す選択肢もあったはず。それなのに、ご丁寧に騎士と魔法使いを従えたまま、部屋に居座っていた。その事実は変わらん」


 蛇に睨まれた蛙のように真っ青になりながら、王は弁明を続けようとする。だが、そこにユーリが割って入った。


「あの……」

「どうした?」


 王に向けるのとは全く違った視線をまっすぐに受け、ユーリは目を瞬かせる。だが、このまま言い合いを続けられるのは、彼女にとっては不本意だ。


「お腹、空いてるので、食べてもいいですか?」


 ベッド脇のテーブルに置かれたトレイには、湯気の立つスープとサンドイッチが乗せられているのだ。空腹で目が回りそうなユーリは、とにかく早く食べたい。目の前にあるのに食べられないのは、むしろ苦行だった。


「あぁ、気が利かずにすまなかったな」


 フィルの注意が完全にユーリに向けられたのが分かったのだろう。王は「それでは、失礼する」と魔法使いを従え、騎士を回収して部屋を逃げるように退室していった。


「許す道理はないというのに、あれでは先が知れるな。……ユーリ、大丈夫だったか? あれらに触れられたり、変なことを言われたりはしていないか?」


 ちまっとした口でサンドイッチにかぶりつき、もぐもぐと何度も咀嚼しているユーリが可愛らしくて、フィルの眉が下がる。先程、王に対して向けていた険しい表情とは雲泥の差だった。

 なお、ユーリはパサパサでしかも噛みきりにくいサンドイッチと格闘していただけなのだが、フィルの瞳は番に向ける特有のフィルターがかかっている。


「触れられたり、というのはありませんでした。杖を突きつけられて、変なことは言われましたけど」

「なんだと?」


 フィルが怒りの形相を浮かべたのに、ユーリはさっぱり気がついていない。固いパンとの格闘に一生懸命だったこともあるし、魚の酢漬けのような具が意外と美味しかったこともある。何より、空腹を何とかしなければ、という思いが強かったのだ。それでも、噛まずに飲み込むようなことをしなかったのは、少しでも空っぽの胃の負担にならないようにと配慮した結果だ。


「食べ終わった後でいい。詳しく聞かせてくれないか」

「わかりました」


 見つめられていることに居心地の悪さを感じながら、ユーリは持って来てもらったサンドイッチとスープを全てお腹に収めると、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と感謝を述べた。

 フィルはそんな彼女の一挙手一投足を焼き付けるように凝視していた。心の中では、彼女がまだ少し熱いスープに息を吹きかけて冷ます度に「可愛い……っ!」と悶えたり、もぐもぐと動かされる口に「いつかあそこに俺の(以下自主規制)」と妄想したりと忙しなかったのだが、表には決して出さずに耐えた。何しろ番が同族ではなく人間なのだ。妙な動きをしてドン引きされるわけにはいかない。


「あの……、フィルさん」

「なんだろうか?」


 名前を呼ばれただけで昇天しそうになるのをぐっと堪え、フィルは優しく聞き返した。


「さっきから、何度か耳にしている『ツガイ』という単語なんですけど、どういうものなのか聞いてもいいでしょうか?」


 分からないことの尋ね方一つとっても控えめで、そこがまた可愛い、とやっぱり悶絶しそうになりながら、フィルはゆっくりと口を開いた。


「人間には馴染みのない言葉だから、知らないのも当然だ。俺のような竜人や獣人は、自分にとって最高のパートナーとなる異性を『番』として認識する特性がある。勿論、一生を終える間に番に会えないことも珍しくはない」


 そう簡単に説明をしたフィルだが、現実にはそれほど軽いものではない。獣人の番についてはどうだか知らないが、竜人にとっての番は、もっと重たいものだ。

 そもそも竜人とは、その名の通り、竜の特徴を引き継ぐ者たちの総称だ。祖先には古代竜がいたというが、それもあくまで口伝なので定かではない。今回、フィルが魔物の大侵攻という苦難において英傑と呼ばれる程の働きをしたように、戦闘能力という面では竜人は非常に優秀だ。その一方、その戦闘能力が暴走しやすいという弱点を持つ。自らの力に酔い、理性を失いひたすらに破壊衝動のままに動く――竜人は『血狂い』と呼んでいる――そういう状況に陥った竜人は処分される定めだ。事実、フィルも何度か危ないと感じる瞬間があった。

 それを引き留めるのが番なのだ。逆に言えば、番がいれば、どれだけ戦いを繰り返しても、人として戻る場所がある以上、必ず踏みとどまれる。そういう存在のせいだろうか、竜人は番を見つけると、いわゆる一目惚れの状態になり、そのまま溺愛コースまっしぐらになってしまうのだ。


「竜人や獣人……」

「あぁ、エルフやドワーフにも、そういった特性はないと聞いている」

「エルフやドワーフ……」


 目をキラキラさせて呟くユーリに、フィルは違和感を覚える。この反応は、まるで、人間以外の種族を知らなかったような。


(いや、まさかな)


 自分以外の種族を蔑視し排除する傾向がある集落は存在する。もしかしたらユーリも人間至上主義の中で他種族について教えられることなく育ったのかもしれない。だが、それにしては、竜人のフィルに対して忌避している様子が見えないのがおかしい。


「とりあえず、番については分かったか?」

「はい、教えていただいてありがとうございました」


 丁寧に頭を下げられてしまうと、なんだか他人行儀で寂しく思える。だが、それもこれから距離を縮めていけばいいだけのこと、と頭を切り替えたフィルは、再び不在中のことについて尋ねた。


「王からは何を言われた?」

「あの人、確かに偉そうでしたけど、王様だったんですね。……王様からは、えーと、ゴエイケツ?の番だから、色々準備がいるんじゃないか、とか、不足しているものがあれば用意する、とか言われました」


 王の発言を思い出しながら告げると、突然フィルがガッと彼女の両肩を掴んできた。


「王に言うぐらいなら俺に言え! 欲しいものぐらいいくらでも用意してやる!」

「あ、はい」


 突然、眼前に迫ったフィルの顔に、ユーリは目をぱちくりさせながら、こっくりと頷いた。そして、じっと彼の顔――にある鱗を見つめる。肌は人間のものとは違う質感だが、その中でも特に目の近くにいくつか硬質な鱗が浮き出ているのが不思議なようだった。


(まるで、イングリッドみたいに純粋な好奇心しか感じないな)


 熱心に見つめられていることを嬉しく感じるものの、少しだけ複雑だ。ただ、異人種に馴染みがないことは間違いないという確信だけが、より強まった。


「気になるのなら、触ってみるか?」

「え? あ、ごめんなさい。結構です」


 うっかり不躾に見つめてしまったことを恥じたのか、心持ち頬を赤くしたユーリを食べてしまいたい、と不埒なことを考えながら、フィルは彼女を見つめた。


「あの……、ご迷惑でなければ、なんですが」

「ユーリのことで迷惑に感じるようなことはない」

「はぁ、その、ですね。私、自分の荷物を取りに行きたくて」


 ユーリは、自身に住まいのないこと、店主に自身を売り込みに行く前に荷物を隠すようにおいてきたことなどを話した。その話の中に、手元に金銭もなく、飲まず食わずの状態で路地裏の影で仮眠をとったことも含まれており、聞き終わったフィルは、思わず彼女を抱きしめた。


「すまない……っ! 俺がもっと早くユーリを見つけ出していれば、そんな苦労をかけさせなかったのに!」

「えっと、フィルさんのせいでは、ありませんし……」


 回された腕をそっと外しながら、控えめに告げたユーリだったが、その瞳から不意にぽろりと涙がこぼれる。


「すまない! 突然抱きつかれて迷惑だったのだろう?」

「ちがっ、違います。あれ、なんで止まらないんだろう。ごめんなさい……」


 自身の涙を拭う指がみっともなく震えているのに気付いたユーリだが、震えも涙も止まらず、ごめんなさい、と繰り返した。

 女性に、しかも自分の番に泣かれてしまって、どうすればいいのかフィルは狼狽する。どちらかというと武を磨くことにばかりかまけてきて、女性の扱いなど知らないに等しかった。

 混乱したまま、とりあえず泣いているところは見られたくないだろうという結論に達し、自分の上着を脱いで彼女の頭から被せる。


「な、泣きたいときもあるだろう。それで涙を拭いても構わない」

「ありがとうございます……」


 すん、と鼻をすすり上げる音に、フィルの心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられた。何が理由かはまだ分からないが、こうして彼女に涙を流させる原因となったものを、決して許しはしない、と。




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