16.贈る意味
「あの……もし良ければ、なんですけど、選んで貰えませんか?」
目当てのアクセサリー店に着き、陳列された商品を一通り眺めた後にユーリが告げた言葉に、フィルは驚きに目を見開いた。
「いいのか?」
「はい、常識知らずの私が選ぶよりも、きっとフィルさんの選んだものの方が浮きませんし」
「だが、俺とて――」
「それに、その方が『贈られた』って感じがして良いと思うんです」
「分かった!」
本音は前者だったのだが、むしろ後者に食いつかれ、ユーリはその気迫に半歩後退った。
そんな彼女の様子にも気付かないようで、フィルは早速店員に駆け寄って、あれこれ話していた。ちょっぴり手持ち無沙汰になったユーリはせっかくだからと、どんなものがあるのか眺めていく。
(うーん、そこまでかけ離れているわけでもないのかな)
ユーリの元の世界の感性でも問題ないような装飾品がずらりと並んでいる。ピアスなどの針が太いようにも思えるが、竜人は頑丈だと言うし、そういうものなんだろうと納得する。ただ、自分では絶対にあの太さのものは付けたくない。もしフィルが持って来たら拒否しようと心に決めた。
(それでも、ちょっと不思議なものもあるのは、この世界ならではなのね)
ユーリが目を留めたのは、オプションメニューだ。どうも宝石には守護の力とやらを付与できるらしく、護身や身体強化、幸運など具体的な選択肢と付随する料金が並んでいる。しかもお高めだ。
と、そこで気付いた。もしかして、金に糸目を付けずに選んでしまうのでは、という可能性にだ。あまり高価なものを贈られても困ると、慌ててフィルに釘を刺そうとして周囲を見回した。
「ユーリ? ちょっといいか?」
見れば、ある程度の選定を終えてしまったのか、店員の隣に立つフィルが手招きをしている。遅かったか、と慌てて駆け寄ると金と銀が絡み合った環をベースに藍色の貴石が3つ程填まったものを見せられた。
「……ブレスレット、ですか?」
仕事中には付けられないデザインだな、と思いながらユーリが尋ねると、フィルは首を横に振った。
「いや、アンクレットだ。その、ユーリの好みに合うだろうか」
足首に付けるものか、と改めてデザインを確認する。貴石も楕円に研磨されているし、邪魔にはならなそうだ。だが、ふと疑問を感じて、フィルではなくその隣の店員に尋ねることにする。
「あの、アンクレットを付けたことがないのですが、身につける上での注意点や、それと、アンクレットを誰かに贈ることって何か特別な意味があったりしますか?」
「そうでございますね。こちらのデザインであれば、スカートやズボンの裾に引っかかるようなことはございません。歩く度に金属が擦れる音がいたしますが、そこまで大きな音ではございませんので、こちらは問題ないと思われます。――――あぁ、アンクレットを贈り物に選ばれる方は少なくございませんが、特に恋人に贈る場合には、『相手を繋ぎ留めたい』という意思表示と捉える方が多いですね」
淀みない店員の言葉を、うんうんと頷きながら聞いていたユーリは、最後の言葉に、思わずフィルを見た。すると、恥ずかしそうにしながらも、今度は視線を逸らさずに「……そういうことだ」と告げてくる。
「えっと、……あぁ、その、お値段はどのくら――――」
「土台に魔銀が使われておりますが、守護の付与をお客様ご自身でなさるということですので、それほどお高くはなっておりませんよ」
そう言って見せられた値札は、ユーリの許容範囲内だった。ギリギリではあるが。
「あまり高価なものだと、普段に使ってはくれないだろうと助言を貰ってな。俺としては、常に身につけてもらいたい」
そう強く望まれてしまうと、頑なに断るのも無粋な気がして、ユーリは勧められるままに試着をしてみる。パチリと金具を留めると、シュン、と環が収縮して足首にぴったりと寄り添うように締まった。驚いたのはユーリだけで、フィルも店員も当然のように眺めているので、そういうものかとユーリも自分を納得させる。この世界がいわゆるファンタジーの世界だということを、忘れていた。
「なんだかちょっと吸い付くような感じなんですね。金属特有の冷たい感じがないというか……」
「それは魔銀のおかげだな。金属が魔力を含んでいるから、人にも馴染むんだ」
それもまたファンタジー、と遠い目になりながら、ユーリはフィルに向き直った。
「これなら確かに邪魔になりそうもないんですけど、本当にいいんですか?」
「あぁ、よく似合っている。――――これをこのまま付けて帰りたいが、いいか?」
「えぇ、もちろんでございますとも」
「あと、守護の付与のために、奥を少し借りたいのだが」
「それでしたら、小部屋をご用意できます。少々お待ちくださいませ」
流れるようにやり取りがなされ、あれよあれよと口を挟む間もなくユーリは店の奥の小さなスペースに案内される。
「えっと、フィルさんが付与?というのをするんですか?」
「あぁ。自分の装備にも付与することもあるし、問題ない。――ユーリ、先程の俺の鱗を出してもらってもいいか?」
「あ、はい」
鞄から取り出した白銀の鱗を取り出すと、フィルはユーリを椅子に座らせ、その目の前に膝をついた。
「ちょ、えっ、フィルさん?」
「あぁ、すぐに終わるから」
「ではなくて、膝、膝が汚れます!」
「これか? 気にすることはない」
よりにもよって王族を目の前にひざまずかせる一般人ってどんなだ!とユーリは心の中でジタバタとする。
だが、フィルは自分の膝の上にアンクレットを付けたユーリの足を乗せ、そこに鱗を押しつけた。
ユーリに聞き覚えのある言葉――おそらく魔術言語――を呟くフィルの顔は真剣そのものだった。邪魔をしてはいけない雰囲気に、ユーリはぎゅっと口を閉じる。小声で早口だったので、聞き取れた自信はなかったのだが……
「障壁、反射、追尾……?」
「聞き取れたか。悪意ある攻撃を受けたときに、そのまま攻撃を『反射』して相手を『追尾』する『障壁』をな」
本当はここまでガチガチにする必要がないかもしれんが、と続けるフィル。だが、番の誓約をしない以上、守りに手は抜けないのだと続ける。
「すみません。私の我儘のせいで余計な手間を……」
「いいんだ。そんな用心深いユーリを、俺はそのまま守りたい。だから、ゆっくり考えてくれていいんだ」
「ありがとうございます……」
なんだか申し訳ないやらありがたいやらで、ユーリはすごく勿体ないことをしているような気分になる。
(もう頷いてしまっても、いいかな)
フィルのことは、王族だから畏れ多いという気持ちはあるが、嫌いではない。別れた元彼のことはとっくに吹っ切っている。
それでも素直に頷けないのは、このファンタジーな世界で、あまりにもうまく話が転がり過ぎているんじゃないかという、漠然とした根拠のない不安のせいだ。
(せめて誰かに相談できたらいいんだけど、周りはフィルさんの味方だらけだし……)
まさか、国王と王妃が第三王子であるフィルよりも、彷徨い人のユーリを優先させているとも知らず、ユーリは思い悩む。
(シャナに相談できたら良かったんだけど、さすがに遠いし、今はあっちも大変だろうし)
飛ばされてすぐの頃に、すごく世話になった獣人の少女を思いながら、ユーリはため息をついた。
・‥…━━━☆
「今日はすごく楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ。他に見たい場所はあるか?」
「大丈夫です。あ、でも、物価とか色々知りたいので、お店をひやかしながら帰ってもいいですか?」
「それぐらいなら問題ない」
この世界にどんなものが流通しているのか、その値段などをチェックしながら二人で手を繋いで歩く。竜人だらけの通りを歩くことにも慣れ、今後クレットに元の世界の話をするちょうどいい題材はないものかと考える。クレットの役に立ちたいというより、技術提供料が美味しかったのだ。このままフィルの隣にあり続けるにしろ、そうでないにしろ、先立つものは多いに越したことはない。
「……ル! フィルってば!」
先にその呼びかけに気がついたのは、フィルだったが、彼はその聞き覚えのある声に無視を決め込んだ。せっかくの初デートを邪魔されてはたまらない。だが、隣のユーリは、そうでもなかったらしい。
「あの、フィルさん、呼ばれていませんか?」
「気のせいだろう」
「でも――――」
小柄な人影は、人通りの多い通りで苦労しながら、二人に近付いて来ている。
「ちょっとフィルってば! アンタ、色ボケして耳をどこに置いてきたのよ!」
遠慮のない罵詈雑言に、無視したいなぁ、とフィルは願ったが、それは相手の方が許してはくれなかった。
「まったく、あたしを無視するってどういう了見よ!」
とうとう二人の目の前にやってきた人影は、びしっと人差し指をフィルに突きつけた。
・‥…━━━☆
「それで、イングリッド殿はどこに?」
「西棟にある来賓用の部屋を急遽整えさせまして、そこに」
「事前の連絡もなかったのに?」
「だからと言って、救世の英雄を城下に放置するわけにはいかないでしょう」
そこで会議室に集まった一同の視線は、卓に突っ伏したまま小さな声で怨嗟の念を呟き続けている、この国出身の英雄に向けられた。
「フィル、いい加減になさい。そもそもあなたの知り合いでしょう」
「そうは言っても母上。俺は、せっかくの初デートを、あいつのせいで、切り上げさせられて……!」
ユーリと初デート、しかも首尾良く贈り物を受け取ってもらえて、フィルは天にも昇る気持ちだった。フィルの瞳と鱗の色と同じアンクレットは、彼の独占欲の表れだ。だというのに、ユーリはそれを快く受け取ってくれて、しかも身につけてくれたのだ。単にユーリがそこまで重い想いの籠もったものだと理解していないだけだが。
そこに空気を読まず声を掛けて来たのがイングリッド――魔物の大侵攻でフィルと同じく五英傑と呼ばれるエルフの魔女だ。自分たちの里のこと以外は我関せずになりがちなエルフの中にあって、探究心旺盛な異端児。それが魔女イングリッドだった。
「まぁ、フィルからも蔵書を読ませる約束をした、とは聞いていたし、そのうち来るのだろうとは思っていたけれど、さすがに、ねぇ……」
嘆息したのはフィルの次兄、エクセだ。蔵書の担当は四男のクレットだが、来賓の接待ということであれば、外交を担っている彼が担当となる。
「そもそも、本当にこの城の蔵書を読みに来ただけなのかしら。あの子の素性が知れたとかではなく?」
「それはないと思います。城下で遭遇したときも、約束を果たしてもらいに来たとは口にしていましたが、隣にいたユーリのことは俺の番としか認識していないようですから」
そこは気をつけて観察していたので、間違いありませんとキッパリ告げるも、フィルは相変わらず机に伏したままなので、いまいち締まらない。それほど、ユーリとのデートを邪魔されてしまったことが堪えているのだ。
一向に立ち直る気配のないフィルを、エクセは苦笑しながら見つめた。番であるユーリという女性にはまだ会ったことはないが、よほど大事に囲い込みたいらしい。あまりにへたれているが、それでも家族しかいない場で気を抜いているだけで、外ではちゃんと取り繕っていることは分かっているので、もう誰も注意する気はなかった。
「それで、イングリッド様の対応についてですが……」
「そうだな。フィルの話を聞く限り、一番、彼女の存在を嗅ぎつけられたくないタイプのようだな」
国王は、ぐるりと居合わせた家族を順に見る。既に嫁いでしまった長女、まだこういった場に参加するには幼い次女、そしてまだ卵から孵らない末っ子はこの場にはいない。
「クレット、彼女に仕事を休んでもらうことは可能か?」
「そうですね。残念ですが、そうしていただいた方がいいのでしょう」
どんな拍子にユーリが彷徨い人だとバレるか分からない。接触は可能な限り避けた方がいいのは明白だ。四男は素直に頷いた。
「フィル。イングリッド殿はお前の知己だ。基本的にお前が案内しろ。余計な場所に行かぬよう、きっちりとな」
「……勿論です。父上。ユーリに興味を持たれてはたまりませんから」
監視だと分かっているのだろう。フィルも突っ伏したままでありながら、了承の返事を告げた。
「あら、そうするとあの子はどう過ごすのかしら? 暇を持て余してしまうのではないの? 」
「それならば母上、チヤと一緒に学ばせるのはどうでしょう。もちろん、チヤに対する講義の聴講という形での参加ですが」
王妃の懸念に案を出したのは次男エクセだ。チヤはまだ成人していない次女だが、何かあったときのために王族の近くにユーリを配しておくのは悪い話ではない。
「だめだ!」
フィルは机を叩くようにして起き上がる。
「チヤとユーリを会わせるなんて、絶対にだめだ!」
「どうしてだい、フィル。彼女は常識に疎い自覚があるから、積極的に学びたがっていると聞いたが、それだけ反対するのなら納得のいく理由があるんだろうね?」
「チヤは俺のことを『脳筋兄上』などと呼んでいるんだぞ? ユーリに会わせたら、あることないこと喋るに決まっているだろう!」
フィルの声に各々が次女の言動を思い浮かべ、そして全員一致(ただしフィルを除く)でエクセの案が採用されることになった。ちなみにフィルだけでなく、クレットのことも『根暗兄上』と呼ぶチヤ王女だが、長兄、次兄、そして嫁いでいった姉にはそのように軽んじる素振りはいっさいない。評価が厳しいというより、下二人の兄の威厳がなさ過ぎるだけだろう。




