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11.彼女の就職相談

「ごめんなさいね、話を続けましょうか」


 青の間では、ユーリは国王夫妻を目の前に緊張で固まっていた。とりあえず不敬に当たらないように、と必死で頭を回転させているが、常識も何も違うのでどんなことが不敬に当たるのかも分からない。唯一頼れるフィルが、王太子に連れて行かれてしまったのも痛い。


「ユーリさん、と呼ばせてもらってもいいかしら? あなたが働きたいというのは、歓迎するわ。番の存在しない――特に人間の中には、番に選ばれたことで傲慢な振る舞いをする人もいるものだから」


 王妃の話を、コクコクと頷くユーリは、もはや相槌で声を出すことすら萎縮してしまっている。


「でも、フィルも腐っても王族だから、どうしてもあなたが弱みになってしまうの。だから――――」


 まさか、潔く身を引けとかそういう……と続く言葉に戦々恐々としていたユーリを追い詰めるかのように、コンコンというノックの音が響いた。肝心な所がお預けになった形となり、ユーリの胃がシクシクと痛み出した。


「クレットです。フィル兄上が戻られたと聞いたのですが」

「あぁ、クレット。遅かったわね。フィルならもう軍部の方へ行ったわ。……でも、丁度良かった。あなたに紹介しようと思っていたの」

「はぁ、失礼します」


 入って来たのは、フィルを伴って退室した王太子と似た顔立ちながら、随分と覇気の足りない竜人だった。


「クレットも来たのなら、余は執務に戻るか。――――あぁ、お嬢さん。アレへの説教を優先して、ちゃんと言えてなかったが、余は貴女を歓迎するよ」

「まるでわたくしが歓迎していないような口振りですわね、陛下?」

「おっと、失言だったな。厳しいことを言っているように聞こえるかもしれないが、妻ももちろんお嬢さんを歓迎しているからね。そこのところは誤解しないように」


 国王というよりは、近所のおじさんに近い雰囲気を醸し出したな、とユーリが親近感を覚えた矢先、彼は部屋を出て行ってしまった。代わりに先程まで国王のいた場所に、クレットと呼ばれた竜人が座る。


「これはクレット。フィルのすぐ下の弟よ。――――クレット、こちらのお嬢さんはフィルが連れて戻ってきた番のお嬢さんなの。そこまではあなたも聞いていたでしょうけど、どうも彷徨い人のようなのよ」

「え? 彷徨い人! 本当に!?」

「落ち着きなさい、クレット。……まったく、あなたも真逆の方向ながらフィルにそっくりなのだから」


 自分の興味のあることにばかり食いついて困ったこと、と王妃が嘆息する。


「ごめんなさいね、ユーリさん。あなたがフィルの番である以上、働くのならば、わたくしたちの目の届く所でお願いしたいの」

「あ、はいっ! 私は働き先が見つかるのであれば、異存はありません」


 身を引け、とか、出て行け、という言葉でなくて良かったと、ひっそり安堵したユーリだったが、続く王妃の言葉に、ぎゅっと喉の奥が詰まりそうになった。


「それで、あなたに合った仕事を斡旋するために、元々居た世界のことと、あなたがしていた仕事のことを話してもらってもよいかしら?」

「……」


 ユーリの唇が震えた。口を開いては、言葉を飲み込むようにまた閉じる。それを何度か繰り返すうちに、指先まで小刻みに震え始めた。


「わ、たしのいた、せかい、は――――」


 それでも何とか声を出したが、その声は無様に震えてとても聞き取りにくいものになっていた。そして、とうとうその黒檀のような瞳からポロポロと涙がこぼれはじめる。


「す、すみませっ、な、なにから話せば、いいでしょうか……っ」


 涙をこぼしながら、それでも懸命に答えようとするユーリを見て、女性にほとんど免疫のないクレットがおろおろと彼女と隣の王妃を交互に見る。


「そうね。とりあえず涙を拭いて、お茶を飲みなさい。わたくしもクレットも今日は時間が空いているから、話はその後で構わないわ」


 隣のクレットがぎょっとして「いや僕は今日中に読んでおきたい本が……」と言いかけたが、王妃に目配せされて口をつぐむ。


「だから、とりあえず、そのお茶をどうぞ? スッキリとした飲み口でわたくしのお気に入りなの」


 王妃の温かい気遣いに、ユーリはハンカチで目元を押さえながら、こくりと頷いた。



・‥…━━━☆



 フィルさんにも話したんですが、私が住んでいたのは地球という宇宙に、えーと、真っ暗な空間に浮かぶ惑星の中の小さな島国です。その国だけで人口は1億人、地球全体では70億人ほどが住んでいます。空の高いところから映した映像が公開されていて、地球全体の地図も簡単に手に入ります。


 地図が読めるか、ですか?

 少なくとも私の国では6歳から9年間は子どもに教育を受けさせる義務があって、読み書き計算、地理や歴史、物理法則とかを教えられていました。そこからさらに3年から7年、人によっては9年ぐらい学校に通って、そこからようやく本格的に職に就くような感じでした。


 私ですか?

 4年制の大学、えぇと、22歳まで学校に通って、それから会社――大きな商会のようなものでしょうか、そこでプログラム……うぅ、どう説明すればいいんでしょう。機械、カラクリ? 人間の代わりに複雑な計算をしてくれる道具に対して、処理の手順を組み込んでいた、という説明ぐらいしか思いつかないです。


 人間以外?

 いえ、獣人とか竜人とかはいません。明確な意思の疎通が図れるのは人間だけで、騎獣みたいな、って言っていいのかは分かりませんが、動物という鳥とか四つ足の獣とか魚とか、そういう種類はたくさんいました。


 ここへ来る直前……そうですね、ちゃんと記憶はあります。

 情けない話になってしまうんですけど、ちょうどその日、1年以上付き合っていた彼氏と別れまして。

 ……理由は、その、もっと家庭的な女がいいとかそういう意味の分からないものでした。洗濯は洗濯機に任せればいいし、料理だって簡単なものなら問題ないのに、何を言うのかと思えば、要は簡単な話で、手芸が趣味の新しい女ができたらしいんですよ。そんな浮気男はこっちから願い下げなので、すっぱり別れることにしたんです。

 そうですね、その判断は間違っていないと言っていただけて嬉しいです。

 そのままムシャクシャした気持ちのまま、帰りに本屋に寄って、手芸関係のハウツー……えぇと、初心者向けの指南書を買い漁って、ついでに百均……色々なものが安く揃えられる雑貨屋さんで、手芸道具とか材料を買って、さて帰ろうと思ったら、全く知らない路地に迷い込んでいました。

 そうです。おっしゃる通り、そのときにはもう、こちらの世界に来ていました。幸いにも親切な人に巡り会えたので、その人の助言に従って働き先を探していたところに、フィルさんに出会って、今に至ります。



・‥…━━━☆



「前触れなく迷い込む、という話は本当だったんだ……。僕も彷徨い人についての文献で読んだだけだけど、実際に体験した人から聞くと、信憑性が増すんだね」

「クレット、しばらく口をつぐんでいなさい。――――ユーリさん。突然にそんな目に遭ってさぞや大変な思いをしたでしょう。2、3日ぐらい、ゆっくり休んでおいてもいいのよ?」

「え? とんでもありません! だって、ここまでだってフィルさんにおんぶに抱っこだったんですよ? 少しでも早く働いて、騎獣のレンタル代や、宿代なんかをきっちり返さないと」

「そこはもう奢ったつもりでいると思うけれど、でも、そうね。返済した方が、ユーリの心の負担にならないというなら、わたくしも応援するわ」


 王妃の提案に、ありがとうございます、とユーリは深々と頭を下げた。その様子を見ながら「番なのだから、気にする必要はないのに」とクレットがボヤくのを、王妃が肘で突っついて黙らせる。


「話を聞く限り、あなたが前の世界で学んでいたこと、仕事としていたことを生かせる仕事、というのは、すぐに探すのは難しいわ」

「やっぱり、そうですか……」

「でも、ユーリさんのできる仕事はあるのよ。そのためにクレットをここに座らせているの」


 きょとん、とした様子のユーリが、クレットに視線を移す。

 黙れと言われたが、ようやく声を出してもいいらしい、と判断したクレットは口を開く。


「話をする前に確認しておきたいんだけど、過去の彷徨い人は意思疎通に苦労しない――要は、どんな言語でも聞き取り可能って聞いたんだけど、本当かな?」

「フィルさんにも言われましたが、確かに言っていることを理解できています。そのおかげで、魔術言語?も意味が分かりました」


 ユーリの答えに、クレットは「ふぅん?」と顎に手を当てて考える素振りを見せた。


「それなら……『1+1は?』【母上のお茶は美味しかった?】[今日の天気はなんだろう]って言われて分かるのかな」

「はぁ、『計算の答えは2で』【お茶は爽やかな飲み口で好みの味でしたし】[空は雲が多いみたいです]」


 ユーリにとってみれば、質問ごとにイントネーションが違うから、それを合わせた方がいいのかな、という配慮をしただけだったのだが、横で聞いていた王妃は目を丸くして聞いていた。


「なるほど、すごいね。それなら文字の読み書きはどう?」

「ここへ来る途中の街で見た看板などは、ちゃんと読めましたけど……」


 ユーリが自信なさそうに答えるや否や、前触れなく立ち上がったクレットが、青の間に備え付けのライティングデスクから筆記用具一式を引っ張り出して戻って来た。目の前で二つほどの文章をさらさらと書いてユーリに差し出す。


「え、……と」


 差し出されたのは、ガラスで出来たペンとインク壺だった、ボールペンという文明の利器に慣れ親しんでいたユーリは、先程のクレットの動作を思い出し、おそるおそるクレットの書いた字の隣に、拙いながらも文字を付け足した。


「これは……すごい! 字はちょっとアレですが、本当に読み書きできている! あの記述は真実だったということなんだ! それなら、失われたポポニ碑文の解読も夢じゃない! 兄上はなんて素晴らしい人材を連れてきてくべばっ!」


 王妃は迫力のある微笑みを浮かべたまま、隣で暴走するクレットをひっぱたき、「研究のことになるとたまにこんな暴走もあるけれど、基本的には無害だから気にすることはないわ」とユーリに説明をした。ユーリは賢明にも、頭を押さえたままぴくりとも動かないクレットから視線を逸らすことにした。


「もしユーリさんが良ければ、クレットの所で翻訳の仕事をしてみる気はないかしら?」

「翻訳、ですか。私なんかに務まるでしょうか」

「大丈夫よ。クレットがこの様子なのだから、問題なく実務に堪えうる水準はクリアしているわ。それに、正直なところ、ユーリさんにはしばらく目の届く所に居て欲しいの」

「それは、私がフィルさんの番、だからですか?」

「そうね。ただ、問題はフィルの番、というよりは、フィルの番であることが広く知られてしまっていることなの」

「知られていることが、ですか?」

「フィルは元々、軍部の長官として周辺国に睨みをきかせていたわ。そして、今回のことで五英傑という称号まで得てしまった。恨みや嫉みを買っても、フィル自身に危害を加えようという輩はいないのよ。返り討ちに遭うことが明白だから。でも、あなたという存在ができたことで、フィルは強くも弱くもなったわ」

「……私が人質に取られる可能性がある、ということですか?」

「それで済めばいいのだけれど。最悪の想定をしたらキリがないわ。――ごめんなさいね、怯えさせるつもりはなかったのだけど、できれば認識しておいて欲しくて」


 王妃からすれば、シュルツの王の愚行を広めたことが悪手と言えた。フィルは彼の王が番を盾に取ろうとしていたことが許せず、色々な国に対して警告を送ることで報復を考えたのだろうが、それは結果として、フィルが番を得たことを周知することに繋がった。

 王妃は少し青ざめた様子のユーリに同情する。突然、見知らぬ世界に迷い込んだこともそうだが、考えなしの息子のせいで命の危険に遭うかもしれないのだ。元の世界の話を聞けば、随分と危険の少ない世界だったようなことも、その同情に拍車を掛けていた。


「――――あの」


 自分の中で情報の整理がついたのか、口を開いたユーリの目はまっすぐに王妃に向けられていた。


「前向きに検討したいので、詳しい雇用条件について聞かせていただいてもよろしいでしょうか。あと、住まいについて相談させていただきたいのと、可能なら、どなたか私にこの世界の一般常識を教えてくださる方を紹介していただけないかと……」

「そうね。そこは確かに重要ね。――――クレット、あなたはいくらでこのお嬢さんを雇うつもりなのかしら?」


 見た目はもっと幼いと思っていたけれど、予想以上にしっかりした考え方をしているようだ、と王妃はユーリの評価を上方修正した。番という立場に驕ることもなく、この世界で独り立ちする方法を模索する姿は好ましい。


(……でも、きっとあの子は許さないわね)


 同じ城内だというのに、こうして離れることすら拒んだのだ。あの三男坊がこうして自立心旺盛な彼女を円満に繋ぎ止めることができるのか、母としては少し不安だった。




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