元お飾り王妃は留学生の優しさに触れる
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「お~い、フライア嬢!」
ブラッド様とお友達になってから、早一週間の日が経ちました。ブラッド様は留学生のクラス、私は一般の特進クラスということもあり、クラスこそ違いますがそこそこお会いしております。……というか、一日一回は会っております。現状報告ばかり、ですけれどね。
私たちがお友達になって、二日三日は私たちの中を怪しむような声も聞こえてきました。しかし、一週間もたてばほかの噂に紛れていきます。それこそ、女性教師と名門伯爵家のご子息の熱愛! みたいな噂で、私たちの噂は勝手に掻き消えましたよね、えぇ。
「ブラッド様。少々お待ちくださいませ」
それに、私たちの間に甘い空気が一切ないことも、噂が早く消えた要因でしょう。私たちの間に漂う空気は普通。恋愛感情をどちらかが持っていれば、どことなく甘い空気になってしまいますから。まぁ、私たちには関係ありませんが。
私は荷物をまとめて教室を出ていきました。本日の授業は終了しております。今からは、帰るだけ。ブラッド様は学園内にある寮に住まわれているそうですが、私は自宅から通学しております。
(授業も、二回目ともなればそこまで苦労することはないわね)
さらに言えば、授業を受けるのも二度目ということもあり私はそこそこ上位の成績をキープ出来ておりました。一度目の時間軸の時は特進クラスの中の上辺りだったのですが、今では上の上をキープ出来ております。それは、素直にうれしいことですね。……さすがに、特待生には敵いませんけれど。
そんなことを思いながら、私はブラッド様と廊下を歩きながら会話をします。内容は貴族の情勢についてや、留学生のことなどがメイン。後は、フロイデン王国のこととかも聞きますかね。だって、万が一亡命することになったら重要な情報じゃないですか。
「あー、そういえばさ、フライア嬢。今日、留学生のクラスに面倒な女が乱入してきたんだよな……」
「面倒な女性、ですか?」
「あぁ、クラスは一般の通常暮らすみたいだが……なんでも、ランプレヒト男爵家の令嬢、とか名乗ってたような……」
「……」
ランプレヒト男爵家のご令嬢と言えば……あの人しか、いないじゃない。
――シンディ・ランプレヒト。
その人こそ、この王国の「六人目の聖女」と呼ばれ、イーノク様を誑かした張本人。自分勝手で、よく私のことを虐めてきましたっけ。ですが、それは決して表には出さず、自らが被害者だとおっしゃっておりました。もちろん、名演技付き。その結果、私は王宮内で孤立しておりました。つまり、私が王宮で孤立していた原因は、イーノク様ではなくイーノク様の愛する妃シンディ様だったのです。
「おい! フライア嬢!」
だから、その名前を聞いた時私はめまいに襲われました。そのまま、床に座り込んでしまう。頭が、痛い。胸も、苦しい。嫌だ、いやだ、いやだ。そう、思ってしまう。
『あらあら~、愛されないお飾りの王妃様は、またお仕事? 可哀想に~』
『だ、だって……フライア様が、調子に乗るなって、私に果実水をかけてこられて……!』
そんな言葉を、投げつけられた。その度に、私に対する周囲の視線は厳しくなるばかり。どれだけ必死に私が仕事をしても、認めてもらえない。『六人目の聖女』なんて彼女は呼ばれていたけれど、中身はただの自分勝手な女だった。なのに、私以外あの人の本性に気が付いている人は……ほとんどいなくて。いたとしても、あの女がみなクビにした。私の味方だった人は、すべて、あの女がイーノク様に頼んでクビにしていた。
「フライア嬢? 大丈夫……じゃ、ねぇよな。顔、真っ青だ」
私の脳内に響き渡る、シンディ様の声。もしかして……私が、違う道を辿ろうとしているから? だから、また邪魔をしようとしているの? また、私を孤立させるの? 嫌だ、いやだ、いやだ。もう、あんな目には……遭いたくない。私って、こんなにも弱かったっけ? こんなにも、涙もろかったっけ? そう、思ってしまうぐらいだった。
「フライア嬢」
だけど、混乱する私の元に届いた声は……私を気遣うような声で。私はゆっくりと瞑っていた目を、開けた。すると、そこには私を心配そうな視線で見つめてくださり、支えてくださるブラッド様がいて。
「……フライア嬢。医務室まで、連れて行ってやる。その後、屋敷から迎えを頼め。普段帰る時間よりも早いが、仕方ない。顔色、真っ青だからな」
そんな優しいお言葉を、かけてくださる。声音も、言葉も、ぶっきらぼうだけれど。でも、おっしゃっていることはお優しい。この人、本当にかなりまともなお方なのね。
「……は、い」
だからこそ、私はブラッド様のそのお言葉に甘えることにした。ゆっくりと立ち上がり、ブラッド様に支えられながらも医務室に向かう。そのころには、胸を襲う締め付けるような痛みも、酷い頭痛も、ある程度は消えていた。