元お飾り王妃は留学生と会話をする
「ぜ、絶望、って……」
意味が、分からなかった。だって、この時の私はまだ希望に満ちた十五歳の私で……。あぁ、そっか。私は逆行転生をしている。だから……この時の私も、二十五歳の過労死したフライアの記憶に引っ張られてしまっているのだろう。そう、理解した。
「絶望一色って感じ。その金色の目には、昏い影が宿っている。……俺には、そう見えるけれど? 王太子の婚約者って、そんなにも大変なの?」
ブラッド様は軽々しくそんなことを、オブラートにも包まずに問いかけてこられる。……大変とか、大変じゃないとか。そう言うことじゃない。確かに、大変なのは大変だ。でも、私が一番嫌なのは……捨てられると分かっているのに、未だにイーノク様と婚約しているという現状。
「……いろいろ、ありますから」
本当の気持ちを、本当の想いを見抜かれた。そう、思ったからかもしれない。私は、動けなくなってしまっていた。その場で足が固まって、動かなくなる。ブラッド様の真っ赤な目に宿った感情は、「興味」だと思う。その好戦的な表情からは……何の感情も読み取れない。少なくとも、私はそう思う。……そして、もしかしたらブラッド様は、私の打算的な感情も読み取っているのではないか。そう、思ってしまった。
「そっかそっか。……まぁ、俺の知ったことではないし、お前とは今日が初対面だし。だけど……」
――あんまりため込んだら、精神的に死ぬぞ。
ブラッド様は、私の目をまっすぐに見つめてそうおっしゃいました。……そう、ですよね。ため込んで、ため込んで。爆発することもできずに、死んでしまったのが二十五歳の私。それが、分かっているからこそ今回の人生では違う道を選ぼうとしている。そう、決めていたはずなのに。
「ははっ、図星って感じ?」
ブラッド様はそんなことをおっしゃって好戦的に笑われる。……このお方は、何故こんなにもずけずけと人の気持ちに入ってこられるのだろうか。だけど……不思議と、不快な気分にはならなかった。多分、こんな風にまっすぐなお方の方が好感が持てるということだろう。歪んで、ひねくれた人よりも。ずっと、ずーっと信頼できる。
「まぁ、俺って結構ここにいるからさ。何かあれば、来れば? フライア嬢を観察するのは面白そうだし。……木の上で過ごしていること、多いからさ。あ、でも揺らすのだけは勘弁してくれよ」
それだけをおっしゃると、ブラッド様は私の元から立ち去ろうとされる。……何かあれば、来ればいい、ですか。……ブラッド様が、どうしてそんなお言葉を私にかけられたのかは分かりません。しかし、そのお言葉に甘えたいという気持ちは少なからず、ありました。だって、イーノク様は頼りにならないどころか私の心労の原因ですし。
「……ブラッド様!」
そう思ったら、私はブラッド様を呼び止めておりました。その後、ブラッド様の視線がこちらに向けられる。……その瞬間、私たちの間に吹き抜けるのは強い風。……でも、そんなこと気にもしていられない。
「……ブラッド様。私、貴方にお願いがあります」
だから、私はそう続けた。ブラッド様に、一つだけお願いしたいこと。それを、伝えたいから。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ブラッド様はこっちに顔を向けてくださいました。……言わなくちゃ、言わなくちゃ。もう、あんな目に遭わないために。何とかして……私の未来を、変えるために。
「――ブラッド様。私と、お友達になってくださいませんか?」
私は、そう言っていた。ブラッド様だったら、きっと信頼できる。そう、思ったから。前の時間軸で私はブラッド様と全く関わっていない。そのため、ブラッド様との関係を変えてどういう風に未来に変化が起こるのかが、一切理解できない。でも、彼だったら少しだけ心を許せる気がした。それだけ。
ブラッド様は私のお願いを聞いても、眉一つ動かさない。ただ、私の目をまっすぐに見つめてこられるだけ。……居心地が、悪い。でも、視線を逸らしたくない。これは、試されているということ。そう、私は思っていた。
「……いいねぇ、その何かを決意したような目。……いいぜ、面白そうだしその提案に乗っかってやろうかな。お前、これから何かを起こすかもしれねぇし。……その『何か』を一番近くで見られるのならば、それ以上に退屈しのぎになることはねぇからな」
「それは……肯定のお返事ということで、よろしいのですか?」
「当り前だ。……あの王太子、俺的にはいけすかねぇからな。お前を一緒に朽ち果てさせるのは、もったいねぇ気もするし」
――俺がお友達になってやるからさ、面白いものを見せてくれよ、フライア嬢?