元お飾り王妃は『フランツ』のボスと対面する
「フライア・ディールスです」
固まっていた私は、現実に戻ってすぐにゼノさんに自己紹介をする。
彼は好戦的な笑みを崩すことなく、私のことを頭の先からつま先まで品定めするように見つめてくる。その視線は居心地がわるいはずなのに、なぜか不快感は感じない。
「王太子に捨てられた女――とかいうからさ。どんなクソが来るのかと思ったけど、それなりにいい嬢だな」
「それは、褒めてくださっているのですか?」
「俺なりにな」
ゼノさんは私ににやりとした笑みを向けてくる。ゼノさんも、私とイーノクさまの関係が破綻していることを知っているのですね……。どこまで伝わっているのか、ちょっと不安。
私がゼノさんの真っ赤な瞳を見つめていると、彼はわざとらしく唇の端をあげた。
「つーか、あんまり俺の目は見ないほうがいいぞ。俺、吸血鬼の血が入ってるから、まじまじと見てたら魅了しちまうからな」
「っ!」
慌てて目を逸らそうとするのに、ゼノさんは私の顎をつかむ。
そして、私とまっすぐに見つめ合う。先ほどの言葉と、真逆の行動をしないでほしい。
真っ赤な瞳を見ていると、徐々に吸い込まれてしまうような感覚に襲われる。頭がぼうっとしていく。
目を逸らさなくちゃ。逸らさなくては――大変なことになってしまう。頭ではわかっているのに、逸らすことができない。
「ゼノ! あまりフライアさまにちょっかいを出さないでください!」
「……あ」
シリルさまが私の前に手を出して、視界を遮った。
そのおかげで、私は現実に戻ってくることができた。今の、なに?
(あれが、魅了――?)
これがゼノさんの言っていた魅了ということ?
『魅了』とは、禁忌の力と呼ばれているもの。今はほとんど滅んでおり、魔族しか使えないらしい。
「ちぇっ。この嬢俺の好みだから魅了してやろうかと思ったのにな」
拗ねたような口調で文句を言いながら、ゼノさんは自身の手についた血を拭っていた。対するシリルさまは「ゼノ!」と叫んでいる。魅了は禁忌の力。……易々と使ってはいけないのだと思う。
「しかし、やっぱり裏の世界が活性化しているな。『ルート』のやつら、六人目の聖女という後ろ盾を得たからか、好き勝手してやがる」
不意にゼノさんがつぶやいた。
「まぁ、あいつらは元から気性が荒いやつらの集まりだからね。今までは見逃してたけど、そろそろ本気で仕置きしないと」
「だな。このままだと、表社会にまで出かねない。裏の世界で生きているやつが、表に出るなんてご法度だ」
ゼノさんとサディアスさんの会話の意味は、私にはよくわからない。
かろうじて『裏社会の活性化』とか『表社会にまで出かねない』というところはわかるけど、それ以外はさっぱり。
……まぁ、『ルート』や『フランツ』を知ったのもつい最近だし、仕方がないといえば仕方がないのかも……。
「『ルート』の傘下にもできるだけ仕置きをしておきたいですね。そうなると……はぁ、いろいろと面倒ですが手を回さなくては」
シリルさまは、私の視界を手で遮ったまま、言葉を発する。
もうゼノさんのことを見つめたりしないので、できればそろそろ手をどけてほしいのですが……。
「そうですねぇ。ニールやナイルからの情報でも、結構ヤバイ人たちがいるみたいですし」
「『フランツ』のほうが実力は上なのに、舐められてる気分だよ」
キャロラインさんとサディアスさんも口々に言う。
やっぱり、お話についていけないのは私だけみたいだ。
――ところで、私はここにシンディさま対策で呼ばれたのですよね?
なのにお話についていけていないのは……少々、不本意です。しかし、仕方なくもある。
「はぁ、とりあえずグレーニング邸で作戦会議といきましょうか。ナイルとニールも呼びましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
『あること』に思考がたどり着いて、私は慌てて口を挟んだ。
わからないため、できるだけ口は挟まないでおこうと思っていた。けど、どうしても聞いておきたいことができてしまった。
なんというか、それって――。
「ま、まさかとは言いませんが、メンバーって、その。あまり多くはないのでしょうか?」
ゼノさんとサディアスさん。キャロラインさんにシリルさま。今の話の流れだと、あとはニールさんとナイルさんを合わせただけの六人で行う気がする。あ、もちろん私は自動的に省きます。
「そうですね。表立って行動するのは、ここにいるメンバーにニールとナイルを合わせた六人だけでしょう。残りのやつらは後方支援に回ってもらおうと思っています。……どうです、ゼノ?」
「これだけいたら上等だろ」
まさかのまさかで。本当にこれだけのメンバーで殴りこみに行くそうです。
なんだか私、頭が痛くなってきました。二度目の人生にして、マフィアの抗争にかかわることになるとも思っていませんでしたし……。というか、だれが想像するのでしょうか? 少なくとも、私は想像していません。
(――大丈夫、よね?)
不安でいっぱいになりながら、私は大きく息を吐いた。




