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元お飾り王妃は『フランツ』のボスの凄さを実感する

 **


 しばらくしたとき。馬車が急停止した。窓の外を見ても、ここはグレーニング侯爵家があるあの路地裏には見えない。もしかして、なにかあったのだろうか?


「どうしたのですか?」


 怪訝に思う私たちを代表して、御者に声をかけたのはキャロラインさんだ。すると、御者は言いにくそうに口ごもる。なにかトラブルでしょうか? そういえば、ここら辺は――私が襲撃された場所の近くです。


「う~ん、ここら辺は治安が悪いからね。ちょっと待ってて、俺、見てくる」


 サディアスさんが馬車を颯爽と降りていく。


 大丈夫でしょうか? 不安を抱く私に向かって、キャロラインさんは微笑みかけてくれた。


「あの人ああ見えて強いので大丈夫ですよ」


 そりゃあ、サディアスさんが強いのは見当がついてるけど……もしも、相手が複数だったら? 不安は尽きない。


 なんて考えていると、サディアスさんが戻ってくる。彼の表情はなにやら楽しそうで。……無性に嫌な予感がした。


「強盗みたいだよ。近くにあった馬車が狙われたみたい。……でも」

「――でも?」

「ゼノさんが来てトラブルの処理してるみたい。あと、相手は『ルート』のメンツみたい。見学していく?」


 心底楽しそうな声だった。


 け、見学、ですか? 争いごとを見学するなんてありえない。


 私の気持ちを無視して、キャロラインさんは手をパンっとたたいた。


「いいですねぇ」


 賛成するなんて、正気なのだろうか?


 そりゃあ、キャロラインさんやサディアスさんは抗争に慣れている。でも、でも。私には刺激が強すぎる。


「ちょっと待ってください。今、ここにはフライアさまがいらっしゃるということを忘れているんですか? そんな、血みどろの争いを見せるわけには――」

「大丈夫だって。血を流しているのは『ルート』のメンツだけだからさ。――おいで」


 シリルさまの静止も聞かずに、サディアスさんが私の腕をつかみ、強引に馬車から下ろす。


 続くようにキャロラインさん、シリルさまと馬車から降りる。ここは間違いなく、私が以前襲撃を受けた場所の近くだ。


「ほら、あれ。あれが――ゼノさん」


 サディアスさんの指さす方向を見る。……遠すぎて、あまりはっきり見えない。


 ただ、トラブルが起こっていることはわかる。そして、なにかやっているみたいだ。


「見えないかな? じゃあ、もうちょっと近づいてみようか」

「おい、サディアス!」

「大丈夫。それに――いざとなったら、俺たちがついてるんだし。俺はこの命、フライアさまに捧げてもいいって思ってるよ。……シリルさんは違うの?」


 まるで挑発だった。


 いや、あの。正直、重たいので命までは捧げないでください。自分の命はご自身のためにあるのですから。


「はぁ、わかりましたよ。フライアさま、俺たちから離れないでください。『ルート』は気性が荒いメンツばかりですからね」

「は、はい」


 私はシリルさまにそれだけを返す。正直やっぱり怖い。でも、ほんのちょっぴり好奇心がうずく。


 好奇心は命を落とす原因になるという。きっと、好奇心が原因で死んでしまった人は、こういう気持ちだったのでしょう。


 私たちはゆっくりトラブルの場所に近づいていく。遠目ではわからなかったことが、徐々に見えてきた。


 まず、争っているのは複数の人間と一人。それだけでも異常なのは私にもわかる。……それ以上に異常だったのは、優勢なのが一人のほうだということ。


「ふぅ~、さっすがゼノさん。一人で百人くらい相手にできるっていうのは本当かもね」

「まぁ、あの人って人間離れしてますし」


 キャロラインさんとサディアスさんの会話を聞きながら、私は目を凝らした。


 人って、あんなにも吹き飛ばされるんだなぁ……。


 現実逃避をしながら、私はじっと見つめる。視線を逸らしたいはずなのに、鮮やかな動きからつい見てしまう。


「ちっ、おい、引き上げ――」

「――こっちのテリトリーに勝手に入ってきて、逃がすかよ」

「ひぃっ!」


 数人が逃げようとこちらに向かって走ってくる。でも、逃げることは叶わない。


 だって、後ろから蹴り飛ばされたから。あぁ、人ってあんなにもきれいに飛んでいくのね……。


「――サディアスにキャロラインじゃねぇか。なに突っ立ってんだよ」

「いいえ、なんでもありません。ちょっと社会科見学に」

「見学だなぁ? 面白いことなんてなにもしてねぇよ」


 複数の人たちをあっさりと倒してしまった人は、私たちに気づいて声をかけてきた。


 手から滴るのは汗ではなくて血。その手で漆黒色の髪をかき上げながら、真っ赤な瞳で私たちを見る。


「おっと、一人見慣れない小娘がいるじゃねぇか」

「うん。この子が前に話していたフライアさま。……うちの問題を解決するのに手伝ってもらおうと思ってさ」


 サディアスさんは、私の背中を押した。


 彼の真っ赤な瞳と視線が交わる。どうしてだろう。逸らせない。まるで、魅了みたい。


「どんなのが来るかって思ってたら、まぁまぁマシなやつだな。よぉ、小娘。俺はゼノ。こいつらの仲間――つーか、ボスだな」


 私を見たゼノさんは、好戦的な笑みを浮かべた。

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