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元お飾り王妃は兄と留学生の会話を聞く

「……はぁ?」


 ブラッドさまのそんなお声が、私の耳にも届いた。


 その声はひどく驚かれているよう。……もちろん、私も驚いている。


 お兄さまは騎士団に所属しているということもあり、ある程度は戦える。でも、元は病弱。


 ……ブラッドさまと対等に戦えるとは、思えない。


「ううん、ちょっとだけ勝負してほしいなぁって思っただけだよ。ブラッド・ルーベンスさまはフロイデン王国からの留学生でしょう? だったら、剣術とか素晴らしいんだろうなぁって、思っただけだ」

「……見え見えの世辞を言うんじゃねぇ。気持ち悪い」

「お世辞じゃないよ。僕は心の底からそう思っている。それに、気持ち悪いなんて心外だなぁ」


 お兄さまはそうおっしゃって、にっこりと微笑まれた。


 だけど、その目の奥に秘められた感情はわからない。……あぁ、またこれだ。お兄さまの妖しい微笑み。


 それは……魔性とも呼べるもの。お兄さまはディールス公爵家の跡継ぎでもあり、とても見た目麗しいお人。だからこそ、その微笑みと合わさって、貴族のご令嬢からの人気が爆発的に高い。


 二十五歳で未だに婚約者がいらっしゃらない理由は、よくわからないのだけれど。というか、一度目の私の記憶にある限り、ずっと独身だ。


「目の奥が笑ってねぇんだよ。で? 勝負っていうのは建前で、本当のところは?」

「……鋭いね。そういう人は嫌いじゃない。ブラッド・ルーベンスさまは、どうやら見た目よりもずっと頭が切れるらしい。見た目は脳筋っぽいのにね」


 そうおっしゃったお兄さまは、くすくすと声を上げて笑われた。


 ……これは、間違いなく挑発だ。ブラッドさまの性格上、外交問題になることはないと思う。


 それでも……他国からの留学生を、それも公爵家のお方を挑発するのは常識的に間違っている。


「……お兄さま」


 私が口を挟もうとすると、お兄さまはご自身の唇に人差し指を当てられる。


 ……どうやら、口出しをするなということらしい。まぁ、お兄さまはイーノクさまとは大違いで、割としっかりとされたお方なので、外交問題に発展させることはないと信じてもいいでしょう。……その点は、信頼しておりますから。


「見た目考えなしに見えるって言いたいんだな。よし、その勝負乗った……と言いたいところだが。生憎、今日はもう時間がない。今度にしてもらおうか。あと、本当の理由も次は教えろ」


 ブラッドさまはお兄さまに乗ることなく、ただ軽く躱された。


 その行動に、私は安心してしまう。さすがは公爵家の人間と言うべきか。ブラッドさまは考えなしに動かれる人ではない。イーノクさまとは、大違い。


「あぁ、そういうことならばわかったよ。でも、最後に一つだけ聞かせてよ。……ブラッド・ルーベンスさまはさぁ。フライアのこと、どう思っているの?」

「お兄さま!」


 私はお兄さまのそのお言葉を聞いたとき、口を開いていた。先ほど、お兄さまに口を出すなと言われていたことも、忘れて。


 どうして、こんなことをしたのかはよくわからない。きっと、ブラッドさまだったら、私との関係を尋ねられても「お友達」とおっしゃってくれると信じていた。その信頼はある。


 だけど……尋ねてほしくなかった。なんだか、触れてはいけないと思ってしまったのだと、思う。


「フライア嬢のこと?」

「あぁ、そうだよ。僕はこれでもフライアのことを兄として愛しているんだ。……変な男に絡まれたら、兄として嫌だろう?」

「はっ、その変な男っていうのは、この国の王太子みたいなやつかぁ?」

「そうだね。あれが、代表的」


 ……お兄さまもブラッドさまも。そんなことを堂々とおっしゃらないでください。


 確かに私もイーノクさまのことをろくでなしだとは思っておりますが、そこまではっきりと言いはしません。


 ……そう思ったけれど、私は口を閉ざしていた。やっぱり、口を出さないほうがいい。そう思ったのかも。


 ううん、本当はなんて言えばいいかがわからなかった。


「……俺は、フライア嬢のことをいいお友達だと思っているけど?」

「本当に?」

「本当もなにも、嘘をつく理由なんてないだろう。そもそも、俺たちは本当にただのお友達だ。……ライナルトさまが心配するような関係に発展することは、ねぇよ」


 そのお言葉に、私はホッと胸をなでおろした。


 うん、それでいいの。私は……恋愛なんて、結婚なんてするつもりはないのだから。イーノクさまとの婚約を解消したら、その後は修道院に行くつもりなんだから。


「ふぅん。まぁ、今はそういうことにしておいてあげようかな。キミが本当の気持ちに気が付いたら……フライアとの関係は、このままじゃあいられない。それくらい、わかるよね?」

「……なにが言いたい」

「こういうことだよ」


 お兄さまはお言葉を一旦止めた。


 それから……私のことをご自身のほうに引き寄せてこられる。そして、今度は私の身体をブラッドさまのほうに押された。


 私は突然のことで反応できなくて、ブラッドさまの胸の中にダイブしてしまう。幸いにも、ブラッドさまが私のことを受け留めてくださったおかげで、怪我には至らなかった。


「フライア嬢、大丈夫か?」

「え、えぇ……」


 ブラッドさまにお顔を覗き込まれて、私はそう返事をする。


 大丈夫。怪我はない。


 お兄さまはどうやら私のことを押す力を加減してくださっていたらしく、大した勢いではなかった。単に、不意を突かれたため私が抵抗することが出来なかっただけ。


「なんのつもりだ?」

「なんのつもりも、なにも。僕はキミのお手伝いをしてあげているんじゃないか。……キミが本当の気持ちに気が付くようにって。……じゃ、僕はここでお暇させていただくよ。あとは二人で……少しだけ、お話でもしたらいいよ」

「お兄さまっ!」


 私はお兄さまのことを呼ぶ。


 でも、お兄さまは一度も振り返ることはなく、場を立ち去ってしまわれた。


 ……残されたのは、私とブラッドさまの二人だけ。その間には、重苦しい沈黙が流れている。


 ……ど、どうすれば、いいの、これ……?

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