元お飾り王妃は侯爵令息とお友達になる
「し、し、しもべって……!」
この人、何をおっしゃっているの……? 私はそう思ってしまいます。そして、自らの手を引っ込めようとする。でも、シリル様は私の手をしっかりと握られており、私は手を引っ込めることが出来ませんでした。抗議の意を示すために、シリル様の目を見つめましたが、シリル様はただにっこりと微笑まれるだけ。
「フライア様。これでも、俺は尽くすタイプの男なのですよ。……ですので、フライア様」
「っつ!」
シリル様は、そんなことをおっしゃるといきなり私の手の甲に口づけをされた。それは、まるで絵本の中の王子様がお姫様にするようなもので。
……え? な、なにを、されているの……? その瞬間、私の頭がフリーズしてしまいます。ブラッド様に、お姫様抱っこをされた時の比ではない。だって、その時私とブラッド様は既にお友達でしたし、あの時は不可抗力でしたし……! ですが、シリル様は絶対にわざとです。私は、そう思っておりました。
「……フライア様。こんな風に、尽くすタイプの男は、お嫌いですか?」
「そ、そういうわけでは……」
尽くすタイプの男性が、嫌いなわけではない。と言いますか、もうイーノク様みたいなタイプでは無ければ、好感が持ててしまうくらいには単純です。そう言いたかったけれど、私の心の中にいろいろな感情がこみあげてきているからか、口をパクパクと動かすことしか出来ません。ただ、シリル様のにっこりとした底知れぬ笑みを見つめることしか、出来なかった。
「嫌いじゃないのならば、よかった。……それで、俺とはどういう関係になってくださるのですか? ブラッドとは……お友達、なのですよね?」
シリル様はそうおっしゃって、ようやく私の手を放してくださる。なので、私は慌てて自らの手を引っ込めました。と、とりあえず、この人と共にいたら心臓の音がバクバクとうるさい……。ということだけは、よくよーく分かりました。
「ど、どういう関係、とは……?」
「恋人でも、婚約者でも構いませんよ。しもべでもいいですし。……あ、お友達から始めるのもいいですね」
そんなことをおっしゃりながら、シリル様は頬杖をつかれる。お、お美しい。その仕草を見て、私はそんなことを思ってしまいます。私よりもずっと、ずっとお美しい人。そんな人が、どうして私なんかにアピールされるのかが、全く分かりません。
「……わ、私は、シリル様と『ただの』お友達になりたいと、思っております、わ……」
『ただの』というところをやたらと強調して、私はそう告げる。決して、その後婚約者や恋人に発展することはありませんからね。そういう意味を、込めていた。その気持ちはシリル様にしっかりと伝わっていたのでしょう。シリル様は「えー」などという不満そうな声を上げられていました。いえ、シリル様がダメなのではなく……私は、誰かと恋仲になるつもりがちっともないということです。これっぽっちも。
「……ただのお友達では、満足出来そうにありませんね。しかし、初めはそういう関係になっておきましょうか」
……なんだか、不穏だった。この人は全く読めないし、だからこそ怖い。私は、そう思ってしまう。そして、シリル様はいきなり私の方に手を伸ばしてこられて――私の頬を、撫でてこられます。その瞬間、私の身体が一瞬だけフリーズしてしまったような気が、しました。
「お美しい、フライア様。貴女は、とてもお美しいです。王太子にはもったいないくらいだ。……俺は、貴女に執着してしまいそうですよ」
「……わ、私は、執着されるほど美しくない……です、よ」
「いいえ、貴女はお美しい。心が、綺麗だからなのでしょうね。俺には、しっかりと伝わってきますよ」
……心が、内面が、綺麗なわけがない。私の内面は一度目の時間軸のことがあるからか、ドロドロとしている。誰も信じたくないと思うくらいには、傷ついて壊れている。だから、心が綺麗だなんて言わないでほしかった。
「私の内面は、醜いです。心も、汚れています。……そんな、シリル様に称賛されるような素敵な人物では、ないのです」
私の心は、汚れている。ボロボロで、ずっと壊れ続けている。もう修復不可能なくらい壊れて、無理やり引っ付けて動かしているようなものなのだから。だから……シリル様に称賛される人物じゃ、ないの。
「……貴女は、謙虚なのですね。俺はそういう貴女を好ましく思います。……フライア様。やはり、俺とお友達『から』始めましょう。いずれ、貴女に選んでもらえるように俺は努力をします。王太子よりも、俺のことを選んでもらえるように」
シリル様は、そんなことをおっしゃると私に向かって、とてもお美しい笑みを向けてくださった。
そして、私がこの人の本当の姿を知るまで――あと、少し。




