元お飾り王妃は留学生の友人と出逢う
「初めまして、フライア様。俺はシリル・グレーニングと申します。……フライア様のような、お美しいお方と知り合えて俺は幸せ者ですね」
そんなことをおっしゃって、シリル様というお方は私の目の前に現れた。
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シリル・グレーニング様。
そのお方についての社交界での噂などをまとめれば、丁寧なお方、きっちりとしたお方、頭の回転がとても速いお方、等々そんな噂が聞こえてきました。また、それと同時に本性が分からない、誰にも隙を見せない、何を考えているかが一切読めないなどと言う噂も、聞こえてきました。いくらブラッド様のご友人とは言え……それでも、いろいろと思うことがありますよね、この噂だと。
他、基本的な情報と言えば、名門侯爵家グレーニング家の次男様。容姿としては青色の肩の上までのさらさらとした髪と、吊り上がってはいるものの何処か優しく見える紫色の目を持っておられます。一度目の時間軸の時は(多分)あまり関わっていないため、よく分からないというのが本音なのですよね。
私はこの日、ブラッド様と放課後の食堂でシリル様を待っておりました。シリル様は大学の方の生徒らしいです。年齢はブラッド様と同じ二十歳だと聞いております。
「おっ、シリル!」
そんなことを、不意にブラッド様が叫ばれる。その声は、辺りをきょろきょろと見渡しながら歩いている一人の男性に、かけられたものでした。その男性はブラッド様の声を聞かれて、慌ててこちらに駆けよってこられる。そして、一番に発したのが、先ほどのセリフでした。
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「おい、シリル。フライア嬢はこれでも一応王太子の婚約者だからな。口説くのは止めておけ」
「……一応、でしょう? 関係は破綻していると耳にはさんでおりますよ、俺は」
シリル様はそうおっしゃって、目の前にあるお茶を飲まれました。そして、にっこりとしたような笑みを私に向けてくださいます。しかし……その目の奥に込められた感情は、全く読めません。やはり、裏が見えないというのは真実のようですね。
「破綻した関係を修復するということ以上に、無駄なことはありませんよ。……俺だったら、貴女を幸せにできる自信がある。……俺の、婚約者になりませんか?」
「は、はいぃぃ!?」
さらに、シリル様はたたみかけるように私に向かってそんなことをおっしゃいました。確かに、私はイーノク様との婚約解消を望んでいる。それに、破綻した関係を修復することも無駄だと分かっている。だけど、だけど……! そんなこと、いきなり言われましても……!
「……おい、シリル。いい加減にしておけ」
「おや、ブラッドには俺の気持ちが嘘に見えるんですね。……俺は、フライア嬢に一目惚れしてしまっているというのに」
「……はぁ?」
ブラッド様は、まるで意味が分からないとばかりにシリル様のお言葉にそんなことを返されました。わ、私もブラッド様に同意見です。シリル様は、一体なにをおっしゃっているのでしょうか?
「フライア様は、とてもお美しいですよ。ですので……俺は、本気で貴女を好きになりました。俺は、ブラッドとは違いますので」
「……おい、それはどういうことだ」
「そのままの意味です。俺の愛情表現はブラッドのように歪んでいない、ということですよ。俺はいつだって自分の気持ちをストレートな言葉にして、伝えます」
「そのひねくれた性格でよく言えたな!」
……ブラッド様とシリル様は、私のことを放ってそんな風に言い争いを始めてしまわれました。……これ、私がここにいる意味はあるのでしょうか? そう思いましたが、本日は私とシリル様が対面するのが目的でした。私がいる必要が……ありましたね。
「俺がひねくれているというのですね。でも、ブラッドのように分かりやすすぎるのも問題だと思いますよ。ね、フライア様?」
「わ、私にお話を振られましても……」
シリル様は、いきなり私にお話を振られる。これは、どうしろと言うのでしょうか……? そう思いながら、私はただシリル様とブラッド様の言い争いを見つめております。それは、きっとこのお二人の根本には互いに対する絶対的な信頼があるからでしょう。信頼があるからこそ……遠慮なく、何でも言い合える。きっと、そういうこと。
「……はぁ、シリルの相手は疲れるわ。……じゃあ、わりぃけれど、俺この後教師に呼び出されているからさ。……フライア嬢のこと、頼むわ」
「えぇ、任されました」
ある程度の言い争いを終えると、ブラッド様は時計を見られてふとそうおっしゃいました。そう、でしたね。ブラッド様は本日ご予定があるとおっしゃっておりました。ただ、私たち三人の時間の取れる日が、本日しかなかったため、本日お会いしているのです。
「……じゃあな、フライア嬢。シリルに何かされたら、後で言ってくれればぶん殴るから」
「失礼ですね、何もしませんよ」
「……お前は本音が読めねぇから、いろいろと大変なんだよな」
「褒め言葉として受け取っておきますね、それ」
それだけを言い終えると、ブラッド様は食堂を立ち去って行かれました。そして、残されたのは私とシリル様。……さて、シリル様と一体何をお話しましょうか?




