元お飾り王妃は聖女に絡まれる
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「ねぇ、フライア様。ちょっと、いいでしょうか?」
「……」
翌日。私は不幸なことにほかでもないシンディ様に絡まれておりました。シンディ様の側にはやたらと男子生徒がおり、彼らがシンディ様の取り巻きだということは一瞬で理解しました。シンディ様は上目遣いの怯えたような表情で、私のことを見つめてきます。……断りにくく、するつもりですね。周りの男子生徒たちの視線がとても痛いですし。きっと、前までの私だったらこの雰囲気が嫌で断ることは出来なかったでしょう。しかし……今の私は、違う。
「……私、忙しいので」
私はそう言ってこの場を立ち去ろうとします。元より、今からブラッド様とお約束をしているのです。共に昼食を食べるという約束を。なので、貴女と関わっている暇はないのです。そういう意味を込めてシンディ様に視線を向けましたが、シンディ様は今にも泣きだしそうな表情で私のことを睨みつけてきました。
「そんなぁ、フライア様、普段は私の意見など無視して呼び出すのに……!」
「……何を、おっしゃっているのですか?」
私と、シンディ様。今まで接点なんてほとんどなかったですよね? まさかとは思いますが、シンディ様お得意の嘘偽りの演技でしょうか? ……まさかではありませんね、その通りみたいです。周りの男子生徒たちが、シンディ様を慰めるような言葉を発する。ついでに、私を罵倒するような声を、発していた。
(……バカみたい。私、これでもディールス公爵家の娘なのに)
シンディ様を取り巻いている男子生徒の顔ぶれを見ても、ディールス公爵家と対等の公爵家の方はいらっしゃいません。いいところで、侯爵家ですね。……普通ならば私のことを罵倒することが出来ないような方々。正気ならばすぐに分かるのでしょうが……。ですが、それさえも分からなくなっているのでしょうね。だとすれば、恋とは、愛とは、なんと愚かなものなのでしょうか。
「はっきりと言わせていただきます。私は公爵家の生まれ。貴女は男爵家の生まれ。その時点で、私が貴女のお誘いを断ることくらい普通です。立場をわきまえなさい」
このままだとシンディ様はブラッド様以外の留学生の方々にも、この迷惑極まりない態度を取るかもしれない。そう思ったら……怖かった。だからこそ、注意をしなくては。それはきっと、一度目の時間軸での癖が染み付いていたのでしょう。だから、こんなことを言ってしまった。
「それに、私は忙しいのです。この後も、約束がありますので」
そう言って、私は身を翻してこの場を立ち去ろうとする。でも……立ち去れなかった。誰かが、私の腕を掴んできたから。私の腕を掴む人を見ると、そこにいたのは落ちぶれた伯爵家と有名なおうちの三男坊ではありませんか。……大方、シンディ様に良いところを見せたくて行動したのでしょうね。
「おい! シンディ嬢が話しかけているのに無視するとはいいご身分だな。シンディ嬢は聖女様なんだぞ!」
「……いいご身分だな、ではありません。実際、私はいい身分なのです」
「……フライア様は、いつもそうですね」
私が落ちぶれた伯爵家の三男坊を睨みつけていると、不意にシンディ様が泣きそうな声で言葉を発しました。その時、ブラッド様のお言葉が不意によみがえる。
――相当男を誑かすのに、慣れてやがる。
つまり、シンディ様はお得意の嘘偽りを塗り固め、泣き落としをしてこの方々を落としたのでしょう。……この国の未来が、危ぶまれるわ。
「フライア様は、いつもそう。私のことを、邪魔者みたいに扱って……! それに、フライア様はイーノク様の婚約者なのですよね? なのに、ほかの男性と仲良くされているなんてダメだと思います!」
そう、シンディ様がおっしゃると周りの男子生徒たちが「そうだ!」とはやし立てます。……私とイーノク様の関係は、すでに終わっているというのに。そして、終わらせた原因は貴女だというのに。それを棚に上げて、そんなことを言うのですね。相変わらず、名ばかりの聖女ですこと。
「……私とイーノク様の関係は、すでに終わっております。それに、ブラッド様とはただのお友達。貴女が口を出していいことではありません」
「それだと、イーノク様が可哀想です! 私が婚約者だったら、絶対に浮気なんてしないのに……!」
……浮気をされたのは、イーノク様ですけれどね。そう、言いたかった。でも、言わなかった。だって、言っても無駄だと悟っていたから。何かを諦めたような表情で私はシンディ様を見つめる。シンディ様は自らがどれだけ可哀想な人間なのかを、熱弁していた。……本当に可哀想な人間は、自らの可哀想な境遇を熱弁などしないと思うのですが……。それに、数多の男性を誑かしている貴女が、可哀想なわけありませんよね?
「……お話は、それだけですか? 私は、失礼させていただきます」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
私がこの場を立ち去ろうとしたとき。……一人の男子生徒が、私のことを突き飛ばした。その瞬間、私はバランスを崩してしまい――……。
「あっ」
そのまま、床に倒れこんでしまった。その後、酷い足の痛みが私を襲う。……足首を、ひねってしまったのね。私はそれを瞬時に察した。




