元お飾り王妃は留学生と相談をする
「しかしまぁ、どうしたものかねぇ」
その日の放課後。私はブラッド様のクラスを訪れておりました。ほかの留学生の方々は、もうほとんど寮に戻られた後らしく、今ここに残っておられるのは数名のみ。だからこそ、こそこそとお話をするには最適だったのです。
「……どうしたものか、とは?」
ブラッド様のお言葉に、私はそれだけを返します。はっきりと言えば、私の叩かれた頬は赤くなっており少しだけ腫れていました。しかし、ブラッド様が魔法でささっと冷やしてくださったこともあり、大事には至らなかった。このことをお父様にお伝えすれば、きっと婚約破棄に乗り気になってくださる……と思いたいです。お父様を信頼していないというわけではない。ただ、あの婚約を喜んでくださっていたので、言いにくいことは確かですよね。
「いや、フライア嬢の婚約者の王太子のことだよ」
そうおっしゃると、ブラッド様は窓の外に視線を移されました。窓の外では下校中の生徒たちが見えます。もう、寮生以外で学園に残っていらっしゃる方は、少ないのでしょうね。
「正直に言うと、俺はフロイデン王国の王太子殿下の側近候補でもある。だから、この国の現状を調べるのも役目だ」
「……」
「だけど、はっきりと言えば今この国に価値はない。朽ち果てるのがいいところだ。国王は気が弱いし、王妃は高飛車で自分の息子に王位を継がせることしか考えていない。王太子は、あんな奴だしな。……良いところなんて、魔法のレベルくらいだ」
ブラッド様は、そうおっしゃってただ窓の外を見つめられます。……そう、ですよね。この国の価値なんて、今となっては発展した魔法だけ。それ以外に良いところなんて……一つもない。それは、私が一番よく分かっているつもりでした。
「だが、この国の魔法を失うのは、惜しい。ということは、どうにかしてあの腐った王族どもを何とかしないといけない」
ブラッド様のおっしゃっていることは、正しい。だけど、どうすれば現状を変えられるのかが、私にもよくわからない。私がイーノク様との婚約を破棄しても、すぐにローナ様が王太子にというのは無理があるでしょう。なんといっても、ローナ様はまだ十二歳。さらに言えば、ローナ様は女王になるための教育を受けていらっしゃらない。だから……少なくとも、準備に三年はかかってしまう。
「フライア嬢の考えは、どうだ?」
ブラッド様は、私にそう問いかけてくださる。……私の意見。それはやはり、ローナ様に女王になっていただきたいということ。それに、私は何の罪もない人を見捨てることが出来ない。一度目の時間軸で、私のことを認めてくれたのはほとんどが平民の人たちだった。だから、そんな優しい人たちを見捨てることは出来ない。貴族は、ほとんどどうでもいいのだけれど。
「……私、は」
だけど、何故だろうか。言葉に詰まってしまう。どんな風に伝えればいいかが分からない。言葉が、何も出てこない。そんな中、ブラッド様はふと立ち上がられた。……はっきりとした答えを、私が言わないから呆れられたのかな? そう、思ってしまう。
「あー、頭痛くなってきた。難しい話はここまでだ。……フライア嬢。この後、少しでいいから時間はあるか?」
「え? ま、まぁ、まだ時間はありますけれど……」
いきなり、何をおっしゃるのだろうか。そう思って私が目をぱちぱちと瞬かせ戸惑っていると、ブラッド様はいきなり私の腕を掴んでこられる。……一体、どうされたの?
「よし! ちょっと気分転換に街にでも行くか! 俺、結構このあたりの街にお忍びで出掛けているから詳しいぞ。フライア嬢も、たまには気分転換しろ。……ずっと考えっぱなしだったら、はげるぞ」
「はげっ……はげるって……!」
そんな言葉、女性に言っていい言葉ではありません。普通ならば、怒ってもいいはずの言葉。なのに、ブラッド様がおっしゃると何故か憎めない。そんなことを、私は思ってしまう。
「気分転換だよ、気分転換。たまには休憩も必要だ。……あと、親交でも深めておく? とかなんとか、そう言うことだよ。お友達って、結構一緒出掛けるものだろ?」
「そ、そうだとしても……!」
「じゃ、決まり! 難しい話はここまでだ。行くぞ! 寮生専用の馬車も準備してもらう必要があるし、早くしねぇと日が暮れる!」
「ちょ、ブラッド様!」
私の意見も聞かずに、ブラッド様は片手で私の鞄とご自身の鞄を持たれると、もう片方の手で私の腕を掴んだまま歩き出される。半ば無理やり歩かされる形だったけれど、その速度はゆっくりだった。だから、私に合わせて歩いてくださっているのだと、すぐに分かった。……その所為、だろう。どうしようもなく、心が温かくなっていた。




