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元お飾り王妃は本気で婚約破棄を決意する


 ――あぁ、殴られるのか。


 私はそう思って覚悟を決めた。だから、身構えていた。しかし、殴られたような衝撃はいつまで経ってもやってこない。逆に聞こえてきたのは、イーノク様の驚いたような声。だから、私も驚いてしまう。


「……一つだけ言っておくと、俺はてめーみたいなクズが大嫌いなんだよな」

「……ブラッド様」


 ゆっくりと目を開けると、そこには私とイーノク様の間で不敵に笑われるブラッド様がいらっしゃった。……どうして、どうして。そう、私は思ってしまった。だって、ブラッド様は食堂にいらっしゃるはずで。その後、留学生のクラスの教室に戻られたはずで。……だから、ここに居らっしゃるわけがなくて。


「フロイデンではな、自分よりも立場の弱い奴に手を出すと重罪だぞ? 殴ったりするのならば、対等な奴にしておけ。それとも、俺と殴り合いでもするか?」


 ブラッド様はそうおっしゃって不敵な笑みを深められる。その表情が……とても、かっこよく見えてしまって。私の胸は無意識のうちにときめきそうになっていた。って、ううん、違う。だって、私とブラッド様はお友達。恋仲では、ない。


「あ~あ、逃げちった」


 さらに言えば、ブラッド様の登場に慌てたのでしょう。イーノク様はさっさと逃げられてしまった。……イーノク様でも、他国の公爵家のお方に手を出すとまずいということは、分かっていらっしゃったのですね。そこは、素直に安心しました。


「……で、フライア嬢? 大丈夫か?」


 そして、ブラッド様は逃げられたイーノク様に早々に興味を失われたのか、私の方に視線を向けてこられます。その目は、今までの好戦的なものとは違って……純粋に、優しそうでした。それに、心が安堵する。……あぁ、一度目とは違って私の味方になってくださる方が、いる。そう思ったら、嬉しさから涙がこみ上げてきてしまいそうだった。あぁ、年を取ると涙もろくなってしまうのよ。


「は、い。大丈夫、です」


 ブラッド様のお言葉に、今の私はそれだけを返すのが精一杯だった。それと同時に、私は思ってしまう。……このまま、イーノク様に王位を継がせていいわけがない、と。だからこそ、この婚約を破棄するべきなのだと。


「そっか、だったらいい。まぁ、ちょーっとだけ助けに入るのが遅かったかなぁって思ったけれど、あれが俺の最速だったから勘弁してくれ」

「……どう、して」

「どうして? おかしなことを訊くな。そんなの、お友達が危険に晒されているのに、のんきにしていられるかっての。……それに、あぁ、やっぱりこれはいいや。なんでもない」


 そんなことをおっしゃったブラッド様は、とても美しい笑みを浮かべられていて。……あぁ、このお方だったら心の底から信じられる。私は、そう思った。


「……はぁ、フライア嬢。それにしてもアイツが王太子とか、この国終わりを迎えるのか?」

「……いろいろ、複雑な事情がありますから」


 私は、ブラッド様のお言葉にそう言うことしか出来なかった。


 イーノク様に王位を継がせない方法。それは……イーノク様よりも四つ下の王女様に王位を継いでいただくということ。しかし、イーノク様の異母妹である王女様は今から二年後に王妃様によって毒殺されてしまう運命なのです。……側妃だった、お母様と一緒に。


「まぁ、いいや。フライア嬢。あんたさえよかったらさ……フロイデンに、来る?」

「……え?」


 しかし、そんな私の考えをブラッド様は一瞬にしてかき消されてしまう。今、なんとおっしゃったの? フロイデン王国に行くの? 私が?


「俺、これでも筆頭のルーベンス公爵家の跡取りだし。俺が言えば、さっさとこの国から逃げられると思うけれど? ……それとも、やっぱり見捨てられない?」


 ……ブラッド様のおっしゃったそのお言葉に、私の胸はどきっとする。正直に言えば、そのお誘いは魅力的すぎる。それに……イーノク様を見捨てることに躊躇いはない。だけど、だけど――……。


「わ、私には、見捨てられないお方が、いる……」


 ぎゅっと手のひらを握って、私はそう言ってしまう。今から二年後に毒殺されてしまう、イーノク様の異母妹である王女様、ローナ・ヴェッセル様。彼女のことを、見捨てられない。彼女は亡くなる前まで、ずっと私の味方をしてくださった。それに、とても優秀で。でも、いいや、だからでしょう。自分の息子に王位を継がせたい王妃様からすれば、目障りで。私が十七歳の年、毒殺されてしまった。


「……そっか。まぁ、フライア嬢だったらそう言うと思っていたけれど。まぁ、俺がこの国にいる間は、フライア嬢のこと俺が守ってやる。……だって俺たち、お友達だろ?」

「そう、ですね」


 ブラッド様のお言葉に、私は素直に頷けていました。そう、私とブラッド様は「お友達」。困ったときは助け合う仲……なのです。


「ま、いつでもフロイデンはフライア嬢のことを歓迎するわ。……気が変わったら、いつでも言ってくれ」


 だから、ブラッド様のそのお言葉に救われた。そして……決意を、固めた。


「……ブラッド様。私、もうあんな人に振り回されたくない。なので……絶対に、この婚約は破棄します。そして……あの人を、王太子の座から引きずり降ろして、やります」


 まっすぐにブラッド様を見据えて、私はそう言う。私とイーノク様が正式に婚姻するのは、私が二十歳の時。だから、それまでに絶対に婚約を破棄してみせる。さらに言えば、ローナ様のことも助けてみせる。その決意が今、確かなものに変わった。


「おぉ、それでこそフライア嬢だな」


 にかっというようないい笑みを浮かべられたブラッド様に、私は心の底から感謝した。このお方がいたからこそ、私はこの決心が出来たのです。


(よし、絶対にイーノク様と婚姻なんてしないわ。なんとしてでも……婚約を破棄して、ローナ様を救ってみせる!)


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