好き
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
僕たちは、若干の礼儀正しさを含む挨拶を交わした。
「呼び出して、ごめんなさい」
「いや、今日は暇だし……大丈夫」
「ありがとう……。あの……」
「うん」
「あのね。私、すごく好きなんだ。丸野くんが作るぬいぐるみが」
「お、まじか。ありがとう」
うれしい。告白されるのよりもかみしめられる嬉しさだ。
そして、まだ紅谷は続けて。
「私ね、丸野くんにぬいぐるみ作りを教えて欲しいの」
「え……あ、うんわかったけど……」
「いいの……?」
「いいよ」
「ほわああああ……嬉しいな」
「え、そんなに?」
「うん。すごく嬉しいな。だってね、私、丸野くんが作ったぬいぐるみ、全部持ってるんだよ」
「え、全部? ていうか、どうやってどれが僕が作ったのかわかったの?」
「売り子さんに聞いたよ。どれが丸野くんが作ったぬいぐるみかって。そしたら教えてくれて。カピバラはあと三つだったの。その場で買おうとしてたのがちょうど三人だったから、危なかったあ……」
「あ、そうなんだ……その最後の三人ってもしかして、駒原とも春岬?」
「あ、そうだったよ」
なるほどな。だから一つしか買えなかったのかあの二人は。
疑問が一つなくなった。
でも、新たな疑問が。
「紅谷は、どうしてぬいぐるみを作りたいの?」
僕が訊くと、紅谷は、少し恥ずかしそうにした。
「私、今好きな人とかいないの」
「おお」
「だけどね、好きな人ができた時のことを考えると、ちょっと不安でね」
「不安……?」
「私、目立たないでしょ。背低くて……むね、とかも大きくなくて……可愛い雰囲気とかもあんまりないでしょ。だからね」
いやごめん全然ついていけないわ。今この瞬間可愛いですが。
でもそう言うのは恥ずかしいので、僕は続きを聞いた。
「だからね、好きな人ができたら、その人にとびっきり可愛いぬいぐるみを作ってあげたりできたらなって思うの」
「なるほど」
たしかに、紅谷みたいな控えめな雰囲気の女の子が、恥ずかしがりながら手作りのぬいぐるみをプレゼントしてくれたら、最強感がある。
それに。
「ぬいぐるみには綿だけではなくて、作った人の想い、そして、持ち主の思い出が詰まっている」
この言葉の通りだ。
特別なぬいぐるみ。そんな存在になるようなぬいぐるみを贈りたいなら、工夫が必要なのかもしれない。
例えば、お揃いのぬいぐるみにして、それにこれから一緒に思い出を詰めていくとか。
そしてあるいは、自らが作ることで、ぬいぐるみに想いを詰めるか。
駒原と春岬は、仲良しの妹のために、妹からのリクエストがあったりしたこともあるだろうが、前者を選択した。
そして、紅谷は。
いつか、自分が恋する人のために。
後者を選択した。
そういうことだ。
だから僕は、ぬいぐるみが大好きな男子高校生として、紅谷に是非とも協力したいという気持ちになった。
「よし、じゃあ、僕、頑張って教える」
だから僕は、そう紅谷に言った。