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名伏し難いふんどし幼女のエルフ

 太陽系第三惑星・地球、そして月。

 宇宙空間から、その二つの星を観測する者たちがいた。小型の宇宙船に座る、高度な知能を備えた二つの軟体生命体。現在の地球よりも、遥か高みから見下ろす形であった。


 地球のジャンクフード"シェイク"を飲みながらダータークは言った。

「ロクな食い物がない。それでもカードリッジ食よりはマシだけど…原住民はバカだし、何も無い星ですよ。一体何があるってんですか」


 ギルグドゥンドゥルンは答える。

「そりゃお前…この星には"森"がある」


「森、ですか?」


「そんなもの、そこらの星にもあるでしょう。

水晶の針の森だとか、コランダムの森。知的生命体が存在するような複雑性を獲得した星には、あって当然の現象です」


「分かった、森の定義の話はよそう。俺が言っているのは、この地球にあるウェットな森の話だ。

その森に…もしもの話だ。……その森に、エルフがいたらどうする」


「エルフ…?」

 ダータークはほとんど反射のように、量子脳ブレインに問い合わせた。コンマ一秒に満たない間にレスポンスが来る。



 エルフ?…Check. 地球のファンタジー系フィクションに登場する生物。外見は地球人に酷似。多くは金髪とされ、尖った耳を持つ。詳細情報の閲覧は2級権限が必要。



 ギルグドゥンドゥルンは続けて言った。その四つの瞳は、彼らの目にも青く映る地球を見つめている。

「よしんばそのエルフが幼女で…"ふんどし"を締めていたらどうする。俺はそのことを考えただけで、触腕がこわばって操舵桿をうまく動かせなくなる…」



 エルフ?…Check. 済。

 幼女?…Check. 地球人の雌の幼体。

 ふんどし?…Check. 地球人が用いる衣類。下着。布を捻って紐状にしたもの。



 何を言っているんだ、とダータークは訝しむ。

 彼の先輩であり船長のギルグドゥンドゥルンは、この辺境の観測任務に就くにあたって、精神鑑定を含む定期メディカルチェックを通過しているはずだ。

 しかし不明な点は、活動記録として残しておかなければならない。ダータークはあえて疑問を口にした。

「船長。あんた何言ってんですか?」


「……ああ、そうか。何でも無い、今の話は忘れていい。俺のメンタルグラムなら正常値だ。気にしなくていい」


「悪いけど、今の発言は報告書に記載させてもらいます。あんたはきっと、外宇宙の深淵を見すぎた。精神調律メンタルバランサーが必要かも」


調律バランサー、か」




 地球から見て月の裏側の相対座標に、変動重力場が発生した。


 空間に亀裂が生じ、侵略者が現れる。

 三次元宇宙の文明を餌にする、星食いである。トゲに覆われた奇妙な姿。その全長は約五千ゲイル。月の半分ほどの大きさである。

 触腕を振り回し、辺りを探っている。


 ダータークは言った。

「外宇宙の捕食者の中じゃ小型の方だが…それでも地球の文明レベルじゃどうしようもない。星の終わりだ」


「……なあ新人。なぜ俺たちがこんな辺鄙(へんぴ)な星に派遣されたと思う?星食いが出たって、食わせとけば良い。観察なんて、無人探査機で十分だったろう」


「その新人ってのはいい加減やめてくださいよ。それに仕事なんて、意味が分からないのがほとんどです」


「今回は…今にわかるだろう。見ていろ」



 レーダーに飛翔体反応。地球から、等速直線運動で星食いに向かっている。


「何だ……ミサイルか?」

 ダータークは飛翔体にピントを合わせる。



 人型の生体。サイズは幼体程度。


 緑金髪に尖った耳。



「…エルフだ」

 ギルグドゥンドゥルンは怯えていた。その体色が青く変わり、縮んだ。


 エルフ。幼女のエルフが宇宙を飛んでいる。

 胸部に薄い布を巻き、臀部に食い込む紐状の下着。恐るべきことに、その幼女のエルフはふんどしを締めていた。


「マイガアッ…嘘だろ……あり得ない!…ボディスーツも無しで、宇宙遊泳してる…真空だぞ!?」



 エルフは星食いの巨体の上に降り立った。


 そしてその幼女のエルフは…ふんどしとサラシのみの姿で、宇宙線が飛び交い、水分が沸騰する真空で…呼吸していた。


 スウウウウ………ハアアアア。


 呼吸している。真空の只中で。


 スウウウウ………ハアアアア。



 ダータークは思った。"森"だ。


 エルフはまさに"森"の只中にあった。

 ダータークは、幼女のエルフを通じて…その立ち居振る舞い、その心に、青緑のウェットな"森"を確かに見た。エルフが立っている星食いの頭部が"森"であるのなら…水も空気も潤沢にある、という奇妙な納得がもたらされた。


 エルフがふと呼吸を止める。

 臀部(でんぶ)、すなわち尻の筋肉がギュッと引き締まり、尻を伝うふんどしの紐を引きしぼる。万力のごとく締め付ける。


 それから幼女のエルフは右脚部を頭上に掲げ……180度に広げた。



 ダータークの量子脳が警告を促す。

 …Caution!森林拳・大樹大震脚!衝撃波および空震に備えて下さい。対戦艦用・空間遮断バリアを展開。その他の対応は船長の指示に従って下さい。



 幼女のエルフは、掲げた脚部を振り下ろす。その脚部の先端速度は光速に達する。


 振り下ろされた脚の先端を中心に重力場が発生し、空間が大きくたわむ。星食いの五千ゲイル以上の巨体がひしゃげる。それから後に、予測された衝撃破…は来ない。

 代わりに、吹き飛んだ星食いの外皮が一点に吸い込まれ…星食いの干渉機関および増幅機関、巨体がみるみる飲まれていく。



 …Caution!ブラックホール発生!回避行動を取ってください!



 コイン大のブラックホール。小型であっても、月も地球も、太陽系すら飲み込むだろう。加速思考の中でダータークは叫び、ワープの操作を要求する。

「間に合わない!ウワアア!!!マンマー!!」


 …しかしエルフは?彼女もまた、ブラックホールに飲み込まれたのか。ダータークはディスプレイを確認した。

 ふんどし幼女のエルフは……自ら生成した小ブラックホールの"外側に"立っている!?明らかに物理の法則から外れた挙動だ!

 過度のエルブンショックにより、ダータークの意識はここで途絶える。


 エルフはほとんど静止した時間の中、ブラックホールに手を差し伸べて…握りつぶす。手を開くと、そこには一輪の花が咲いていた。そしてふんどし幼女のエルフは、花を手に地球へ飛び去って行った。

 ギルグドゥンドゥルンは、恐怖の涙に濡れた四つの瞳でそれを見ていた。




 量子脳のホルモン分泌調整によりEMC(エルブンメンタルクライシス)から回復したダータークに、ギルグドゥンドゥルンは言った。

「俺の認証キーを貸してやる。量子脳のエルフの項目を、もう一度見てみるんだな」



 エルフ?…禁則事項…Check. 前宇宙より存在する上位知的生命体。森の守護者であり、独自の体術である森林拳を使用する。敵対を避けるべし。

 森林拳?…禁則事項…Check. エルフが使う体術。最も有名なものは、宇宙開闢拳。

 宇宙開闢拳?…禁則事項…Check. 練り上げた森林エネルギーにより、右拳にてビッグバンを生み出す森林拳奥義。現在の宇宙はふんどしをしめた幼女のエルフによって作り出された。

 ふんどし?…禁則事項…特記無し…Check. 済。



「…本部はこれを知っていたんだ。俺の"研修"のために…今回の観測任務が与えられたんだ…」


 ギルグドゥンドゥルンは頷いた。

「考えたことはないか?

なぜこの地球が、どの宙域にも所属せず放置されているか…生体はもちろん、重金属資源も豊富な星だ。それなのにモグリの回収屋や、欲深なスプラッターさえ来ない。おかしいだろ」


「そりゃあ…地球が宙域同士の、ちょうど境目の部分にあるからでしょう。不可侵の中立地帯として……」


 ダータークはハッと息を飲む。

 不可侵。中立地帯。彼はその理由を思い知った。


「そう、逆なんだ。地球を中立地帯に設定するよう、諸連邦が宙域を線引きした。その理由が、今俺たちが目の当たりにしたものだ」


 ダータークは他にも、知的生命がいるにも関わらず手付かずの星を知っている。それはどこか遠い別宇宙の金持ちが隠し財産としているとか、よくわからない利権関係の結果だろうと考えていた…が、それは誤りであった。


 森。

 その星には、森がある。

 そして、森の守護者"エルフ"がいたのだ。



「地球人の間じゃ、俺たちの存在は秘匿されている。おめでたいことに、あいつらは…一部を除いて、この広い宇宙で地球にしか知的生命体がいないと考えている。小さな社会秩序のために、隠されているってわけだ。

……分かっただろう?

俺たちも、地球人と同じようにおめでたいんだ。見せかけの調律バランサーのため、真実は秘匿されている」


「だから、お前も気を付けな。

森に敬意を払え。絶対に奴らと敵対するな。

特に、幼女で、ふんどしを締めてる奴にはな」



「エルフ……ふんどし幼女のエルフ」


 ダータークは青く輝く地球を見ながら呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 滅茶苦茶にウケました!笑いが止まらないまま、書いております。 突然のエルフ幼女ふんどし!すごいインパクト! 情報量が多くてこんがらがりそうなのに、笑いのお陰で頭から吹っ飛びますね。 小難しさ…
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