僕は醜い。
朝、隣の妹の部屋から目覚ましが鳴る。
僕は何とも言えないだるさで布団に潜り込む。
しばらくたつと目覚ましが鳴り止んだ。
隣の部屋のドアが開く音が聞こえ、階段を下りていく音に変わる。
耳をすますと下の階の声が聞こえてくる。
『先にご飯食べてね! 食器片付けたいから』
『あー眠たい。学校行きたくないなー 。休もうかなぁ』
『おい、お兄ちゃんみたいにはなるなよ。早く席について食べなさい。 父さんはもう行くからな』
家族の会話だ。母と父と妹。平日のいつもの光景だ。
前はその輪の中に僕はいた。
あの日からだろう、僕がその光景に入れなくなったのは。
僕はまだ、布団からでれない。深くため息をつき、また眠りについた。
ー ー ー 暗闇の中、あの日の記憶が写し出される。
『お前まだ学校来てんの?』
『こっちに近づくなよデブ』
高校の教室で席に座ってるだけの僕にクラスメイトの女子達が罵声を浴びせる。
無視をしてると今度はクラスのリーダー格、いわゆるカースト上位の男子が僕の机の前に立った。
『お前、なめてんだろ? 俺達の事 あ?』
そう言いながら僕の胸ぐらを掴んでくる。
周りのクラスメイト達を見渡すと、反応はそれぞれだ。
関わりたくなくて見て見ぬふりをするもの、横目で見ながらヒソヒソ話すグループ。委員長の女子は教室を飛び出して行った。
さっきの罵声を浴びせてきた女子達はニヤついて見ている。
悪魔の様な顔だ。どうすればこんなに意地の悪い顔になるんだろう。
『お前何とか言えよ! 口ついてんだろ?』
リーダー格の男は僕の胸ぐらを更に強く握りしめた。
『なめてはないよ。離してくれないか?』
僕の声は震えていた。情けない。惨めな気分だ。
『お前も、あの女みてぇに学校来れなくしてやろうか?』
リーダー格の男は僕の耳元にそう囁いた。
僕は限界だった。《あの女みてぇに》
その言葉が僕の何かを動かした。
『!ガッ ⁈!!』
リーダー格の男が倒れこむ。鼻からは出血している。
そう、僕が殴ったのだ。
騒つく教室、悲鳴をあげる者もいる。
僕は、もういつもの日常には戻れないと感じていた。
ー ー ー
目覚めて時計を見ると昼前だった。
最悪な目覚めだ。嫌な夢。夢と言うよりは嫌な記憶だろう。あの通りだったのだから。
僕はあの後、委員長が呼んで来た担任に別室に連れて行かれた。
反論はしなかった。殴ったのは事実だから。とりあえず1人になりたかった。
そうして僕は謹慎処分を受ける事になった。4日間の停学だ。
両親は激しく僕を叱った。僕は何も言わなかった。恥ずかしかったのだ。いじめられているなんて口が裂けても言いたくなかった。
そして時は今に至る。
あの事件から2週間、とっくに謹慎は解けている。
だけど僕は学校に行かなかった。行きたくなかったのだ。
誰にも会いたくない。誰とも話したくない。確かに卑屈になっていた。
階段を降り、洗面所に向かう。
顔を洗い鏡をみると醜い僕が写っている。太りすぎだ。知っていたが。頬は腫れて垂れ下がり、目元も肉で圧迫されとても小さい。
そして顎、二重か三重かわからないくらい食い込んでいる。
決して気温が高いわけではないのだが額に脂汗をかいている。
今、顔を洗ったばっかりだと言うのに。
シャワーを浴びるためにTシャツを脱ぐ。
胸は垂れ、三段腹が露わになる。醜い。それはわかってる。だけど今迄痩せようなんて思った事もない。
痩せる理由も無かったから。困る事がなかったんだ。
体重はどうなんだろう?最後に乗ったのは中学2年の時だ。
その時体重は確か80kgちょっとだった。
身長があるからと気にも止めなかった。
興味本意で体重計に乗ってみる。
「うわ…やばいな…」
体重計の針はメーターを振り切っていた。
ー ー ー
シャワーを浴び終えた僕はリビングに向かう。テーブルにはラップをされた皿が置かれていた。スクランブルエッグにベーコン。
僕の朝食だろう。もう昼食だが。
僕はテーブルにつき噛まずに飲み込んだ。
デブは噛まないのだ。このくらいの量を食べるくらいなら5秒もかからない。
今は午後13時30分。
みんなが帰ってくるまで5時間はあるな。
僕はキッチンに向かい鍋に水を入れ火にかける。即席ラーメンを3袋開けて放り込む。せっかく用意してくれたのに悪いがアレだけじゃ足りないのだ。
できあがったラーメンを鍋ごとテーブルに持っていきテレビをつける。
再放送のバラエティ番組を見ながらラーメンを頬張る。
うまい。サッポロ1番が1番だ。
多分僕は学校には二度と行かないだろう。
もう人生どうでもいい。僕はそう思いながらラーメンをすすった。