一 ~ そんなのできるわけがないだろっ ~ (7)
野菜ジュース。
野菜ジュース。
本当にほしいのは……。
6
はて、僕はあいつの下僕なのだろうか。
いやいやいや。そんなはずはない。だって、あいつはどちらかといえば、近寄りがたく、あまり喋ったことはないぞ。
それなのになぜ?
自販機の前で、言われた通りに野菜ジュースのボタンを押した。
ガチャンッと音を立ててボトルが出てくる。
脳裏に浮かぶ疑問に、明確な答えが導き出せないまま、ボトルを手にした。
はたして、今日は何本同じジュースを買わなければいけないのか、と別の疑問に襲われながらも、保健室に戻った。
「あれは冗談」
だよな、と呟き、保健室の前に辿り着く間に自分を納得させながら、ボトルをマジマジと眺めてしまう。
これで自分の命は助かったんだよな、とふわふわとした思いで眺めるが、眉をひそめてしまう。
今日はさすがに野菜ジュースを飲む気にはなれないな。
迷いながら歩いていると、保健室に着く。
扉を開くと、まだ養護教諭はいないらしく、姫香はベッドに座ったまま、窓の外を眺めていた。
やはり、教室での出来事は幻だったのか、と全然危険な様子は伺えない。
夕陽に染まる姿が儚く、ホッと安堵した。
「ほら、これ」
まぁ、逆らうことのできない僕自身、情けないものだと、痛感しながらも言われた通り、野菜ジュースを渡した。
「ありがと」
笑って受け取る姫香。その無垢な笑顔に、これまでの疑いが晴れていく。
ジュースを飲む姿を見届け、やはりこのまま帰るのもどこか違う気がして、丸椅子に座った。
「どう? もう体調、大丈夫なのか?」
一息吐く姫香に聞くと、姫香は動きを止め、またしても宙を眺めている。
彼女の周りだけ時間が止まっているみたいに。
おいおい、また変なことを言い出さないだろうな。
つい、手にギュッと力がこもってしまう。
「ーーねぇ」
唐突な呼びかけに、体が固まってしまう。恐る恐る視線を移すと、姫香の呆然とした目と合った。
「ねぇ、私なんで保健室なんかにいるの?」
「はぁ? なんだよ、今さら」
「ーーえっ? 嘘? え?」
何を今さらそんなことを言っているのか、と呆れていると、訝しげに僕を睨んだあと、顔を背けた。
いやいやいや。なんだその態度は。それじゃ、まるで僕が……。いや、そんなことがあるものか。大体、それを言うなら……。
ゴホッと咳払いをして、気持ちを落ち着かそう。話すわけにはいかないからな。うん。
「教室でお前、倒れていたんだ。ちょうど、僕そのとき教室に入ったからさ」
まぁ、間違いじゃないはず、だよな。
「ほかに誰もいなかったの?」
「うん。お前だけだったけど」
だから感謝しろよ、とは言えないよな。
内心で毒づきながら頷いていると、またしても姫香はじっと僕を見つめてきた。
何かを言いたげに訴えてくる様子にたじろぎ、首筋を掻いてしまう。
「ねぇ、見た?」
思い詰めていると、今度は上目遣いに聞いてきた。そんな請うようにされると、聞きたいことは……。
「……ノートのことなんだけど」
つい、手に力がこもった。悟られただろうか。姫香の瞳孔がピクリと動いた。
う~ん。どうも、逃げることができそうにない。
「……うん。見た、けど」
……けど。
どういう意味なんだ? 冗談だよな。あれは、その……。
「……血って」
今度は声を留めることができなかった。発した途端、唇を噛んでしまうが、すでに遅い。
もう聞こえているはずだ。
「……そっか」
そのあとのことは忘れてくれ。いや、嘘であってくれ。
「じゃぁ、そのあとは?」
「……そのあとって?」
つい目を見開いてしまう。そんなことを聞くことは……。
「あとってことは」
恐る恐る聞くと、それまで神妙な面持ちであった姫香の表情が次第に緩んでいく。
そして、あの教室での不敵な笑顔を浮かべた。
……あれ?
……えっと、
……ん?
そっか、そっか。
ノートを見たんだ。
ふ~ん。
それだったら……。