一 ~ そんなのできるわけがないだろっ ~ (4)
死ぬ?
殺される?
貧血に……。
干からびるのか?
2
滴り落ちる雫……。
胸の辺りがポタポタと濡れていく。
冷たい。
あれ? 血って、冷たいの? いや、温いのか? いや、わかんないな。
これって、意識が遠退いているのか。意識がなくなっていくから、血の温もりもわからないのか?
それって、あれ、僕って……。
死ぬの?
死ぬ前にちゃんと野菜ジュース飲んでおくべきだったなぁ。はぁ~。
痛い…… 痛い…… 痛……
「……なんで?」
あれ? 痛くない。今の声、今田?
恐る恐る目を開けた。
一日一本! 健康で丈夫な体をこれで。
はい?
どこかで聞き覚えのあるフレーズ。
そうだ。これは野菜ジュースのキャッチフレーズではないか。なんでそれが?
途方に暮れ、まばたきをすると、視界が晴れていく。
姫香に噛まれていた。
だが、姫香が噛んでいたのは、野菜ジュースの入ったペットボトルであった。
咄嗟の出来事である。
姫香に襲われそうになった瞬間、僕は手にしていた、野菜ジュースを顔の前でかばっていたらしい。
ポタポタと滴り落ちる雫が、僕のシャツを濡らす。
それは野菜ジュースからこぼれていたのだ。
ボトルの先で、パチパチとまばたきをする姫香。その口にはがっしりとボトルがくわえられている。
姫香は僕を噛もうとした勢いで……。
って、いやいやいや、どんだけ鋭いんだよ。
どれだけ八重歯だからって、穴が開くほどの力が出るわけが……。
「……嘘でしょ」
そう、これは嘘。このボトルをどければ、姫香はいないんだと、ボトルを避けてみた。
全身から血の気は引いたままである。
「……あ、おいしっ」
そこにしっかりと、姫香はいた。
美味しいって。
姫香は満足と、言いたげに、唇をペロリと舐めた。背筋が凍ってしまう。
「なぁ、満足、したのか?」
思わず苦笑して聞いてしまった。今はそんなことを聞くべきではないだろう。
倒れ込む僕の体に乗り、座り込む姫香。僕の声は聞こえていないのか、口元を手で押さえ、宙を見上げて何かを思案している。
「……今田?」
「美味しいんだけど、これって血じゃないよね。なんで?」
「なんで、って」
不思議がる眼差しがこちらに向けられた。
思わず手をブンブンと振って否定するのだが、疑いの目は退いてくれない。
「いや、だから無理だっての」
「……私がほしいのは、血だよね」
姫香の目が恐ろしく、僕は強くかぶりを振る。
なんで? と疑問が振り払えず、姫香はまた僕の肩を掴んできた。
依然、力が強く、腕を振り払う余裕がない。
だから、なんでこんなに力が強いんだ?
もうボトルも中身が減っていて使えそうにない。
「ねぇ、やっぱり、ちょ~だい」
「だから、そんなのって」
また大きく口を開く姫香。ここで手を出せば、手を噛まれそうだ。
「じゃぁ、今度こそーー」
今度こそ、殺されーー
半ば諦め、目を閉じて首筋に力を込めた瞬間、姫香の声が途切れた。
途端、体にドンッと何かが覆い被さった。
恐る恐る目蓋を開いた。
すると、飛び込んでくるのは、教室の殺風景な天井が出迎えてくれた。
あれ? 今田は?
心臓が飛び出そうに暴れてしまっている。
興奮しているから? いや、それもあるが、何か体が重い。
「……えっ?」
僕の体に姫香が倒れ込んでいた。
これまで狂気に満ちていた体が、生気を失って倒れていた。
「……気絶?」
いや、静かではあるが、寝息が耳元で聞こえる。また眠っているのか。
体を伝い、姫香の心臓の鼓動が伝わる。
これまで形としては、命を狙われていたよな。それなのに、なんだろう。安心している。
「あれ? この後、どうしたらいいんだ?」
だから、干からびるってのっ。
何がおいしいだっ。
まさか、野菜ジュースに助けられるなんて……。