一 ~ そんなのできるわけがないだろっ ~ (3)
お腹が空くのは、自然なこと。
そこに好みのものがあれば、誰だって手を伸ばしたくなるじゃん。
いただきますだとっ?
「なんなんだよ、おい、こら、おいっ」
ダメだ、完全に目が……。遠くを見てる……。
「おいっ、今田っ」
さっきまでの大人しく眠っていたのは嘘だったのか。
僕のそばに立つ今田姫香は、不気味に笑ってこちらをずっと見ていた。
目はどこか虚ろで、僕を睨んでいても、遠くを捉えていて定まっていない。
悔しいのは、それでもどこか可愛いと感じてしまうこと。
「ねぇ、血ぃ、ちょうだい」
「だから、バカかってっ」
幼い子供がお菓子をねだるように、目を細めて小首を傾げた。
小悪魔的な笑顔に騙されてたまるか。
「だから、なんだよ、それっ」
ダメだっ。
こいつに関わると危険なんだと、全身が警告を発している。
咄嗟に後退りをして、姫香と距離を取ると、誰かの机に手を突きながら睨んだ。
「もぉ~。なんで、逃げるのよぉ~」
「当たり前だろっ。なんだよ、お前っ」
「だって、お腹が減ったんだもん。だから、血がほしいのっ」
「血? 何考えてんだよ、血がほしいって」
まったく、意味がわかんねぇよ、血?
冗談? 本気? どっちだ?
姫香の笑顔は崩れない。それでいて、マサジマジと僕を見ている口元に指を当てている。
まさに子供がお腹を空かし、お菓子を待っているように。
本当にこいつは今田なのか?
いつもはみんなと気さくに話していて、その気さくさに返って話しにくさもあり、どこか敬遠していたが、今は狂気に溢れているではないか。
「そこに人がいる。人がいるなら、血をいただく。これって常識でしょ?」
「なんだよ、その屁理屈はっ」
「いただきま~すっ」
途端、急に姫香が走り出すと、僕との距離を詰めた。
すかさず僕は後退りをする。
ーーが。
黒板が僕の逃げ道を遮った。
教壇を上ったのはよかったが、ドンッと後頭部を黒板に殴られた。
いつしか追い詰められ、背中に黒板がへばりつく。
姫香は?
見失ったと思うと、次の瞬間、目の前に姫香が現れた。
「ねぇ、古川くんって、何型?」
「何って…… えっと……」
いやいやいや。答えている場合かっ。
気の迷いが生じたとき、姫香は僕の肩を強く掴んだ。
嘘でしょ。
ネイルなどはしていなかったが、綺麗な細い腕には似つかない力に、僕は驚愕してしまう。
捕まえた獲物を逃さないと、押さえられてしまい、僕はその場にしゃがみ込んでしまう。
本当に、女の子の力か、これは?
「やっと、大人しくなってくれた」
姫香の目に輝きが灯ると、大きく口を開いた。
あ、八重歯。
と突拍子のないことが目に止まった。
と、そうじゃない。早く逃げないと。でも、逃げられない。
えっと、えっと、あの……。
「あ~むっ♪」
まったく。
何が間違っているのか。
ただの本能に任せているだけなのに。