一 ~ そんなのできるわけがないだろっ ~ (10)
そう。
呆れても、笑ってもいいんだ。
バカげたことを言ってしまったんだから。
9
いやいやいや。そんなはずはないよな。うん。
だってほら、姫香も僕の返事にうなだれて顔を背けてるじゃないか。
きっと笑うことを堪えているんだ。このバカげたことに。
「……やっぱりそうなんだよね」
ーーはい?
そこで姫香は跳ねるように席を立つと、僕に背を向けた。
あれ? なんでそこで笑わないんだ? それか、呆れてもいいんだぞ。
僕の不安をよそに、姫香は背中を丸めてしまう。細く小さな体がより小さくなる。
「あぁ、もぉ……。なんで、こんなことになっちゃったんだろ……」
ーーん? 怒っているのかわからないが、嘆きに似た小さな声がもれてくる。
「まぁね。そりぁ、昨日はちょっとお腹が減ってたよ。だって、お昼はちょっと減らしたんだから。仕方がないじゃん。ちょっと、太ったんだからさ」
姫香はその場で手を大げさに広げて動き出した。
あたかも何かのジェスチャーをしているみたいに。
「そりゃね、薬も切れていたよ。でも、それも仕方がないじゃん。このところ、バイトとか絵里と遊んだりして、イヌくんところに行く暇がないんだからさ。だったら、あそこの店、遅くまで開けておいてよって話なんだからさ」
今度はその場で地団駄を踏み、怒りを発散している。しかも、それで物足りないのか、机を叩いてしまう。
しばらくして、手が止まった。
「はぁ~。でも、薬がないとダメなのかな……。だったら、“血”を吸えってことなんだけど。だからって、そんなの簡単じゃないじゃん。私がどれだけ我慢して……」
そこで宙に怒鳴るように張り上げていた声が止み、動きを止める姫香。
「……今田?」
これはミュージカルか何かの芝居か? 両手を大きく広げる姿につい声をかけてしまった。
銅像みたく固まる姫香。こいつは本当にあの今田姫香なのか?
無言の疑問が耳に届いたのか、ゆっくりと姫香は振り返る。そこにはあの笑みが出迎えた。
「ねぇ、古川くんって、吸血鬼って信じる?」
「吸血鬼って、あの血を吸う?」
ダメだ。つられて言ってしまう。
耳を疑っていると、姫香はより目を細めて目尻を下げた。
なんだろう。より恐怖を抱いてしまうのは……。
どこかで見たな、こんな状況を。
「……私ね、その吸血鬼なんだ」
誰に文句を言っているんだ?
それに、吸血鬼?




