第6話 転生とその回帰
肉体は崩壊し、そして魂を入れる器が無くなった以上人は死ぬと決まっている。
魂と肉体の分離、それを教会が定めた教典によって死んだと判断され、そのルールに基けばハクは死に、肉体は滅び魂は還る事になった。
そのはずだった、そうなるはずだった。
肉体と分離された魂は世界に還り、そして新たな肉体を与えられて生を受ける。
その繰り返し、永遠と繰り返されるべき事だった。
だから新しい肉体に前世の意識があることなどあり得ることではない。
あって良いことではなかった。
ハクの意識の中で、魂だけになり蠢くそのとき。
白い髪をした誰かの姿が眼に映る。眼などないはずなのにその光景が理解できた。小さな椅子に、前のめりに腰掛けた少年が口を釣り上げて笑っている奇妙な光景を、その魂に焼き付けた。
そして少年は椅子から降りることなく口を開く、
『おかえり──ハク』
『そして、いってらっしゃい』
『最初に呼ばれたのはどうやら君のようだ』
そう聞こえた言葉と共に意識が遠ざかっていく。
引っ張られるような感覚の中で手を伸ばして、最後の言葉を吐き出した。
『俺が誰かって?ああ、そんな事も伝わってなかったのか……』
『まあいい、今回は都合よく時間がある』
だから、
『俺達の使命を忘れるな、今回で全てを終わらせろ』
■
ハルイザ王国のインティウム伯爵家で三男が産まれた。
生まれたばかりの少年は抱き抱えられる母を眺めていた。
何を思う事なく、何も感じることもなく、ただ眺めているだけの……はずだった。
「私が母様よ、そして彼方があなたの家族」
赤子を抱き抱えた母親がそう言うと、彼の目が見開いて痙攣を起こす。
激痛のする頭を抑えようと手を伸ばして叫び始める。
それは出産直後の産声とは全く違う叫びであり、感情がこもっていた。
──家族、両親
「伯爵家として王国に貢献するのよ」
子供に言い聞かせるように囁いた母親だが、少年の様子は違った。
何かがこみ上げる、何かが蘇る。忘れてはいけなかった物が、魂に誓った物が吹き荒れる。
少年は流れ込んでくる全ての記憶を得て、強制的に理解する。
──そして……
「ガガガァァァアアアア」
少年の枷が外された。魂の奥底に刻み込まれた物を刺激して、彼の魂から記憶が蘇る。
家族と両親、その二つのキーワードで彼の中から引き摺り出すのは簡単だった。失意の中で家族を失った記憶を、最後の家族を守るために自爆した記憶が呼び覚まされる。
自身が何者かも、何も願い何を抱いて死んでいったかも鮮明に思い出せる。
蓋をされていた記憶が、本来蘇ることのないはずの記憶が次の肉体に受け継がれてしまった。だがその中に膨大な後悔の負の念が精神を押しつぶす事を除けば害はない。
「ぁっぁああああああ」
叫び声と激痛の中でハクという人間の人格が再構築されていく。
最愛の妹を守り切れたのか、あの後はどうなった、僕はどうなったのか。再構築されていく不完全な自我のまま思考が加速され、行き着いた先は、帰らなければという感情だった。
「がっがぁああ」
少年の半狂乱になって暴れる姿に新たな両親は戸惑いながらも抱き抱えてあやし始める。
だが無理やりにでも逃れようとした少年は腕の中から転がり落ちて床に叩きつけられる。周りの大人達が拾い上げようと走るが、少年は関係ないとばかりに前に進む。
(行かなくちゃ、ティアを守らないと、あいつを独りにしては……)
今ここがどこか、この人達の言う通りなら自分は誰なんだ。
そんな些細な疑問よりも置いてきてしまった妹の安否を確認するべく赤子の腕で地面を這う。力などはいらない、そんな機能は発達していない。
それでも帰らなくてはと床を這って前に進みたかった、だが生まれたばかりの赤子にそこまでの力も体力のない。
薄れゆく意識の中で、妹の名を叫んだ。
■
僕は死んだ、そして新しい命を新しい体で手に入れた。
そんな事は到底受け入れられるものではなく。新しい身体になっても動く事はできず、辺りを見回すことすらできない赤子の身体になって、全く知らない人達に囲まれて何もせずに過ごす。
この現状に絶望し、どうしようもない現実に打ちのめされて、涙を流して叫び続ける。
今現在でティアが生きている確証はない、そして確かめる術もない。
僕は全く別の人間に生まれ変わるときに記憶を引き継いでしまった。消して欲しいとは言わない、だけど悔しいんだ。
何もできない自分自身が、助けに行けない、側にいてやれない。そんな僕に何ができる。
両親に誓った、ティアに約束した。必ず守ると誓ったのに、今はもう動くことすらできずに天井だけを眺めて過ごす。
助けなければいけないのに、助けに行けない事がどれだけ辛いか。自由意志があってそれができない事がどれだけ辛いか、今まで守るために修行してそれが何も無かったことにされた苦しみがどれだけ辛いか。
それはきっと僕にしか分からない、誰にも分からない。誰も理解してはくれない。
それでも、辛くても、苦しくても、守り抜くと誓った。
苦しいし泣き出したい、こんな目にあってまで生きたいとは思はないと叫びそうだけど。
それでももう一度ティアを守る。
託されたんだ、ティアだって待ってる。あいつを一人になんてできるか。僕は絶対に帰ってみせる。あいつの下に、どんな手段を使っても必ず。
赤子の身体になっても、戦えるようになるまで努力して。絶対に守ってみせる。
そうやって誓ったんだ。僕は必ず守ると誓った。
何としてでも力をつける、ティアを守り抜く力を、
そしてもう誰にも負けない力を僕は手に入れる。
二度と負けない、もう後悔なんてしない。
強い自分になってやる。
本日も午後6時、9時、12時に投稿するのでよろしければ
二章の本格的な話は第10話から開始するのでそれまでは前座です