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第5話 守れなかった幸せ



かつて少年は師に憧れた。

それは当たり前のことで、自身を鍛え上げてくれた者へ敬意を払うことは当然の事。そして憧れ、目標にすることなどなんら不思議ではない。

弟子にとって師匠という者は大きく、憧れる存在であったのだ。


その例に洩れず、シオンもその一人だった。


師匠に憧れ、師匠のようになりたいと思っていた。

いつか自分も弟子を持って、かつての師匠のように弟子を育てたいと思った。

そのあり方に憧れて、叶えたはずだった。


だがその形だけの理想は儚く砕け散り。そして残ったのは後悔だけだった。


弟子の不始末、そう片付けることはできない程の血が流れた。

師匠の誇りを汚し、自らの夢を諦めた。

それでよかったのだと、そうするしかなかったのだと理解していながらも、違う道があったのではないかと終わった事を模索する。


取り返しのつかない事をして、後始末と罪滅ぼしに人生を費やして、そうやって死んでいくはずだった。


そんな中で出会った少年がハクだった。

ただ一つの為に力を欲し、その在り方が誰かに似ていた。

そいつを見た者は何と呼べばいい、その在り方を目指して挫折した者が今更戻る事はできるのだろうか。


もう一度だけ、あの少年の眼に誓って。


──俺は師匠の真似事をしてもいいのだろうか



誰もいない室内でゆっくりとシオンは目覚める。

静まりかえった部屋は今までと同じ、誰もいない事は当たり前のはずだった。

街に持ち屋敷の中でさえ起きる時は一人。

その一人の日常は一人の少年と少女によって崩された。

崩されたことに不満はない、その騒がしい日々が懐かしく嬉しい物だった。


資格がないと分かっていながら、その光景を許した。

このまま続いて欲しいと心のどこかで思ってしまっている。


思い身体を引きずって誰もいない室内を歩く。

誰一人いない室内を当たり前だったはずの光景を寂しそうに眺めた。

だがそんな時間が長く続くはずもなく、家の扉に何かがぶつかる音が響いた。


ガタン


何事かと外へと足を伸ばすが、その前に扉がが破壊されて人らしき影が室内に転がり込んでくる。


「ハクが死んじゃう……」


バタンと、酷い顔をしたティアが泣きながら扉を叩き割った。

泥だらけで、所々に痛々しい擦り傷や切り傷があり、彼女がどのように走ったかを鮮明に表しているその姿はあまりにも見るに耐えないものであった。


「何があった!」


傷だらけのティアを抱えて治癒魔法をかけるために詠唱を施して傷を治していく。

フードは取られており、肉体へ直撃はしてないが、衣服に切り傷と誰かの血液が付着している。


「ハクが……悪い大人に殺されちゃう」


シオンの服を握りしめて力の限り引っ張るが、その腕に力はこもっておらず、今のティアには力を入れることすらできなかった。

傷だらけの少女が涙を流しながら、擦り切れた両手で衣服を掴んで、この場にいない兄の名を叫ぶ。


「ハクを助けて……」


泣きながら懇願する少女の顔を見て、状況を理解させられる。

ハク、妹を助ける為ならば命を投げ出すであろう少年がティアを狙った敵に出会えばどうなるかシオンには分かっている。どのような行動に出るかあの日のハクを見れば一目瞭然だ。


たとえ死んでも敵を押さえ込むか、刺し違えても始末するだろう。


最悪の光景が脳裏に過り、すぐにでも助けにいかなければ。


『そうしないとまた繰り返す、また何も残らなくなってしまう』


もう一度全てを失うことになる。


「ハクを助けにいく。だから家から出るな」


それを聞くと糸が切れたかのようにティアは倒れるが、気を失っただけだったのでソファーの上に寝かして置いた。

家へ何重にも結界を張り、保護色の魔道具を起動させてティアの無事を確立させ、手元にあった魔道具を掴んで外に飛び出した。


「まだ生きててくれ」




「貴様!!」


男の放った剣撃はハクの首の位置で止まった。否、止めさせられた。

本来ならば斬り裂かれるべきであった首は胴体と繋がったままで原型を保ち、鈍い金属音に似た何かが響き渡る。


「あんまりうまくいくと思うなよ」


ハクは錬成によって自身の首を作り替えた。吹き出した血液と皮膚と筋肉を錬成し直す事で硬度の持った人体を生成し直した。不完全で鱗のような形をした歪な首だが、もう二度と戻らないことを除けば斬撃を防げる。


「月影流剣術、破鬼」


弾かれた剣を流れるように横なぎに切り替えて剣を振るう。だが剣がハクに当たる事はなく地面から迫り上がった剣もどき達によって阻まれる。

魔術によって生み出された石の棒を錬成を使って形を整えただけの剣。


これらの鳴り損ないの剣を握りしめて立ち上がる。


「まだ、戦える。そうでなければ……守れない」


魔術を起動する、ハクの使える魔術は錬成だけではない。

魔術とは魔力を返還させて行う物だ、ならばそれが炎である事だってあり得る。魔術とは武器に付与を施すことだけではない。外部に事象を起こすことそのものが魔術なのだ。


「はぁっ!」


石出てきた剣を大きく振るい、それと同時に炎を放つ。剣撃と炎の二段構えの攻撃に虚を突かれ、男は反応が遅れた。

それは今の今までハクは魔術を見せなかった。今起こる現象はハクが限界まで出し渋り、本来出すべきではなかったもの。隠していたわけではないが必然的に裏を取られた、全力だったからこそ相手を不本意ながら騙すことができた。


剣を避けて背後に跳んだが肝心の炎にだけは直撃する。

真っ当な魔法を見て育った人間にとっては魔術など初動のない攻撃。詠唱という魔法の先入観には反し、ハクは詠唱の要らない魔術をたたき込んだ。


衣服が燃え広がり皮膚が焼ける。下位の魔法の威力ではない炎にだけは身を焼かれて剣が鈍った。後退した敵に何としても次を与えるべく地面を踏み込んだハクに、技を繰り出すはずだった、その身を斬り裂くはずだった。


強く地面に足を踏み込み横なぎに剣を振るうべく構えを取る、防御の姿勢をとる暇もないハクは斬撃の軌道上に踏み入れてしまう。


『まずは戦いの基本を教えよう』


アルスから指導を受ける時に言われた言葉、その意味は分からないままハクはここに居る。剣の極意や構えを教えてくれるものだと期待していたが、彼の口から語られたのは何の変哲もないこと。

そう、ただの当たり前、


『絶対にあきらめない、心だけは屈してはいけない』


その当たり前こそが、戦闘において勝敗をつける物になり得るのだと今ここでハクは認識する。どんなに絶望的な状況であっても、次の瞬間胴体が斬り裂かれようとも諦めてはいけない、最後の最後まで剣を持ち続ける限り戦い続ける。


「月影流剣術、業派」


横なぎ剣が振られ、綺麗な弧を描き死を迫る。

それでもハクはあきらめなかった。


魔術で水を作り出し地面へと放ち、軸足の一部分だけをぬかるみさせることで起動をずらした。ずらしたと言えども胴体が斬り裂かれる斬撃を回避するだけの動きはない。精々今すぐには死なないようにするので手一杯だった。


ハクは腹を裂かれて地を撒き散らしながら倒れるが、それでも膝をついて倒れまいとする。近くに転がっていた自らの剣を手に取り、地面に突き刺して立ち上がる。


「まだだ……僕は負けられない、負けることだけは許されない」


袈裟斬りによって致命傷、首は歪に作り替えられている。

そして腹は裂かれて血が吹き出す。

既に死んでいなくてはならない者がどうしてここに立っている、何故戦っていられる。今もなお血液は収まる事を知らずに溢れ出る。


「何故生きていられる、貴様は何故立ち上がる」


大量の切り傷を作った腕で剣を握り、神経など最初から断ち切られていたはずなのに剣を構えた。素人丸出しの隙のある構え、だがそこに刃は絶対に届かない。そう思えてしまうほど鬼気迫る物がある。

度重なる魔術の行使により魔力は既にない、身体強化も続けているが消費している物は

全くの別物。魔術を使うたびに大事な物を削っていく、失ってはならなかったとさえも忘れてしまう。


「負けられない、絶対に……」


無くなった魔力の代わりに燃料を燃やし、身体の色は赤黒く変色していく。

身体から放出されるエネルギーで流れる血液を押し留めて前に飛び込む、

剣を振り、斬り裂かれる痛みに耐えて剣を振る。貫かれる激痛に耐えて剣を振る。身体中が穴だらけになり、右腕がぶら下がった状態でも残った腕で剣を振る。


(ティアは助かっただろうか、あいつは無事だろうか。もう逃げ切って先生の下に帰っただろうか。それならいいあいつが無事なら僕はもう何も要らない)


ぶら下がった右腕を錬成によって作り替える。動かない腕ならば必要ないと、肉と骨の塊を相手にぶつけるだけの器官と成り下がった。無理やり変化させた為、もう二度と戻らないだろうと予期していながらも、これから死ぬのだという事の方がよっぽど現実的で理解できていた。


死ぬのなら要らない、この全てを差し出しても良い。

どうせ使わない身体なら最後くらい役に立ってくれ。


ハクの人生は後悔ばかりだった。

必死に生きた、それは皆同じで誰だってそうだった。だが彼は誰かのために必死に生きた。最愛の妹であり両親に託されたティアを守ると誓って生きてきた。何もかもを失ったとしても、何も残らなかったとしても、最後までハクは戦い続ける。

戦う意味を持っていたから、彼には守らなくてはならない理由がある。

最後までこの身が果てようとも守り抜くと誓った信念に沿って、彼は生きることを託した。


顔面を叩き割ろうと右腕を伸ばすが易々と掴まれる。もう指がない右腕だが最後の仕事が残っていた。

もう機能しない右腕を敵の腕ごと剣で貫いた。手に持っている唯一の対抗手段をここで消費して自身と敵を繋いだ。


「がぁあっ……!!」


腕を貫いた痛みを食いしばり、相手が逃げぬように深くまで剣を突き刺す。必死に逃げ出そうと、これからハクが何をするのかという恐怖に逃げ出そうとする相手へ深く突き刺して、


「逃げられると思うなよ」


固定した腕のおかげで拳が届く距離になり、乱雑に放った拳が相手の腹部を捉える。

めり込んだ拳の痛みで動きが止まり、その隙にハクは魔力を練り始める。


「絶対に……先へは進ませない!相討ちになろうとも必ずここで食い止める!」


腕に突き刺さった剣が光を帯びて軋み出す。

突き刺した腕からの痛みを食いしばって、ハクは突き刺した剣に付与をかける。

それしか殺す手段はなかった、剣が当たることもなく不意打ちの魔術を撃つ魔力がない。だから取れる手段はこれしかなかったのだ。


そして武器が耐久値を超えたとき、付与に耐え切れなくなったとき、その武具は内側から爆破する。荒れ狂う魔力を放ち、内部からの爆発によって人間一人くらいは軽々と吹っ飛ばせる威力を持つそれが。人体の内部から、至近距離で放たれば身体強化など意味をなさない。


「貴様ぁぁああ」


遂に耐久値を超えた剣にヒビが入り、魔力が放出され始める。

押し込められた魔力はその分の爆発を引き起こす。


(ごめん、そばには居られなかった)


爆発した剣はハクの身体を破裂させて内部から吹き飛んだ。

至近距離で食らった事により肉片は散らばり、血飛沫はどこまでも飛翔する。


(僕は一緒にいられないけど、幸せになって……ティア)


最後の最後に最愛の妹へ手を伸ばした。

それが偽物だと分かっていても、走馬灯だと知りながらも、


(ごめんな……)


こうしてハクの意識は消滅した。



カランと、とても見覚えのある武器の破片が足元に転がった。大量の鮮血が付着したそれは内側から爆破していた。


シオンが場に着いた時、残っていたのは死に体のダグレス王国の刺客とハクだった物の残骸だけだった。腕と足、肉体の一部が地面に細かく散らばっており、


そしてハクが唯一付与が完成した剣の破片が足元に転がっていた。

シオンとハクが共に作り上げた剣が、まだこれからもあると思っていた幻想が全て破壊されていく。ハクが作り上げて彼が付与を成功させた光景をシオンは知っている、その横で教えて見ていたのだから知っている。

そしてもう二度と見ることは叶わぬのだと知れている。


「あああああああああああああ」


間に合わなかった。ハクを助けられなかった。

目の前にいた弟子は死んでしまった、シオンが思い悩んでいる内に機会は失われてしまった。過去の出来事に囚われて、宿罪をするまで待っててくれると、心のどこかで思い込んでいた。いつかその日が訪れると思い込んでいた。そうであって欲しいと信じていた。


その結果がハクの死亡


また繰り返した、また弟子を失った。

計りかねて、魔術の半分しか教えていなかったが故に力が足りなかった。真剣に関わっておけばこうはならなかった。過去を見て今を見ていなかったから失ってから気づいた。


過去になってから気づいた。


ハクは失われた、死んでしまった。

あの少年は最後まで守り抜いて死んだ。最後までするべき事を全うした。役目を果たして死んでいった。


「俺は何も……守れなかった」


シオンの人生は後悔ばかりだった

残る物は後悔だけだった。



第一章、そして序章が終了しました。ここまで読んでくれた方ありがとうございます。

ここからは第二章、あらすじに書いてある通りの話が展開されて行きますのでご安心を。


感想を頂けると幸いですので、どうぞよろしくお願いします

どんなに辛口評価でもおそらく、きっと、多分折れないと思うので

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