第3話 守れる力を
薄暗い地下室にて剣と対峙しながら魔力を練る。自身の中から溢れ出す魔力を制御し、その魔力を器に概念を持って投与する魔術【概念付与】を行なっている少年が居た。
光り輝く魔力の波を手の先から放ち、器となる短剣に流し込む。
組み込む術式は武器の硬度や強度を上げる概念、短剣へ魔力を流し込んで制御する事に神経をすり減らしながら魔力を操作する。
概念を武具に刻み込むことで魔道具は作られる、そしてその工程を行い製造する術を教わった。
習った通りを魔力を流し、制御する。
術式となった魔力を短剣に刻み込んで魔道具と化す、
だがそう上手く行くはずもなく、
器に収まりきれずに暴走し始める魔力を押さえつけるものの、短剣が魔力に耐えきれず爆発を引き起こす。鉄の破片や抑えきれなかった魔力がハクの身体を吹き飛ばし、石造りの壁へ叩きつける。
吹き荒れる魔力が机の上にある作業用魔道具を軒並み床に落としていく。
強く打ち付けた背中をさすりながら落ちた魔道具を拾い、机の上に並べる。金属の擦れる音を鳴らした魔石灯が室内の明かりを不安定に揺らし、散らばった魔道具の位置を示していた。
「難しいな」
無残に内側から爆発した短剣を手に持ち、失敗作用のカゴの中に放り投げた。もうすでに100を超えるだろう失敗作の塊は新たな仲間を排斥し、床に音を立てて転がる。カゴに収まらないほどの失敗作がハクの目に映る。
失敗作だらけのカゴを手に持ち、組み合わせて新たな剣を作り出すべく術式を意識する。
魔力を使い、内部を意識して材質の変化を加える。固定された物質の形を変更する魔術【錬成】これを使ってハクは剣を作り出す。
壊れた剣から鋼を取り出し、新たな剣を生成する。それはまさに転化と呼べる物を形になるまで繰り返す、納得のいく物が出来上がるまで何度だって繰り返す。
ハクにはそうする事しかできなかった。
才能のなかったハクの肉体が戦うにはそれしかなかった。
■
軽く100を超える鉄の塊を新たな剣として生成し直していた。
細かい装飾などは一切として存在しない簡易的な剣。鍔は無く柄と刀身のみの棒のような剣を複数手に持って地下室を後にして薄暗い地下室から石段を登り外に出ると、今ではもう見慣れた光景がハクの目に飛び込んでくる。
窓から差し込む光に頼って魔石灯の明かりは付いておらず、室内に人はいない。
大きなテーブルが部屋の真ん中に位置して奥にある暖炉は今の季節では使われておらず埃をかぶっている。もっともハクがこの家に来たときには部屋そのものが埃を被っていたのだが、
ハクは全てが燃え尽きた日にシオンと名乗る黒髪の男の小間使いになった。弟子入りと一般的には言うのだろうがシオンは頑なに認めずに、あくまでハクはティアの機嫌を取るために連れて来たと言い張った。
だがハクに戦う力を教え、その中にある物が錬成魔術。
教えてもらっている事から何と呼べばいいか測りかねたハクに先生となら良いと言った為、ハクは彼の事を先生と呼ぶことにした。
学校に通っこともなかったハクにとっては新鮮で、それにて小恥ずかしい物ではあったが形式上では師匠となる者に不敬を唱えることもなかった。
むしろ嬉しいとすら感じていた。
「ハク!」
地下室から出てきたハクに飛びついてくる少女ティアを受け止める。
ハクが命をかけて守らなければならない相手であり、国家兵器に匹敵する力を持つ使徒の一人。各国が喉から手を出しても欲しがる者を守り切らなければならないと、ハクはもう一度心に刻み込んだ。
「私ね、魔法が使えるようになったよ!」
「すごいな、僕はできそうにないよ」
毎日のように報告してくるティアと話しながら外に出る。
森の中と言うだけあって光景は緑一色で少しの平原と膨大な木々、シオンに連れられてどこかの今の中に住み着いて2ヶ月の間いつも見ている。
「僕は剣を振るから少し離れて」
手に持った数本の剣を無造作に地面に突き刺し、一本だけを手に持って歩き出す。ティアと離れて剣を振る広い場所へと足を運んで構えた。
シオンは剣に関してはからきし、魔道具の生成に対しては膨大な知識とハクが見惚れる程の技を持っているが武術は出来ないと本人の口から放たれた。
無理にでも実演してもらおうと頼み込んだが、シオンの持病の事を言われて引き下がった。その代わりとして魔術の事を詳しく教えてくれることとなった。
「はっ!」
ハクは人生の中で一度たりとも剣を握った事はなかった。剣の重さも、乗せられる誰かの命も知らずに育った。剣の構えも素人で、振っただけで身体がぶれる。
お世辞にもこれから対峙する可能性のある敵には通じない。
「シオンに弟子がいたのか」
驚くような声がこの場に響いた。
ハクの声でもなくティアの声でもない。誰か成人男性の声が響き、ハクはその方向へと目を向ける。
左腰に剣をつるし、見覚えのある紋章を左胸に掲げた男が立ち尽くしていた。
服装は街で目にした貴族のように煌びやかであったが、腰にある剣と腕に付けられた小手が戦士なのだと表してもいた。
だがそれ以上にハクの目はある所へと釘付けになる。
「その女の子がティアなのか……それも──の使徒」
男はティアの方へ目を寄せてその白い髪を見つめていた。
「お前!いや……あなたは……」
ティアを目にして考える素振りを見せる相手に対して言葉が思うように出てこず、詰まってしまうが何とか堪えて、
「あなたも使徒なのか?」
左胸に紋章を、左腰に剣を、そして白い髪を持った男は薄らと笑って、
「そうだ僕は使徒。第六使徒アルス、巷では勇者とかと呼ばれてる」
ハクは妹以外の使徒に初めて出会い、そして使徒はティアだけではなかった。
■
「第六使徒……」
第六使徒アルス、そう名乗った男がハクの目の前に佇んでいる。
使徒かどうかの判別は白い髪によって見極めることができ、彼の色は紛れもない白。ティアと同じ白い髪をしており、そして第六使徒と言った。
「ちょっと待ってくれ!何で使徒がここにいる!」
「シオンに頼まれた、同じ使徒としてその子に助言をして欲しいと……」
同じ使徒からの言葉がティアにとってどんな物か、使徒としての身の振り方を教えるためにと、ティア方を向いて言い、
「そして君に稽古をつけて欲しいとも」
「僕に?」
「魔法が出来ても武術は教えられてないからと頼まれた」
ハクは武術、剣に関しては指南を受けていない。
師となる者がいないまま我流で強くなるには限界があると、もうすでに痛感していた。
剣を振ることはできてもそれが通用するとは思っていない、記憶にあるダミアンにさえ負ける気がして止まない。
「それは……ありがとうございます、でも僕は魔法は使えないので」
「魔法が使えない?本当なのか」
「まあ、そうです」
ハクは魔法が使えなかったから魔術を習った。
そうするしか手段はなかった。
「その代わり魔術……」
「…………そうか」
ハクは魔術を教わるときに注意を受けている。
魔術は使いすぎると死ぬ。それは一番最初に教わった事でハクの使い勝手の悪さを指していることでもあった。
「なおさら武器の扱いを押さえておく方がいい」
アルスはハクに剣を持つように促して構えをとらせる。
一方アルスは剣を抜くことはせずにハクの構えを見てから
「まずは戦いの基本を教えよう」
戦闘において必ず必要な物を伝えるために口を開いた。
「それは──」
■
アルスがハクの下に戦いを教えにきてから数日が経った。
シオンがハクに魔術を教え、錬成と付与の約半分を教え終えた辺りで彼はピタリと止めた。それでもシオンが教えなかったとしてもとハクは毎日のように地下室に篭って剣を作り、付与を繰り返している。
ハクがアルスと剣を撃ち合うときに使う物が自らが教えそして目の前で付与が成功した剣。最初は形状変化すら満足にできなかった少年は、毎日のように修練を繰り返して今や付与ができる。それほどまでに上達している。
いつまでも負けずに剣や武器、魔道具を作り戦力を補っている。
アルスとの修行によって剣すらも様になってきている光景を窓の外から見せつけられる。
全力でついて行こうと、追い抜こうと足掻く彼の姿を眺めていた。
自身から踏み込むことは許されないと留めながら、それでもかつて願った光景は目の前にある。道が違えばこうなっていたかも知れない可能性に渇望した。
シオンに師を名乗る資格はない。
彼はもう弟子を取ることは許されない。
「俺は何を間違えていたのか」
積み上げていた物が無に帰したあの日をシオンはいつでも思い出せる。
仕事の為にハクとティアを置いて街に行くたびに思い出す。
師匠として間違えた事、そして全てを壊してしまった事。
戻ってくる事はない、身体が朽ち果てるその時まで背負い続ける物なのだから、
「何故ハクに教えてやらなかった」
過去に浸っていたシオンに背後からアルスの声がかかる。
その声で目を開き、窓の外にはティアをとハクしかいない事を確認して重い口を開いた。
「使徒の機嫌取りだ、弟子ではない」
「魔王第三席シオン、その代名詞と言える錬成魔術を伝えておいてそれはないだろう」
ハクの武術の師匠としての言葉であり、友人としての物では無かった。
「…………なら分かっているはずだ、俺もお前も失った身だ。お前が生涯持つ事を許されない物と同じで俺に弟子は取れない」
「まだ引き摺っているんだろ、300年前の惨劇を……君の弟子が加担した事を」
「小間使いだと言ったはずだ」
小間使いではない、シオンがハクにした事は小間使い程度の物ではない。師匠として接したかったがそれを許されなかった者のせめての行動。
「使徒を保護したのもダグレス王国の惨劇を繰り返さない為、ハクを連れて来たのは……」
「それ以上に言うな」
アルスの頬を掠める光弾が壁を破壊する。
穴の空いた壁から大鋸屑が床に散らばっていく。
「ならこれだけは言わせてもらう」
「…………」
「君は十分に罪を償った、だから彼に正面から向き合って欲しい。そうしないとまた繰り返す、また何も残らなくなってしまう」
──次に失うのは彼かも知れない
それだけを伝えてアルスは外に出て行った。
「……そんな事は分かっている!だがそれでも、許される事ではない。俺の過ちは償い切れる物ではない」
シオンは魔道具の大半をかつての工房に封印し、誰にも使えぬようにした。
そうして二度と引き起こさないようにした。
二度と同じ事を繰り返さない為に夢を諦めた。
弟子を取る事をやめた。
理想を捨てた。
願いを捨てた。
「俺は師匠にはなれなかった、資格がなかった」
だからハクに接する事など出来るわけがない。
彼と出会ったときに感じた気持ちが偽物であってもしいと握り潰して目を閉じた。
まだまだ続きます、9時に投稿される第4話をお待ち下さい。
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